13
支度を整え、外へ出る。
散策に向かうのは、私とリュミ、それからフェリクスさんの3人だ。
街へ出る前に一応ブラムさんへ報告に向かうと、それならば、とフェリクスさんに私たちの案内と護衛を頼んだ。
「駄賃として昼飯が出るならいいぜ」
フェリクスさんは軽い調子でそう言って引き受けてくれる。
初めて訪れる街だ。頼れる案内役がいるというだけで、心強さがぐっと増した。
宿のある坂を下り、街の中心へ向かう。
その途中で、空気が一気に変わった。
「すごい…」
思わず声が漏れる。
通りには人が溢れていた。行き交う声、笑い声。
荷を運ぶ人、呼び込みをする人、道端で品を広げる人。
色鮮やかな布のテント、照りつける日差し。潮の香りも風に乗って流れてくる。
「いいねいいね!こういうの!」
リュミはすでに落ち着きがなく、視線も体もあちこちへ飛んでいる。
「迷子になるぞ。ほら、前見ろ。ぶつかるっての」
呆れたように言いながらも、フェリクスさんは人の流れを見て、自然に空いている場所へ誘導してくれる。
「興奮しないほうがおかしいよ!」
そう言いながら、リュミの足はすでに屋台へ向かっていた。
「ねえ、あれ!あれ見て」
指差した先には、串に刺さった焼き物。
香ばしい匂いが漂ってくる。ミルダールで食べたものとは違う、赤みの強いタレが塗られていた。
「絶対食べなくちゃ」
止める間もなく店主に声をかけ、あっという間に私の分まで買って渡してくる。
「ちょ、まだそんなにお腹減ってないよ」
「いいから、いいから」
リュミの勢いに負けてひと口かじる。
じゅわっと旨味が広がり、そのあと舌が痺れた。
「んん!?」
「辛くて美味しいでしょ」
「びっくりした、すごく辛いね」
痺れる辛さがあとを引く。食べるほどに、なぜか食欲が増していく。
「俺、これ無理だわ……匂いだけで口の中が辛い」
フェリクスさんが顔をしかめる。
「じゃあ次あれいこ!あの甘そうなやつ!」
その一言で、ぱっと表情が明るくなる。
思わず笑ってしまった。
3人で屋台を見て回る。
さすが港街。香辛料も食材も、調理の仕方も多様で面白い。
やがて通りの一角で、また雰囲気が変わった。
布を広げた上に、小さな品がいくつも並べられている。
「わ……」
足が止まる。
淡い色の貝殻。磨かれて光る石。
細く編まれた紐に、それらが組み合わされた装飾品。
どれも、海を閉じ込めたみたいだった。
「きれい」
リュミがしゃがみ込む。
「これ全部、この辺で取れる貝を使ってるの?」
店主がにこりと笑う。
「そうさ。海が近いからね」
手に取ると、ひんやりとして軽い。
光にかざすと、やわらかく色が変わる。
「似合うんじゃね?」
不意に声をかけられ、顔を上げる。
「え?」
「それ」
フェリクスさんが顎で示す。
自分の手元を見る。
気づけば、ひとつの飾りをずっと見ていた。
白く光る貝殻と淡い青のガラス。
それが黄金色の糸で編まれたネックレス。
なぜか、少し懐かしい。
「……」
胸の奥が、かすかに揺れる。
「これ、ください」
代金を払い、そのまま首にかける。
——その瞬間。
「っ」
横から小さな影がぶつかってきた。
「ご、ごめんなさいっ!」
慌てた声。
その子はすぐに体勢を立て直し、離れようとする。
「ごめんね、大丈夫?」
反射的に声をかける。
「う、うん……ごめんね」
そう言って、人混みに戻ろうとした、そのとき。
「待て」
低い声が落ちる。
フェリクスさんが一歩前に出て、子どもの手首を掴んでいた。
「え、なに?」
リュミが目を丸くする。
「……それ」
短い言葉。
視線の先。
子どもの手の中に、麻の布袋が握られている。
「それ、どこのだ」
静かな声だった。
逃げ場を残さない響き。
「ち、ちが——」
言葉が途中で止まる。
「落とし物を拾った、か?じゃあ大声で呼ぶぞ。どの店のだってな」
逃げ道を与えるようでいて、完全に塞いでいる。
子どもは俯いたまま、袋を強く握りしめた。
「……ごめんなさい」
小さな声。
そこで、やっと理解する。
「盗んだの…?」
リュミも息を呑む。
フェリクスさんは何も言わず、しばらくその子を見ていたが、やがて手を離した。
「返せ」
短く言う。
子どもは震える手で袋を差し出す。
それを受け取り、ひとつだけ言った。
「もうするな」
それ以上は何も言わない。
子どもは一瞬、睨むように顔を上げた。
けれどすぐに目を逸らし、小さく頭を下げて人混みの中へ消えていった。
——しばらく、誰も口を開かなかった。
さっきまでの賑やかさが、少しだけ遠く感じた。




