5
団長が前に出る。
「確認に来ました」
兵士が書類を手に取り、めくる。
紙の音がやけに大きく聞こえる。
沈黙。
息をするのも、ためらわれる静けさ。
「……問題ない」
兵士が顔を上げた。
「入城を許可する」
その言葉がすぐには理解できず、耳を通り過ぎていく。
すぐそばでリュミも小さく息を呑んだ。
兵士が書類の説明をしながら団長に何枚か渡す。
あれが、作成に時間がかかった許可証なのだろう。
説明を終え、兵士が脇に寄る。
通路が、開く。
馬たちが先に歩みをはじめ、荷馬車が軋む音がする。
「進め」
促されるまま、1歩、前へ出る。
今まで外から見ていた景色が、目の前にある。
同じはずなのに、どこか違って見えた。
線を越える。
空気が、わずかに変わる。
背後にあったざわめきが遠くなる。
私は、街の中にいた。
視線の先に広がるのは、グランデル港都。
川と海を抱えた巨大な街。
石畳の道。行き交う人。
聞こえてくる声の多さに圧倒される。
さっきまで外から見えていたはずの景色なのに、その中に立っているだけで、胸の奥が少しだけ浮き立つ。
けれど——
「急ぐぞ」
団長の声に、はっとする。
空を見上げると、すでに日が傾いていた。
建物の影が長く伸びている。
「じきに夜になる。宿に向かう」
その言葉に、少しだけ現実に引き戻される。
隣を歩くユーシリアさんに、小さく声をかけた。
「……宿って、もう決まってるんですか?」
「ええ。団長の伝手でね」
穏やかに微笑んで答える。
団長はこの大きな街をなんの迷いなく、進んでいく。
通りをいくつか抜け、人通りの多い通りへ出た。
やがて、ひときわ大きな建物の前で足を止める。
思わず見上げてしまう。
高い。広い。入口には人が絶えず出入りしていて、建物の前だけ空気が違う。
「……すごい」
思わず声が漏れる。
「さすが大きな街ですね…公会所もこんなに立派なんですね」
そう言うと、すぐ横でリュミが吹き出した。
「違う、違う」
フェリクスさんも笑いながら首を振る。
「公会所じゃねぇよ」
「ここは商会だ」
セヴランさんが淡々と告げる。
団長が振り返る。
「アストラ商会。聞いたことあんだろ?」
その名を聞いた瞬間、はっとする。
「はい!知ってます」
思わず大きな声が出た。
旅に出る前から知っている、何度も耳にしたことがある有名な大商会の名前。
物資も情報も人脈も、なんでも扱うという。
そんな場所の前に、自分が立っている。
胸の奥が高鳴った。
けれど、宿に行くと言っていたはず。どうして商会に?
そんな疑問を口にする間もなく、団長は馬車をエルドさんとセヴランさんに託し、他の皆はついてくるよう言いながら商会の扉を開けた。
大きく、滑らかに輝く紺色の扉をくぐると、空気が変わった。外の喧騒とは別の、整えられた静けさ。
視線が一斉にこちらへ向き、少し怯んでしまう。
「……お約束されてますでしょうか」
奥にいた男性が静かに声をかける。団長は1歩前に出て、短く言った。
「カイロスだ」
その言葉で、場の空気が変わる。
対応してくれた男性の表情が変わり、他の従業員に目配せをする。
「少々お待ちください」
そう言って頭を下げ、奥へと消えた。
その後ろ姿を見送ってざわつく間もなく、重そうな金色の扉が勢いよく開く。
「カイ!」
低くよく通る声と同時に、大柄な男が歩み寄ってくる。
「久しいな!」
そのまま迷いなく、団長を抱きしめた。
団長は嫌そうな顔ひとつせず、軽く肩を叩いて応じている。
「相変わらずだな」
「つれないなぁ、でも、それでこそカイだ」
男は豪快に笑い、ようやく体を離した。
その視線が私たちへと向く。
値踏みするような目。でもどこか楽しげで怖さはない。
「影路、助かってる。ありがとう」
団長がそう言うと、男は鼻で笑った。
「あれくらい。もっと色々好きに使えと言ってるのに」
——影路
その言葉に、胸の奥が小さく跳ねる。
影路は契約者から借りていると聞いた。
この人が、その持ち主。大商会の人から借りていたなんて。




