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「カイ、今日はこっちに泊まれ。積もる話がある」
「……ああ」
「お連れの皆様は、私が宿泊先へご案内いたします」
大柄な男性と共に、金色の扉から出てきた年嵩の男性が1歩前に出て、深く頭を下げた。
「カイロス様、お久しぶりでございます」
その声音はとても丁寧なのに、どこか距離が近い。
「少しお疲れのご様子。あまりご無理はなさらぬよう。もう貴方様も無理のきくお歳でもございません」
視線が団長に向く。
気遣うような、優しい眼差し。
それでいて、遠慮のない言い方で嗜める。
「おいおい、会って早々それか」
団長が笑いながらぼやく。
大柄な男——大商会の主人が笑いながら肩をすくめる。
「ずっと変わらないのさ」
「旦那様、カイロス様、本日は旅の疲れもございます。酒もほどほどに、でお願いいたします」
「わかったわかった」
軽くあしらうように言いながらも、どこか慣れている。
親しげな3人の姿に、私は呆気に取られていた。
明らかに、ただの取引相手ではない。
「なぁ、団長ってもしかして…身分高い?」
フェリクスさんが小声で言う。
「いまさら?今まで何も思わなかったの?」
アナスタシアさんが少しだけ呆れたように返す。
「いや、なんか、いろんな伝手あるなぁとは思ってたけどさ……」
「それで十分わかるでしょ」
さらりと言って、視線を前に戻す。
とはいえ、どうやら困惑しているのは私だけではないらしい。
隣のリュミも目を白黒させている。
「今日はゆっくり休め。明日の午後、そっちに行く」
エルドとセヴランにも伝えてくれ、と言い残し、団長は商会の主人とともに金色の扉の向こうへ消えていった。
「では皆様、宿泊施設へご案内いたします。カイロス様より、しばらくご滞在の予定と伺っております。まずは旅の疲れをお取りください」
年嵩の男性が1歩前に出て、丁寧に告げる。
そのまま私たちを促し、商会の扉を開けて外へ出た。
外で待っていたエルドさんとセヴランさんが、私たちの後ろから馬車をゆっくりと走らせる。
「これからご案内する宿では、おひとりずつお部屋をご用意しております。また、お食事はすべて無料でご注文いただけます」
その説明だけで、空気が浮き立つのがわかった。
皆の足取りがわずかに軽く早くなる。私も同じだった。
旅に出てから、いちばん慣れないことがある。
それは、常に誰かと同じ空間で眠ることだ。
カンシーラで暮らしていた頃は、ずっと一人部屋だった。人の気配が途切れないことに、気づかないうちに疲れていたのだと思う。
久しぶりに、ひとりになれる空間があるのは嬉しい。
聞いただけで、胸の奥がすでに少し軽くなってくる。
商会を出て、案内されるままに通りを進む。
いくつか角を曲がり、やがて緩やかな坂を上りはじめた。人通りは少しずつ減っていき、街の喧騒が背後に遠ざかっていく。
気づけば、空はすっかり暗くなり始まりの星が輝いている。
「こちらでございます」
年嵩の男性が静かに足を止める。
視線の先には、落ち着いた佇まいの建物があった。夜の色に包まれていて、細かな造りまではよく見えない。
「今は分かりにくいかもしれませんが、明日の朝、外をご覧になればお分かりいただけるかと。ここは見晴らしの良い丘でして海も一望できます」
海。
その言葉に胸がまた高鳴る。
初めての、海。
「何かございましたら、こちらでお呼びください」
そう言って、小さな道具をユーシリアさんに手渡した。
掌に収まるほどの大きさで、わずかに魔力の気配を感じる。
「すぐに対応いたします」
丁寧にそう付け加える。
「私は商会へ戻りますが、宿には常駐の者がおります。お食事や湯浴みのご用意など、遠慮なくお申し付けください」
深く礼をして、静かに1歩下がる。
その所作ひとつひとつに、ここがただの宿ではないことが伝わってくる。
「ご配慮、痛み入ります。商会主の方にも、どうぞお礼をお伝えください」
ユーシリアさんが深くお辞儀をする。
私たち皆もそれに合わせて深く礼をとった。
「承知いたしました」
年嵩の男性は静かに一礼し、踵を返して去っていった。
その背中をしばし見送ったあと、リュミと顔を見合わせる。
「ひとり1部屋だって」
「ご飯お金いらないって」
同時に声をあげて、思わず2人で笑いあう。
そんな私たちをみてアナスタシアさんが呆れたように、でも嬉しそうに早く入るわよ、と促した。




