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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
その手を

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団長が前に出る。


「確認に来ました」


兵士が書類を手に取り、めくる。

紙の音がやけに大きく聞こえる。


沈黙。


息をするのも、ためらわれる静けさ。


「……問題ない」


兵士が顔を上げた。


「入城を許可する」


その言葉がすぐには理解できず、耳を通り過ぎていく。

すぐそばでリュミも小さく息を呑んだ。


兵士が書類の説明をしながら団長に何枚か渡す。

あれが、作成に時間がかかった許可証なのだろう。


説明を終え、兵士が脇に寄る。

通路が、開く。

馬たちが先に歩みをはじめ、荷馬車が軋む音がする。


「進め」


促されるまま、1歩、前へ出る。


今まで外から見ていた景色が、目の前にある。

同じはずなのに、どこか違って見えた。


線を越える。


空気が、わずかに変わる。

背後にあったざわめきが遠くなる。

私は、街の中にいた。


視線の先に広がるのは、グランデル港都。

川と海を抱えた巨大な街。


石畳の道。行き交う人。

聞こえてくる声の多さに圧倒される。

さっきまで外から見えていたはずの景色なのに、その中に立っているだけで、胸の奥が少しだけ浮き立つ。


けれど——


「急ぐぞ」


団長の声に、はっとする。

空を見上げると、すでに日が傾いていた。

建物の影が長く伸びている。


「じきに夜になる。宿に向かう」


その言葉に、少しだけ現実に引き戻される。

隣を歩くユーシリアさんに、小さく声をかけた。


「……宿って、もう決まってるんですか?」

「ええ。団長の伝手でね」


穏やかに微笑んで答える。


団長はこの大きな街をなんの迷いなく、進んでいく。

通りをいくつか抜け、人通りの多い通りへ出た。

やがて、ひときわ大きな建物の前で足を止める。


思わず見上げてしまう。

高い。広い。入口には人が絶えず出入りしていて、建物の前だけ空気が違う。


「……すごい」


思わず声が漏れる。


「さすが大きな街ですね…公会所もこんなに立派なんですね」


そう言うと、すぐ横でリュミが吹き出した。


「違う、違う」


フェリクスさんも笑いながら首を振る。


「公会所じゃねぇよ」

「ここは商会だ」


セヴランさんが淡々と告げる。

団長が振り返る。


「アストラ商会。聞いたことあんだろ?」


その名を聞いた瞬間、はっとする。


「はい!知ってます」


思わず大きな声が出た。

旅に出る前から知っている、何度も耳にしたことがある有名な大商会の名前。

物資も情報も人脈も、なんでも扱うという。


そんな場所の前に、自分が立っている。

胸の奥が高鳴った。


けれど、宿に行くと言っていたはず。どうして商会に?

そんな疑問を口にする間もなく、団長は馬車をエルドさんとセヴランさんに託し、他の皆はついてくるよう言いながら商会の扉を開けた。


大きく、滑らかに輝く紺色の扉をくぐると、空気が変わった。外の喧騒とは別の、整えられた静けさ。


視線が一斉にこちらへ向き、少し怯んでしまう。


「……お約束されてますでしょうか」


奥にいた男性が静かに声をかける。団長は1歩前に出て、短く言った。


「カイロスだ」


その言葉で、場の空気が変わる。

対応してくれた男性の表情が変わり、他の従業員に目配せをする。


「少々お待ちください」


そう言って頭を下げ、奥へと消えた。

その後ろ姿を見送ってざわつく間もなく、重そうな金色の扉が勢いよく開く。


「カイ!」


低くよく通る声と同時に、大柄な男が歩み寄ってくる。


「久しいな!」


そのまま迷いなく、団長を抱きしめた。

団長は嫌そうな顔ひとつせず、軽く肩を叩いて応じている。


「相変わらずだな」

「つれないなぁ、でも、それでこそカイだ」


男は豪快に笑い、ようやく体を離した。

その視線が私たちへと向く。

値踏みするような目。でもどこか楽しげで怖さはない。


「影路、助かってる。ありがとう」


団長がそう言うと、男は鼻で笑った。


「あれくらい。もっと色々好きに使えと言ってるのに」


——影路


その言葉に、胸の奥が小さく跳ねる。

影路は契約者から借りていると聞いた。

この人が、その持ち主。大商会の人から借りていたなんて。

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