プロローグ 頂きとの会談
─── イタリア:天体観測所(運命の出会い) ───
「ふぅぅぅ……」
20時という遅い時間(日本時間:4時)、天体観測所へと入るドアの前で、息を整える。珍しく心臓がバクバクしている。
無理もない。立場上は私の方が上ではあるが、彼女はこの世界を守る守人であり、『ゼロ』の称号を持つ偉大な英雄。
そんな生きる偉人とこれから会うのだ。緊張しない方が無理がある。
(だがまさか、1人で来い、とはな)
今回イタリアに来たのは外交目的ではないとはいえ、些か不用心ではないかと思う。敵は外から来る者たちだけではない。内側にもいるのだから……。
「私のような力無き者など、恐るに足りないと言うところだろうか」
覚悟を決め、ドアを開けて中へと入る。
(個人の天体観測所とは聞いてはいたが、かなりしっかりとした設備だな。彼女は……)
中に入ると、見るからに人の生活空間が現れる。そしてその中央には、太い柱が立っており、その柱に沿って階段が設置されていた。
階段の先を目で追ってみれば、大きな天体望遠鏡が夜空に輝く星々へ向けて、そのレンズを向けていた。
そして、私が来たことに気づいたのか、一人の女性の声が聞こえてくる。
「あら、来たのね。どうぞそのまま、階段を登ってきてちょうだい」
(日本語……)
ずいぶんと流暢な日本語だと思った。そういえば、彼女は日本文化が好きであると聞く。
それはさておき、登って来てほしいと言われたため、天体望遠鏡へと続く階段を登っていく。
すると階段を登りながら、彼女の声が再度聞こえてくる。
「今日は、一段といい夜空でね。あなたにも、この輝かしい星々を見てもらいたくて、ここに呼んだの」
「ずいぶんと、ロマンチックなことを考えるのですね。ソフィア・ルチェンテさん」
「ソフィアでいいわ。私の家族は皆、星を見るのが好きなの。こことは違う未知が常に溢れていて、新しい発見には心が躍る」
「こんなご時世でなければ、お父様たちのように、天文学者になりたかったものね」
「今からでも遅くないのでは? 守護者をしながら、俳優業をしている者も、中にはいるでしょ?」
「そうね。でも、それは難しいわ。だって──」
その後に続く言葉を聞き、私は驚愕することになる。
──じきにこの世界は、滅びるのだから
「っ!?」
それを聞き、真っ先に思いついたのが、今日ここに来た理由となった言葉、『厄災』。
あの少年が命懸けの戦いの果てに、人類史上初の、天上とコンタクトに成功したことで得られた情報だ。
その言葉に驚愕しながらも歩みを止めず、天体望遠鏡が設置されている所まで到着すると、一人の女性が望遠鏡を覗きながら星を観察している。
「貴女は、まさか既にそれを」
そう尋ねてみれば、星の観察を止め、くるりと椅子を回して私の方にその顔を見せる。
金髪で、長くサラリとした髪。モデルでも通用すると思ってしまう程のスラッとした体型。正直、10代半ばではないかと勘違いしてしまうくらい、その美貌は美しかった。今年で28とは到底思えない。
「あら、見惚れてしまったかしら?」
「……私も男ではありますので」
「ふふっ、正直な人は好感よ。……それで、笹倉さん。あなたほどの重鎮がどうして私に?」
「貴女の目を以てすれば、もう分かっているのでは? だから先ほど私に、滅びるという言葉を使った」
そう問いかけてみれば、感心したかのように優しい笑みを浮かべながら、『当たり』と、一言だけつぶやく。
「流石、守護者を表とするなら、日本を裏から守り続けている偉人さんね」
「貴方の言う通り、少しだけ先の未来を視たの。と言っても、私が視た未来からは既に分岐したけどね」
(分岐……)
「ご謙遜を。私は、力を手にすることができなかった1人の歯車でしかない」
「それが最も大切なの。私たちのように、いつ死ぬか分からない戦いを続ける日々と比べたらね」
「むしろ私には、この道しかなかった。貴女たちのように戦えたらと、どれだけ渇望していることか」
「正義感に溢れてるのね。こうして話したのは初めてだけど、とてもいい男」
「貴女にそう言ってもらえると、男冥利ですね。……それで、先ほどの言葉についてですが」
いつまでも彼女と雑談をしている訳にもいかない。彼の言葉の意味、そして彼女の真意、それらを多角的に見極めなければならない。
「それもそうね。……さっきのはそのまんまの意味よ。私たちが住むこの世界は、近いうちに滅びる。そうね、大体──」
「1年後、ではありませんか?」
そう問いかけてみれば、さっきまでの柔らかい表情から一変して、重苦しい真剣な表情となる。
未来が分岐したと言っていたが、分岐する前の私はこのことを言わなかったらしい。
「貴方、どこでそれを。これはまだ他の『ゼロ』たちにさえ伝えていない期限だというのに」
(つまり他の『ゼロ』たちは、滅びることだけは知っていると……)
私は別に、駆け引きをしたい訳でもない。そもそも人類存亡がかかっているのだ、無駄なことはしたくない。
なので──
「先ずはそのことから話させてください。我々の国で得た、ただ唯一の奇跡を」
***
「……そう、Fランクの守護者が」
「はい。彼が無謀とも言える挑戦の果てに得た情報となります。それと、先日全世界に通達した『イリーガルダンジョン』による悲劇を辛うじて防いだのも、神薙和人10等星です」
「そう、アレもなのね。私の目でも、突然危険を知らせる未来が現れたのだけど、正確な内容が掴めていなかったから、とても助かったわ」
「目、と言いますと……」
「そう。私のクラス、『星詠み』の力よ」
クラス『星詠み』。
ランク自体はCランク相当の能力で、ただ先を視ることが出来るというクラスだ。
通常であれば、ほんの数秒先の未来までしか干渉出来ない能力なのだが、彼女の場合は違う。遙か先の未来まで見通すことが可能であり、それ以外の精度も凄まじいと聞く。
まさにそのクラス名に恥じぬ、相応しい力だ。
「観測者というスキルでね。5年前、『ゼロ』に至った時に発現したスキルなの。未来の分岐に関わる事象の観測と、その先の未来を知らせる効果があるわ」
「未来の、分岐?」
「えぇ。特異点と言ってもいいわね。そしてその分岐には必ず、滅びが関わってる」
「っ!?」
「これまでに2回、滅びの運命から未然に防いではみたのだけど、最後の1つだけがどう対処すべきなのかが分からない」
「貴女には、その内容が?」
そう尋ねてみるが、彼女は首を横に振る。
「何が起きるのか、私にも分からない。ただ視えるのは、真っ暗な暗闇と人々の悲鳴。そして、それが起きるのが1年後であるということだけよ」
彼女の口から出た言葉は、衝撃的以外の何ものでもない。
ますます、彼が得た情報の信憑性が増してくる。
「だから、そのFランクの子が得た情報は、ほぼ間違いないことよ。まさか、向こうからコンタクトを取ってくるだなんて、思いもしなかった」
「すべてを見通せるわけではない、と?」
「対象を絞れば出来なくはないけど、その分脳への負担が大きいし、短時間しか視れない。できれば避けたいわ」
それもそうか。未来を視るということは、今とはまったく違う情報が頭に流れることを指す。であれば、その情報処理にかなりの負担がかかるのだろう。
「でもそう、Fランクの……」
「彼が、何か?」
そう尋ねてみると、少し考える素振りを見せながら、あることを口にする。
「私が視てきたどの未来にも、そんな人物はいなかった。もしかしたらその子が、未来を分岐させる鍵になるかもしれない」
「っ!?」
「それに天上は、生き抜き、傷跡を残せと言ったのでしょ? つまり──」
「滅びの運命を変えられる手は、あると?」
その問いにコクリと頷く。
「ふふっ、でもまさか、誰も見向きもしなかったFランクの子が、そんな小さな偉業を成していたなんてね。フォンが知ったら喜びそうな話よ」
「フォン? 確か去年『ゼロ』に至った……」
「えぇ。まだ18という若さなのに、『ゼロ』に到達出来た異常者よ。きっと気が合うと思うわ」
「まっ、その話は置いておきましょ。兎に角、彼の今後の動きによっては、未来に何かしらの影響を与える可能性があると分かっただけ、貴方とこうしてお話をした甲斐があったわね」
「私もです。ですが、この情報を世界に流さないのですか?」
「それも考えたのだけど、むしろ滅びが早まりそうなの。だから貴方も、無闇に言いふらさないようにしてもらえると助かるわね」
「分かりました。このことを知っているのは一部の者だけなので、情報が広がらないよう、徹底させます」
「そうして頂戴」
そうしてソフィアとの会談を終えた私は、最後に彼女に勧められるがまま、少しばかりの天体観測を楽しみ、その場を離れる。
(『ゼロ』でさえ、視えない未来……)
どうやら彼の存在は、私が思っていたよりもずっと強いのかもしれない。それに、あれからほんの数日しか経っていないにも関わらず、彼は物凄い速度で力をつけていた。
であれば、本当に──
「ふふっ、これは次の選抜が楽しみだ」
小さくつぶやきながら、福山君を待たせている車の方へと歩き出す。
そしてふと夜空を眺めてみたが、確かに今日の星々は、綺麗に見える気がした。
***
「ふぅ……」
目を閉じ、観測者を発動させる。
「ぐっ……」
ザァァッと、未来の情報が頭の中へと流れ込んでくる。
(もっと、深く……)
Fランク、式神使い、星の巫女、神薙和人。彼と話し、そして得た情報をパラメーターとして入力することで、未来の観測精度を高めていく。
それでも尚視えるのは、真っ暗な暗闇と人々の悲鳴。
(まだ、情報が足りないというの?)
それでも諦めきれず、より深く、限界まで未来を観測し続ける。すると、これまで一度だって視ることの出来なかった、小さな光が視えた。
(これは……、未来?)
内容までは分からない。だけど微かに、暗闇とは違う、分岐した未来が確かに存在していた。
そこに手を伸ばそうとするが、先に自身の限界が来てしまい、スキルが解除される。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
激しい頭痛に耐えながら、息を整える。
「ようやく、視えた。希望の未来。その、一欠片」
今はまだ吹けば消えるほどの小さな光だ。
だけど微かに、そう微かな希望が、私たちには残っているのが分かった。いや、生まれたと言ってもいい。
そして、そのために必要なピースこそ──
「神薙和人君。貴方は私たちに、何を見せ、そして何を成してくれるというの?」
(これは、次の防衛戦で、見極める必要があるわね)
聞けば、まだレベルは28らしい。
だけど確実に、防衛戦までに間に合わせる。そんな確信があった。
「ふふ、ふふふっ、あははは! まだ私たちには希望があるようね! ……えぇ、見てなさい天上のクソ野郎ども」
──絶対に、私たちが殺してあげるから




