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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
その手を

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11

私とユーシリアさんとリュミが湯から上がる頃、アナスタシアさんはすでに、目的に向かって動いていた。

係の者を呼び止め、棚に並ぶ小瓶を指差している。


「これとこれは何が違うの?」


真剣な声だった。


係の者が丁寧に説明するのを、じっと聞いている。

うなずき、手に取り、確かめる。


「……なるほど」


小さく呟いた。

今この瞬間、もう周りは見えていなそうだ。

完全に自分の世界に入っている。


「すごい集中力……」


リュミが小声で言う。


「普段の我慢が溢れたのね」


ユーシリアさんが穏やかに笑いながら、壁の方へ向かう。


そこには、丸い穴がいくつか並んでいた。

横に小さな石が埋め込まれている。


「これが乾燥器よ」


石にそっと魔力を流すと、穴からぬるい風がやわらかく吹き出してきた。


「わあ」


思わず手をかざす。

柔らかくて、均一な風。


風魔法で髪を乾かす日々の生活魔法とは、まるで違う。

少し魔力を流すだけで、あとは器具が勝手に風を生み出してくれる。

風を浴びたところがじんわり暖かくなる。


「少ない魔力でこの風力……しかも温風がでてる?どんな仕組みなんだろう」


思わず呟き、考えてしまう。



「気になる?」


ユーシリアさんが目を細めて笑う。


「はい」


素直に頷いた瞬間。


「難しいことより早く乾かそー」


リュミが私たちの後ろから飛びついてきた。

皆で風の前に立つと、髪がふわりと広がる。


「気持ちいいー!タオルいらなくて便利だよね」


両手を広げて、無邪気に笑っている。

その様子に、思わず笑みがこぼれた。


「旅してきてまだ数回しか見たことないから、これ珍しいんだよ」

「そうなのよ。堪能しておきましょうね」


2人がそう言いながら、笑顔で私を見る。


私たちはもう少しだけ風にあたって体を温め、それから服を着るために部屋を移動した。


さっきまで胸の奥に残っていた気後れも、不安も、いつの間にかほどけていた。

煌びやかな場所に感情が忙しかった。

けれど、ここにいるのはいつもの皆。

どんな場所にいても変わらない。


それが、こんなにも安心できることだとは思わなかった。



服を着ながらたわいもない話をしていると、その穏やかな時間を、すっと撫でるように声がかかる。


「……ねえ」


落ち着いた声。でも何か言いたげな、いつもとは様子が少し違うアナスタシアさんの声がすぐ後ろからした。


手には小さな茶色の瓶。コルクで蓋がしてある。

さっき棚に並んでいたものの1つだろう。


「これ、少し気になって」


差し出された瓶に、思わず視線を落とす。


コルクを開けて中をこちらに向けてくる。

覗き込んで見えたのは、透明な液体。

淡く、やさしい香りがふわりと広がった。


「いい匂い……」


思わず2度3度深く吸い込む。

リュミも横から覗き込み、香りを吸い込んだ。


「この香りいいね、いい夢見られそう」


無邪気な声。

けれど——


「……ええ、いい香り、よね」


アナスタシアさんの返事は、わずかに間があった。

その視線は瓶から離れない。


「本来は、美容目的の使い方をするものじゃないのよ」


静かな声だった。

さっきまでの、好奇心に満ちた楽しげな響きとは少し違う。


「え?」


思わず顔を上げる。


アナスタシアさんは、少しだけ考えるように目を伏せてから続けた。


「治療で使われるものに、よく似ているの」

「治療、ですか?」

「そう。痛みを和らげたり、緊張を落ち着かせたり。そういう時に使う系統のものにすごく香りが似てる」


丁寧に説明してくれているはずなのに、どこか言葉を選んでいるような違和感がある。


「へぇー!すごいじゃん、それならむしろ安心じゃない?」


リュミが明るく言う。

たしかに、治療に使われると聞けば便利で良いものに思える。


「……そうね」


アナスタシアさんは、小さく頷いた。

けれど。視線が揺れる。


「使い方を誤らなければ、ね」


その声が少し冷たくて。妙に、耳に残る。



ずっと話を静かに聞いていたユーシリアさんが、そっと声をかける。


「皆着替え終わったし、そろそろ部屋に戻りましょう」


やわらかな笑みとともに、扉の奥を示した。

促されるまま、私たちは扉を出て兵士たちに挨拶をし、長い廊下を歩き出す。


質のいい絨毯に足音を吸い込まれ、静寂がおちる。

なぜだろう、先ほどまでとはまた別の緊張が続いている。



「……この施設は元々ね、各地から集めたものを販売前に確かめるため、作られたそうよ」


歩きながら、ユーシリアさんが口を開いた。


「確かめる?」


隣を歩くアナスタシアさんが首を傾げる。


「えぇ。用途や安全性、一般でも使えるかどうか」

「へぇー、なんかすごいとこなんだね」


感心したようにリュミが言う。


「ええ。いきなり市場に出すより、そのほうが安心でしょう?」


穏やかな声音。


「ここに並ぶものは、きちんと確かめられてから出されているはずよ」


その言葉に、自然と肩の力が抜ける。


「よかった、それならあの瓶も問題ないのね」


アナスタシアさんも肩の力を抜いたのがわかった。


「ええ」


ユーシリアさんは頷いた。

ほんの一拍、間を置いてから。


「大きな問題が起きたことは、今のところないわ」


その言葉が、静かに落ちる。

廊下の先、扉が見えてきた。


ふと、さっきの瓶の香りを思い出す。

やわらかくて、心地よい香り。

あの液体が本当に、誰にとっても安全な形なのか——

それはまだ、誰にも分からないのかもしれない。

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