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目が覚めると、天幕の外が明るかった。
昨夜の喧騒が嘘のように静かだ。
まだアナスタシアさんとリュミは寝息を立てている。
私は起こさないよう静かに身支度を整えて、外に出る。
「おはよう」
ユーシリアさんとフェリクスさんが、火のそばで手を振る。
少し離れたところで、エルドさんと団長が何か話していた。
低い声で、真剣な表情のまま。
あたりを見渡す。
昨夜より、人が少ない。
隣にあった大きな天幕も、なくなっていた。
「随分といなくなってる」
思わず呟くと、フェリクスさんが湯気の立つカップを手に近づいてくる。
「夜中に盗みがあってさ。騒ぎになったんだよ」
「え?」
「俺たちの近くじゃないけどな。少し離れたところで。捕まったやつもいれば、逃げたやつもいる」
全然、気づかなかった。
ぐっすり眠っていた。
「気づかなかったです、私」
「そりゃそうだ」
団長が静かに言う。
いつの間にか、こちらを見ていた。
「天幕の紋様に魔力を流してた。外の音が入らないように」
「……それで、眠れてたんですね」
「刺繍が途切れかけてるから、力技でな」
面倒くさそうに言う。
けれど、その目の下には、わずかに影が落ちていた。
「その紋様、刺繍なんですよね?補修できるか、詳しく見てみたいです」
思わず口にする。
刺繍ならば、私にも何かできる事があるかもしれない。
団長が、少し目を細めた。
「できるか?」
「わかりませんが、図案を写して試しに別の布で刺してみます」
「……頼んだ」
団長は短く言って、カップを口に運んだ。
荷をまとめ、天幕を畳んでいく。
野営地を後にして、再び城門へと向かった。
馬たちは短い距離でも歩けて嬉しそうに尻尾を振っている。
城門には人の列ができている。
朝だからだろうか、昨日よりも人が多い。
行商の荷車、旅人の一団、兵士に付き添われた豪華な馬車、様々な人が順番を待っていた。
「いい返事、もらいたいねぇ」
リュミが伸びをしながら弾むように言う。
「うん、そうだね」
小さく頷きながら、列に並ぶ。
ゆっくりと列が進んでいく。
昨日と同じように1組ずつ止められては、手荷物や荷馬車の中を確認されている。
昨日の私たちのように兵士に書類を渡し、列から離れる人たちも見受けられた。
やがて、私たちの番が来た。
「書類は昨日提出してあります。確認にきました」
団長が落ち着いた声で告げる。
兵士が書類を確認し、顔を上げる。
「……まだ最終確認が終わっていない。夕刻にもう1度来い」
「え」
リュミが思わず声を漏らす。
「まーじーかー……」
フェリクスさんも肩を落とす。
門は、すぐそこにあるのに。
昨日より、近い。
でも、まだ入れない。
私も静かに息をつく。
「承知しました」
団長はそれ以上何も言わず、静かに頷いた。
私たちは列を外れ、城門から離れる。
また今朝までいた野営地に逆戻りだ。一体いつになったら入れるのか、それとも審査が通らず入れないのだろうか。
そんなことを考えていたら、歩きながら、団長がぽつりと呟く。
「この様子なら、うまくいけば今日には通れるな」
「そうなんですか?」
「ああ。ダメなら、この時点で答えが出てる」
ほら、見てみろと顎で門の方を示され、振り返る。
門の前で別の一団が話をしているところだった。
昨晩野営地で見かけた顔だった。
兵士が首を振り、何かを告げられている。そしてそのまま列の外へと誘導され、野営地とは反対の街道へと歩いていく。
「……確かに」
「入城証の発行に時間が必要ということだ」
エルドさんが静かに説明する。
それに団長が、疲れの残る横顔で頷いた。
「遅くても、明日の朝には入れるだろ」
少しだけ、皆の肩の力が抜ける。
門は遠くない。
けれど、まだ越えられない。
その距離が、やけに長く感じられた。
野営地に戻ったところで、エルドさんが馬を少し歩かせたいと言い、ユーシリアさんと2人で手綱を握って街道へと向かった。
「楽器は出すなよ」
団長が皆を見渡しながら言う。
「高いもんを見せびらかす必要はない」
皆が頷く。
「見て!屋台出てるよ」
リュミが城門の方を指した。
いつの間にか、城壁沿いに屋台がいくつか並び始めている。
兵士たちも特に咎める様子はない。
「冷やかしに行くか」
フェリクスさんが軽く言う。
リュミ、私、フェリクスさん、セヴランさんの4人で近づいてみる。
干し肉、保存のきく焼き菓子、水袋、縄、薬草。
旅に使えそうなものが色々並んでいる。
けれど。
「……なかなかの……」
思わず声が出た。
高いのだ。農村で買った干し野菜の値段、ミルダールで買った干し肉の値段、比べてみると倍以上はする。
「そりゃそうだ」
フェリクスさんが肩をすくめる。
「すぐ入れると思ってきたのに入れず、物資が足りなくなった人間がここで買わざるを得ない。そういう商売だ」
「だから……」
「農村で買い足してたんだよ」
なるほど。団長やユーシリアさんが物資の補充にこだわっていた理由が、ようやく腑に落ちる。
屋台を眺めながら歩いていくと、城壁のさらに先の方に人だかりができていた。
気になって皆で近づくと、何人か地面に座り込んでいる。
そしてその人たちの隣に兵士が膝をつき、何か書き留めながら話しかけていた。
「あれ?あの人、昨日見たような…」
1人の青年に目をやる。
野営地で見かけた顔だった気がする。
「ああ」
セヴランさんが静かに言う。
「朝言ってた盗みの被害者だろうな」
青年は膝を抱えたまま、下を向いていた。兵士の声は、思ったより優しく穏やかだった。
旅はうまくいくばかりじゃない。
それを、また1つ知った気がした。




