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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
その手を

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84/101

野営地に戻ると、昼の光が強くなっていた。


リュミと2人で簡単な昼食を用意して食べる。

火をおこさず食べられる干し肉をパンで挟んだものと、干した果実。


食べ終わっても時間はまだある。

けれど、することがない。


「城壁の端っこってどうなってるのかな」


リュミがふいにそう呟く。


「気になってきたから見にいってくる。リネも一緒に行く?」

「ううん、行ってきて。私は荷物番しておくよ」

「ありがとう!あ、ユーシリアさーん!」


リュミが元気に走り出し、ユーシリアさんに声をかける。

おそらく散歩のお誘いをしたのだろう、2人で並んで城門の方へと歩いて行った。


さて、何をして過ごそう。

そう考えた時、今朝団長が言っていた紋様のことを思い出した。


積荷の中から天幕を引っ張り出して少し広げる。刺繍の箇所を探し、慎重に紋様を紙に書き写した。

書き終えてからたたみ直し、ちょうど昼寝から目を覚ましたブラムさんに手伝ってもらって天幕を積荷にしまい直す。


私は身につけている巾着の中から端切れの布と針を取り出した。さっそく紋様を布に写し刺繍をしてみる。



けれど——

「……難しい」



少し線がずれるだけで、魔力の流れが途切れ、光が崩れてしまう。思っていたよりずっと繊細だった。


顔を上げる。


屋台の数が増えている。昼前よりも人が多く、声も大きい。値段を巡って言い合う声も聞こえてきた。


門の方を見ると、また1組が中へと通されていく。

街に、選ばれている。

緊張に似た感覚が胸の奥に残る。



「うまくいってるか」



振り返ると、団長が立っていた。


「全然です」


布を見せると、団長は目を細めながら布を手に取る。

ほうほう、と言いながら眺めて返された。


「曲線が甘いな」


それだけ言って、視線を外へ向ける。

短い言葉。でもずっと手詰まりだったのにそのひと言でどこが違うのか分かった。自分で気付けなかったのが悔しい。


「直してみます」


団長は何も言わず、そのまま屋台の方へ歩いていった。


私は針を持ち直す。

今度こそ。さっきよりも少しだけ、慎重に。

もう1度、針を通す。

曲線を、丁寧に。線が途切れないように。

魔力の流れを意識しながら、ゆっくりと。


やがて最後の1針を通したとき、紋様がかすかに光った。


途切れていない。

ちゃんと、繋がっている。


「……できた」


思わず声が出た。

やった、うまく出来た。これはなかなかいいのでは?ひとまずしっかり防音されているか確認したい。どうしたら確認できるだろう。誰かに声をかけてみようか、それとも——


ふと気づく。

日差しが落ち着いていた。足元の影が、長く伸びている。

もうすぐ夕方だ。


「随分集中してたな」


隣からブラムさんの声がした。


「あ……」


いつからそばにいたのか。気づいていなかった。


「独り言も言ってたぞ」

「……言ってましたか」

「ああ」


ブラムさんが片眉を上げて、にやりと笑う。

顔が少し熱くなる。


「支度するぞ」


団長の声が飛んできた。


立ち上がり、針と布を巾着にしまう。

顔の熱がなかなか冷めない。


荷をまとめていると、皆がどんどん戻ってきた。


「さあ、行くぞ」


団長が城門の方を見る。皆が動き出す。

今度こそ、入れるだろうか。

緊張で歩き方がぎこちなくなる。


「城壁の端っこ見てきたよ」


リュミが喜びを隠せないといった表情で言う。


「どうだった?」


思わず聞き返す。


「川だった!そのまま落ちてるの」

「落ちてる?」

「うん。壁がそのまま川に続いててさ、水、すごい勢いだった」


両手で大きく広げながら説明してくれる。


「水門もあったよ。船が通るやつ。兵士もいっぱいいてさ」

「へぇ……」


想像してみる。高い城壁、そのまま流れ落ちる川。

門だけじゃなくて、街全体が閉じられている。

守りが頑丈な街。簡単には入れないはずだ。


「だからさ、やっぱすごい街だよここ」


リュミが嬉しそうに、楽しそうに笑う。

その言葉に私も笑い、小さく頷いた。


視線を前に戻す。

城門が、すぐそこまで迫っていた。


列はゆっくりと進んでいる。

1組ずつ止められ、確認され、中へ通される者、外されて街道へと誘導される者、野営地へ向かう者。

選別が目の前で繰り返されている。


喉の奥が、少しだけ乾いた。

自分の呼吸の音がやけに大きく聞こえる。


「すげぇ緊張してるな」


横からからかうような声がした。

フェリクスさんだ。


「……緊張で吐きそうです」


「落ち着け落ち着け。大丈夫だって。こういうのは……えーと、場数?踏めばなんとかなる。たぶん」


「今はどうしましょう……」


思わずそう言うとフェリクスさんは真剣な表情で言った。


「深呼吸だ」

「深呼吸?」


おう、と頷く。


「ほら、一緒にやるぞ」


そう言ってわざとらしく大きく息を吸ってみせる。

つられて、私も息を吸った。ゆっくり、吐く。もう一度。

少しだけ、胸の奥のざわつきが落ち着いた気がする。


「お子さま方、次ですよ」


呆れたような声で、アナスタシアさんが言う。


その直後、兵士の声が響いた。


「次、前へ」

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