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皆を見ながら、少しだけ手を止める。
聞きたいことは山ほどある。
団長は何者なのか。あの商会との関係は何なのか。
しばらく泊まると言っていたが、この街での今後の予定は。
けれど、やめた。
野営地でのやり取りを思い出す。
聞いていいことと、聞かない方がいいこと。その線引きに自信を持てない。
それに、さっきの視線。
ここは外とは違う場所だ。
気を抜きすぎていい場所でも、ない。
ブラムさんが言っていたとおり注意は必要だ。
私は小さく息を吐いて、口を閉じ、また手を動かす。
そして皆の会話に耳を傾ける。
「あの入口の金色の花見ただろ?絶対普通に売ってないやつ」
「ええ」
「あれ触ったら怒られるよな」
「当たり前でしょう」
フェリクスさんとアナスタシアさんが、いつもの調子で言い合っている。
「でもさ、あれちょっと近くで見たくならねぇ?」
「ならないわよ」
即答だった。
思わず口元が緩む。
その隣ではリュミが目を輝かせている。
「ねぇこれすごくない?こんな味初めて……!幸せ」
料理をひと口食べるたびに、感動して天を仰いでいる。
「この香り、あの香草か?いや違うな」
その向かいで、セヴランさんが真剣な顔で皿を見つめていた。
「塩味は単純だが、後味に何か残る……油か?いや、違う」
完全に分析に入っているようで、ぶつぶつと呟きながら食べている。
「再現できそうですか?」
思わず聞くと、わずかに眉を寄せた。
「材料が分かれば素材は違えど味付けだけでも、と思うんだがな」
そう言うとまたぶつぶつと料理と自分の世界に戻っていく。
「リネ、お風呂が楽しみね」
ふわりとした声で、ユーシリアさんが言う。
「こんな宿ですもの、きっと素敵なお湯よ」
「大きそうですよね、楽しみです」
うっとりとした表情をしている。
もう気持ちはお風呂に向いているらしい。
「後で馬の様子見に行こうと思う」
静かな声でエルドさんがブラムさんに伝える。
「頼む」
ブラムさんが短く言う。
そう言うブラムさんを見ると、すでに皿は空だった。
「今日はいつも以上に食べるの早いですね」
「……消えた」
「え?」
「気付いたら無くなってた」
真顔でそう言って、まだ残っているパンのバスケットに手を伸ばす。思わず、笑ってしまう。
さっきまで胸の奥にあった緊張が、少しずつほどけていく。
ここにいるのは、いつもの皆だ。
どんな場所でも、変わらない。
それが、少しだけ嬉しかった。
「団長さぁ、これよりもっといい飯食ってんだろうな」
フェリクスさんが肉にフォークを突き立て、頬張りながら言う。
「いや、あの人は食事より酒だろう」
セヴランさんが淡々と返す。
「あー……それは間違いないな」
皆が頷き、笑い、空気がふっと緩む。
「絶対もう飲んでるよね」
「明日は酒臭いぞ」
リュミとフェリクスさんが顔を見合わせて笑う。
団長がいなくても、誰も不安そうにはしていない。
それぞれが、それぞれの場所で動ける。
その空気が、少しだけ羨ましいと思った。
やがて食事も落ち着き、皿が空になっていく。
「……ごちそうさまでした」
誰からともなく声が上がる。
それに続くように、皆が小さく息をついた。
その時。
——コンコンコン
控えめなノックの音がして、扉が開く。
「お済みでしょうか」
あの黒髪をきっちりまとめた女性だった。
「はい、ごちそうさまでした」
ユーシリアさんが答える。
「では、お風呂へご案内いたします」
その言葉に、リュミがぱっと顔を上げた。
「やった!」
小さく声を上げる。
私たちは席を立ち、女性の後に続いて部屋を出た。
扉を出た瞬間、空気が変わる。
先ほど通った食堂の明るい空間。
けれど今は、さっきとはまた違う。
視線が、静かにこちらへ向けられている。
言葉はない。敵意もはっきりとは感じない。
けれど、刺さる。
「……」
思わず足がわずかに重くなる。
純粋な疑問のような視線が、静かにまとわりつく。
居心地が悪い。
女性の背につづいて、皆が1列になりそのまま歩き続ける。
廊下に出ると、すれ違う従業員たちが一斉に足を止め、端に寄り、深く礼をする。
その動きがあまりにも揃っていて、息を呑む。
さっき食堂に来た時は、こんなことはなかった。
従業員ともただすれ違っただけだった。
気づかれていなかったわけでは、ないはずだ。
ではなぜ。
ちらりと前を見る。
先頭を歩く女性の背筋は、ぴんと伸びている。
迷いなく進むその姿に、周囲の視線が従っているのが分かる。
ああ、と気づく。
この人がいるからだ。
この人が“客として扱う”と示しているから、周囲もそう振る舞っている。
守られている。
私たちはこの場にふさわしくはない。
服も、立ち居振る舞いも、おそらく言葉遣いも。
周囲から見れば、謎の一団が特別扱いされているだけだ。
視線が刺さるのは当たり前のことだった。
それでも、胸の奥で小さな傷がチクリとした。




