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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
その手を

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14

少しの間、誰も何も言わなかった。

さっきまでの賑やかな空気が、ほんの少しだけ遠くなる。


少年から預かった手の中の布袋を見つめながら、フェリクスさんが小さく息を吐いた。


「……慣れてる顔だったな」


ぽつりと落ちた言葉に、胸の奥がざわつく。


「お腹、空いてたのかな」

「だからって盗んでいい理由にはならないけどね」


リュミの言葉に対して思わずこぼれた声の冷たさに、自分でも少し驚く。

リュミがちらりと伺うように、こちらを見る。

さっきまでのはしゃいだ様子とは違う空気。


「これだけ栄えてても、かぁ」


私はぽつりと呟く。


「人が多いってことは、それだけいろんな奴がいるってことだ」


フェリクスさんがため息混じりに言う。


「どこにでも貧しさはあるしな、珍しくもない」


そして肩をすくめたあと、軽く手を振る。


「ほら、湿っぽいのは終わりだ。これ返してやらなきゃいけないし。目星はついてる、行くぞ」


空気を切り替えるような声音。


「返し終わったら海に行くぞ」


リュミがぱっと顔を上げる。


「せっかく来たんだし、楽しまなきゃ損だよね!」


無理に明るくしているわけじゃない。

ただ、2人とも切り替えが早いだけだ。


「海、楽しみ。近いんだよね。リネは海見たことある?」


くるりとこちらを見る。


「ううん、ないの。行ってみたい」


自然と頷いていた。


「なら決まりだな」


フェリクスさんが短く言う。



フェリクスさんが目星をつけた店へ、私たちは足を向けた。


私たちがついた時、店内では店主が血相を変えて何かを探していた。棚の箱を開けては放り、布をめくっては床へ落としている。

整えられていたはずの店が、あっという間に荒れていく。


「探し物はこちらでは?」


突然かけられた一言に、店主がガバッと顔を上げた。

その視線が、フェリクスさんの手元へと動き、差し出された品に釘付けになる。


「……それを、どこで!」


一歩、また一歩と詰め寄る。


「盗んだのか!!」


怒声とともに、掴みかからんばかりの勢いで腕が伸びた。


「もしそうなら来てねぇよ……」


ぼそり、とフェリクスさんが呟く。小さすぎて聞こえなかったのか、店主の勢いは止まらない。


その間に、フェリクスさんは一歩も引かず、むしろわずかに肩をすくめてみせた。


「落ち着いてください、ご主人。いやぁ先ほど、子どもがこれを拾ったと騒いでおりましてね。店を拝見した際、この紋様に見覚えがありましたので——届けに来た、というわけです」


やけに整った口調。けれど、どこか芝居がかっていて、私とリュミは思わず顔を見合わせた。

胡散臭い。少し鳥肌がたった。

声には出さないが、リュミも同じことを思っているのが分かる。



店主は差し出された品とフェリクスさんの顔を、何度も見比べた。


「子どもが拾った……?これは客人の目に触れぬよう、奥に仕舞っていたものだぞ……そんなことが……」


言葉は尻すぼみに消え、代わりに疑念だけが残る。


伸ばしかけた手が、ぴたりと止まった。

受け取るべきか、それともこの男を疑うべきか。

迷いが、そのまま空気に滲んでいる。


「違うのでしたら構いません。警邏中の役人様にお渡ししましょう。きっと、本来の持ち主を探してくださるでしょうし」


その一言を聞いた途端。


「いやいやいや!」


食い気味に、店主が声を上げた。


「助かりました!それはうちの袋で間違いありません!いやぁ、本当に……良い方に拾っていただけて……!」


さっきまでの疑いはどこへやら、今度は愛想のいい笑みを張り付けている。

分かりやすい。

“役人”という言葉に、露骨に反応した。



「お礼にこちらをぜひ、さぁどうぞ、どうぞ!お連れさんも!これとこれ、持っていってくださいね!」


矢継ぎ早に差し出される瓶。断る隙なんて、最初から用意されていない。


「ちょ、待っ…」


止める間もない。


「よく分かんないけど、やった!ありがとう!」


リュミは満面の笑みで受け取っていた。早い。早すぎる。

私も押し流されるまま、気づけば手に瓶を握らされている。


「ありがとうございました!また何かありましたら、ぜひお立ち寄りを!」


そして、ぱっと距離を取る。


まるで“もう用は済んだだろう”と言わんばかりの言葉。

今度は私たちを店の外へ追い出したがっているのが見え見えだった。



分かりやすいにもほどがある。


あの袋の中身が、俄然気になってくる。

けれど。きっと知らない方がいい類のものだ。

そういう気配だけは、はっきりと分かった。


それに、あの少年だ。

あの様子の店から、どうやってあれを持ち出せたのか。


考えようと思えば、いくらでも引っかかる。

けれど私は、小さく息を吐いて首を振った。

やめておこう。


これ以上は、たぶん面倒になるし答えはわからないままだ。


手の中の瓶の重みだけを確かめて、私はその疑問ごと意識の端へ押しやった。


「面倒も終わったし、行こうぜ」


店をあとにしたところで普段のフェリクスさんに戻った。

そしてまたゆっくりと歩きだす。

人の流れを抜け、通りを外れる。

少しずつ、音が変わっていく。

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