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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
その手を

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93/101

13

支度を整え、外へ出る。

散策に向かうのは、私とリュミ、それからフェリクスさんの3人だ。


街へ出る前に一応ブラムさんへ報告に向かうと、それならば、とフェリクスさんに私たちの案内と護衛を頼んだ。


「駄賃として昼飯が出るならいいぜ」


フェリクスさんは軽い調子でそう言って引き受けてくれる。

初めて訪れる街だ。頼れる案内役がいるというだけで、心強さがぐっと増した。


宿のある坂を下り、街の中心へ向かう。

その途中で、空気が一気に変わった。


「すごい…」


思わず声が漏れる。


通りには人が溢れていた。行き交う声、笑い声。

荷を運ぶ人、呼び込みをする人、道端で品を広げる人。

色鮮やかな布のテント、照りつける日差し。潮の香りも風に乗って流れてくる。


「いいねいいね!こういうの!」


リュミはすでに落ち着きがなく、視線も体もあちこちへ飛んでいる。


「迷子になるぞ。ほら、前見ろ。ぶつかるっての」


呆れたように言いながらも、フェリクスさんは人の流れを見て、自然に空いている場所へ誘導してくれる。


「興奮しないほうがおかしいよ!」


そう言いながら、リュミの足はすでに屋台へ向かっていた。


「ねえ、あれ!あれ見て」


指差した先には、串に刺さった焼き物。

香ばしい匂いが漂ってくる。ミルダールで食べたものとは違う、赤みの強いタレが塗られていた。


「絶対食べなくちゃ」


止める間もなく店主に声をかけ、あっという間に私の分まで買って渡してくる。


「ちょ、まだそんなにお腹減ってないよ」

「いいから、いいから」


リュミの勢いに負けてひと口かじる。

じゅわっと旨味が広がり、そのあと舌が痺れた。


「んん!?」

「辛くて美味しいでしょ」

「びっくりした、すごく辛いね」


痺れる辛さがあとを引く。食べるほどに、なぜか食欲が増していく。


「俺、これ無理だわ……匂いだけで口の中が辛い」


フェリクスさんが顔をしかめる。


「じゃあ次あれいこ!あの甘そうなやつ!」


その一言で、ぱっと表情が明るくなる。

思わず笑ってしまった。


3人で屋台を見て回る。

さすが港街。香辛料も食材も、調理の仕方も多様で面白い。


やがて通りの一角で、また雰囲気が変わった。


布を広げた上に、小さな品がいくつも並べられている。


「わ……」


足が止まる。


淡い色の貝殻。磨かれて光る石。

細く編まれた紐に、それらが組み合わされた装飾品。


どれも、海を閉じ込めたみたいだった。


「きれい」


リュミがしゃがみ込む。


「これ全部、この辺で取れる貝を使ってるの?」


店主がにこりと笑う。


「そうさ。海が近いからね」


手に取ると、ひんやりとして軽い。

光にかざすと、やわらかく色が変わる。


「似合うんじゃね?」


不意に声をかけられ、顔を上げる。


「え?」

「それ」


フェリクスさんが顎で示す。


自分の手元を見る。

気づけば、ひとつの飾りをずっと見ていた。


白く光る貝殻と淡い青のガラス。

それが黄金色の糸で編まれたネックレス。


なぜか、少し懐かしい。


「……」


胸の奥が、かすかに揺れる。


「これ、ください」


代金を払い、そのまま首にかける。

——その瞬間。


「っ」


横から小さな影がぶつかってきた。


「ご、ごめんなさいっ!」


慌てた声。

その子はすぐに体勢を立て直し、離れようとする。


「ごめんね、大丈夫?」


反射的に声をかける。


「う、うん……ごめんね」


そう言って、人混みに戻ろうとした、そのとき。


「待て」


低い声が落ちる。

フェリクスさんが一歩前に出て、子どもの手首を掴んでいた。


「え、なに?」


リュミが目を丸くする。


「……それ」


短い言葉。


視線の先。

子どもの手の中に、麻の布袋が握られている。


「それ、どこのだ」


静かな声だった。

逃げ場を残さない響き。


「ち、ちが——」


言葉が途中で止まる。


「落とし物を拾った、か?じゃあ大声で呼ぶぞ。どの店のだってな」


逃げ道を与えるようでいて、完全に塞いでいる。

子どもは俯いたまま、袋を強く握りしめた。


「……ごめんなさい」


小さな声。

そこで、やっと理解する。


「盗んだの…?」


リュミも息を呑む。


フェリクスさんは何も言わず、しばらくその子を見ていたが、やがて手を離した。


「返せ」


短く言う。


子どもは震える手で袋を差し出す。

それを受け取り、ひとつだけ言った。


「もうするな」


それ以上は何も言わない。


子どもは一瞬、睨むように顔を上げた。

けれどすぐに目を逸らし、小さく頭を下げて人混みの中へ消えていった。


——しばらく、誰も口を開かなかった。


さっきまでの賑やかさが、少しだけ遠く感じた。

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