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天幕の準備が整い、火も安定してきた頃。
団長が一度手を叩き皆を集める。
「飯の前に見張り決めるぞ」
その一言で、場の空気が少しだけ引き締まる。
「ここは野営地だ。他の旅団もいる。盗賊に襲われる可能性は低い」
団長は少し声を落として続けた。
「だが、別のトラブルはある」
視線が、周囲へと向けられる。
少し離れた場所では、別の一団が酒を回して大きな声で笑っていた。他の旅団に絡んでいる人たちもいる。
その向こうでは、荷を巡って言い争う声も聞こえてくる。
「揉め事、盗み、流れ者。夜は何が起きてもおかしくねぇ」
団長の真剣な声に皆が頷く。
「見張りは男で固める。前半はセヴランとブラム、後半はエルドと俺だ」
名前を呼ばれたメンバーが頷く。
「防壁も張る」
団長がユーシリアさんに視線で合図する。
ユーシリアさんが魔力を流し、杖で地面を1度叩くと、わずかに紋様が光り、淡く空気が震える。
見えない壁が、周囲を包む。
見えない壁に対しても、すっかり見慣れたと言っていいのだろうか。
少し空気が重くなる感じに慣れてきている。
「これで最悪は防げるはずだ」
皆が緊張をもって話を聞いていたその時。
「……中も守れたらいいのにな」
フェリクスさんがおどけたように明るい声で言う。
「寝ぼけて火に突っ込むやつとかいるしさぁ」
「それはあんただけでしょ」
アナスタシアさんが呆れたように言う。
小さく笑いが起きる。空気が少し軽くなる。
でも、その奥にある緊張は消えない。
「各自、無理すんな。異変あったらすぐ起こせ」
夜が静かに広がっていく。
リュミと二人で食事の支度をしながら、周囲の旅団に目を向ける。
天幕も張らず布の上に寝転んでいる人もいれば、私たちのように、複数人で天幕を張る一団もあった。
ここにいる人たち、皆があの城門の向こうに行きたいんだ。
料理が完成し、鍋を囲んでの食事が始まった。
火のはぜる音が小さく響く。
「この街、食い物が豊富なんだよな」
フェリクスさんが嬉しそうに言う。
「港があるから魚も入るし、内陸の干し肉も揃ってる」
「お酒もいいんだよね」
リュミが目を輝かせて言う。
「果実酒の種類が多くて。去年飲んだやつがまだ忘れられない」
「わかるわ。あの甘さは他じゃ出ない」
アナスタシアさんも珍しく乗ってくる。
話が弾む。
食べ物の話、酒の話、街の市場の話。
「宿は——」
私が口を開きかけた瞬間。
ユーシリアさんの視線が、静かにこちらに向いた。
何かを伝えるように真っ直ぐに。
そして、小さく首を振る。
言葉が止まった。
「——も多そうですね」
「ええ、そうね」
ユーシリアさんが微笑んで、鍋をかき混ぜる。
周囲に目を向ける。
隣の旅団との距離は、思ったより近い。
声を立てれば、聞こえてしまう距離だ。
そういうことか。
宿の場所を知られれば、面倒なことになる。
荷を狙われることもある。
旅では、話す内容も選ばなければならない。
「市場は朝が1番賑わうって聞いたぞ」
フェリクスさんが、何事もなかったように続ける。
「早起きする価値はある」
「それは楽しみね」
和やかな空気のまま、話は続いた。
今度は私も、周りの耳を意識して言葉を選びながら話す。聞かれたくないことは避けつつ、不安を消せるような楽しい話を。
食事を終えてからは、片付けを済ませ、皆それぞれ眠る支度を始める。
天幕に入る前に私は少しだけ外に立つ。
城壁が、夜の闇の中でもよく見える。
灯りが城壁の上を走っていて、兵士が見張りをしているのがわかる。
あの向こうに、街がある。
明日入れるかもしれない、大きな街が。
遠くで、誰かの怒鳴り声がする。
また別の場所からは、笑い声が上がる。
どこかで荷が倒れるような音がする。
この野営地には、色んな人がいる。
目的も、事情も、全部違う。
静かな夜に潜む闇とは違う。
ここにあるのは、人に向けられる恐怖と不安。
どこか居心地が悪かった。
「早く寝ろ」
背後から、低い声がして驚く。
慌てて振り返ると、セヴランさんが腕を組んで立っていた。
「大丈夫だ、見張りに俺たちがいる」
「……はい」
「ほら。明日も早いぞ」
それだけ言って、視線を野営地の外へ向ける。
私は天幕に入った。
リュミとアナスタシアさんとユーシリアさんの息遣いが聞こえる。
遠くの喧騒は、天幕の布越しでも届いてくる。
安心しきれない。
でも、見張りがいる。
防壁がある。
仲間がいる。
目を閉じる。
喧騒はまだ続いている。
それでも、いつの間にか眠っていた。




