16
街に戻ると、また人の声と音が増える。
呼び込みの声、行き交う足音、どこかから漂ってくる焼いた肉の匂い。
「お腹減ったー!」
リュミが声を上げた。
「さっきも食べたろ?」
フェリクスさんが呆れたように小声で返す。
「あれはおやつ!」
「肉がおやつでたまるか」
「少なければおやつなの!」
「んなバカな」
しばらくそんなやり取りが続いて、思わず笑ってしまう。
結局、何品か買って広場で食べることにした。
通りに並ぶ店を見て回る。
焼きたてのパン、串に刺さった肉、色とりどりの果物。
リュミは迷わず焼き串と果実氷を選んだ。
私は、さっきから気になっていた見慣れない丸いパンのようなものを指さす。
「あれ、気になります」
「中の具材によって当たり外れあるぞ」
フェリクスさんが忠告してくれる。
「やめた方がいいですか」
「いや。当たり外れがあると分かったうえで試してみるってのも、悪くないさ」
それもまた、この街の思い出になるのだろう。
そう思って試してみることにした。
広場の端に3人で腰を下ろす。
さっそくパンを一口かじる。
外は少し固くて、中は柔らかい。生地はほんのり甘くて、香ばしい。そして…
「……おいしい!この緑色のペーストなんだろう?香りもいい」
「すごい緑色っ!それ美味しいの!?」
頷くと、リュミは少しだけ顔を引きつらせている。
「……よかったね」
そう、慎重に言った。
なぜかフェリクスさんも少し顔を引きつらせている気がする。
食べ終わってから午後の街を、また3人でぶらつく。
リュミが気になるものを見つけるたびに立ち止まり、フェリクスさんがそれを半分呆れながら眺める。
特に目的もなく、ただ人の流れに混ざって歩く。
それだけなのに。なんともいえず、楽しかった。
「せっかくだし」
そんな一言で、3人で同じものを買うことになった。
貝殻で装飾が施された、少し大きめのバネ留め。
楽譜を押さえるときや、縫い物にも使えそうな形なのが決め手となった。
お揃いのものを手に入れて、少しだけ嬉しい。
仲間の証ができたような気持ちになる。
日が傾きはじめた頃、皆で宿に戻った。
廊下で別れ、それぞれ自分の部屋に戻る。
荷物を置き、水を飲んで一息ついた頃。
廊下に足音がして、扉がコンコン、と叩かれる。
返事をして開けると、ブラムさんが立っていた。
「どうだった」
「つい先ほど戻りました!たくさん見てきましたよ」
伝えたいことが山のようにあって、思わず勢いよく返事をする。
すると、ふっとブラムさんの表情がゆるんだ。
「そうか。楽しめたか?」
「とっても楽しかったです。街だけじゃなくて、海にも行きました。砂浜って歩きづらいんですね、びっくりしました。あと、海の色も……お水が青いってすごいですよね」
言葉が止まらない。
「波にも少し入ったんです。それから貝殻の装飾品も綺麗で、思わず買っちゃって……ご飯も美味しくて、緑色のクリームが入ったパンとか!」
次々に出てくる言葉を、自分でも止められない。
「それで最後に、3人でお揃いのバネ留めも買って……」
勢いよく話し続ける私を、ブラムさんは遮ることなく、ただ頷きながら聞いてくれていた。
「……そうか」
一通り聞き終えてから、ブラムさんはゆっくりと言った。
「砂浜が歩きづらいのは、俺も最初に驚いた」
少し笑みが混じった声だった。
「海は初めてだったんだろう?いい経験になったな」
頷くと、ブラムさんはちらりと手元のバネ留めに目をやる。
「お揃いか。リュミとお前は分かるが、フェリクスが付き合うとは思わなかったな」
「意外でしたか?」
「少しな」
そして、ふっと力を抜いて笑う。
「朝起きてこなかったから心配したが、その調子じゃ疲れも癒えたな」
「あ…朝はすみません、ご心配おかけしました。気が緩んでしまったみたいで…」
すっかり朝寝坊したことを忘れていた。
慌てて謝りながら、少しだけ恥ずかしくなる。
「休むのも大切だ。たまにはいい」
気遣うような声音ではなかった。
ただ、当たり前のことをそのまま口にしただけの、淡々とした言い方。
それなのに、不思議と胸の奥が少しだけ軽くなる。
「ありがとうございます」
小さくそう返すとブラムさんは短く頷いた。
そういえば、と思い出して尋ねる。
「団長はまだお戻りではないんですか?」
「もうすぐ戻るはずだ。遅くとも夕飯の頃には揃うだろう」
ブラムさんがさらりと答える。
「団長が戻ったらまた声をかける」
それまで少し休むといい、そう言ってブラムさんは自分の部屋に戻って行った。




