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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
その手を

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86/101


「カイ、今日はこっちに泊まれ。積もる話がある」

「……ああ」


「お連れの皆様は、私が宿泊先へご案内いたします」


大柄な男性と共に、金色の扉から出てきた年嵩の男性が1歩前に出て、深く頭を下げた。


「カイロス様、お久しぶりでございます」


その声音はとても丁寧なのに、どこか距離が近い。


「少しお疲れのご様子。あまりご無理はなさらぬよう。もう貴方様も無理のきくお歳でもございません」


視線が団長に向く。

気遣うような、優しい眼差し。

それでいて、遠慮のない言い方で嗜める。


「おいおい、会って早々それか」


団長が笑いながらぼやく。

大柄な男——大商会の主人が笑いながら肩をすくめる。


「ずっと変わらないのさ」

「旦那様、カイロス様、本日は旅の疲れもございます。酒もほどほどに、でお願いいたします」


「わかったわかった」


軽くあしらうように言いながらも、どこか慣れている。

親しげな3人の姿に、私は呆気に取られていた。

明らかに、ただの取引相手ではない。



「なぁ、団長ってもしかして…身分高い?」


フェリクスさんが小声で言う。


「いまさら?今まで何も思わなかったの?」


アナスタシアさんが少しだけ呆れたように返す。


「いや、なんか、いろんな伝手あるなぁとは思ってたけどさ……」


「それで十分わかるでしょ」


さらりと言って、視線を前に戻す。


とはいえ、どうやら困惑しているのは私だけではないらしい。

隣のリュミも目を白黒させている。


「今日はゆっくり休め。明日の午後、そっちに行く」


エルドとセヴランにも伝えてくれ、と言い残し、団長は商会の主人とともに金色の扉の向こうへ消えていった。


「では皆様、宿泊施設へご案内いたします。カイロス様より、しばらくご滞在の予定と伺っております。まずは旅の疲れをお取りください」


年嵩の男性が1歩前に出て、丁寧に告げる。

そのまま私たちを促し、商会の扉を開けて外へ出た。


外で待っていたエルドさんとセヴランさんが、私たちの後ろから馬車をゆっくりと走らせる。


「これからご案内する宿では、おひとりずつお部屋をご用意しております。また、お食事はすべて無料でご注文いただけます」


その説明だけで、空気が浮き立つのがわかった。

皆の足取りがわずかに軽く早くなる。私も同じだった。


旅に出てから、いちばん慣れないことがある。

それは、常に誰かと同じ空間で眠ることだ。

カンシーラで暮らしていた頃は、ずっと一人部屋だった。人の気配が途切れないことに、気づかないうちに疲れていたのだと思う。


久しぶりに、ひとりになれる空間があるのは嬉しい。

聞いただけで、胸の奥がすでに少し軽くなってくる。



商会を出て、案内されるままに通りを進む。

いくつか角を曲がり、やがて緩やかな坂を上りはじめた。人通りは少しずつ減っていき、街の喧騒が背後に遠ざかっていく。


気づけば、空はすっかり暗くなり始まりの星が輝いている。


「こちらでございます」


年嵩の男性が静かに足を止める。


視線の先には、落ち着いた佇まいの建物があった。夜の色に包まれていて、細かな造りまではよく見えない。


「今は分かりにくいかもしれませんが、明日の朝、外をご覧になればお分かりいただけるかと。ここは見晴らしの良い丘でして海も一望できます」


海。


その言葉に胸がまた高鳴る。

初めての、海。


「何かございましたら、こちらでお呼びください」


そう言って、小さな道具をユーシリアさんに手渡した。

掌に収まるほどの大きさで、わずかに魔力の気配を感じる。


「すぐに対応いたします」


丁寧にそう付け加える。


「私は商会へ戻りますが、宿には常駐の者がおります。お食事や湯浴みのご用意など、遠慮なくお申し付けください」


深く礼をして、静かに1歩下がる。

その所作ひとつひとつに、ここがただの宿ではないことが伝わってくる。


「ご配慮、痛み入ります。商会主の方にも、どうぞお礼をお伝えください」


ユーシリアさんが深くお辞儀をする。

私たち皆もそれに合わせて深く礼をとった。


「承知いたしました」


年嵩の男性は静かに一礼し、踵を返して去っていった。


その背中をしばし見送ったあと、リュミと顔を見合わせる。


「ひとり1部屋だって」

「ご飯お金いらないって」


同時に声をあげて、思わず2人で笑いあう。


そんな私たちをみてアナスタシアさんが呆れたように、でも嬉しそうに早く入るわよ、と促した。

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