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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
その手を

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82/101

天幕の準備が整い、火も安定してきた頃。

団長が一度手を叩き皆を集める。


「飯の前に見張り決めるぞ」


その一言で、場の空気が少しだけ引き締まる。


「ここは野営地だ。他の旅団もいる。盗賊に襲われる可能性は低い」


団長は少し声を落として続けた。


「だが、別のトラブルはある」


視線が、周囲へと向けられる。


少し離れた場所では、別の一団が酒を回して大きな声で笑っていた。他の旅団に絡んでいる人たちもいる。

その向こうでは、荷を巡って言い争う声も聞こえてくる。



「揉め事、盗み、流れ者。夜は何が起きてもおかしくねぇ」


団長の真剣な声に皆が頷く。


「見張りは男で固める。前半はセヴランとブラム、後半はエルドと俺だ」


名前を呼ばれたメンバーが頷く。


「防壁も張る」


団長がユーシリアさんに視線で合図する。

ユーシリアさんが魔力を流し、杖で地面を1度叩くと、わずかに紋様が光り、淡く空気が震える。

見えない壁が、周囲を包む。

見えない壁に対しても、すっかり見慣れたと言っていいのだろうか。

少し空気が重くなる感じに慣れてきている。



「これで最悪は防げるはずだ」


皆が緊張をもって話を聞いていたその時。


「……中も守れたらいいのにな」


フェリクスさんがおどけたように明るい声で言う。


「寝ぼけて火に突っ込むやつとかいるしさぁ」

「それはあんただけでしょ」


アナスタシアさんが呆れたように言う。


小さく笑いが起きる。空気が少し軽くなる。

でも、その奥にある緊張は消えない。


「各自、無理すんな。異変あったらすぐ起こせ」


夜が静かに広がっていく。



リュミと二人で食事の支度をしながら、周囲の旅団に目を向ける。

天幕も張らず布の上に寝転んでいる人もいれば、私たちのように、複数人で天幕を張る一団もあった。

ここにいる人たち、皆があの城門の向こうに行きたいんだ。


料理が完成し、鍋を囲んでの食事が始まった。

火のはぜる音が小さく響く。


「この街、食い物が豊富なんだよな」


フェリクスさんが嬉しそうに言う。


「港があるから魚も入るし、内陸の干し肉も揃ってる」


「お酒もいいんだよね」


リュミが目を輝かせて言う。


「果実酒の種類が多くて。去年飲んだやつがまだ忘れられない」


「わかるわ。あの甘さは他じゃ出ない」


アナスタシアさんも珍しく乗ってくる。


話が弾む。

食べ物の話、酒の話、街の市場の話。


「宿は——」


私が口を開きかけた瞬間。


ユーシリアさんの視線が、静かにこちらに向いた。

何かを伝えるように真っ直ぐに。

そして、小さく首を振る。


言葉が止まった。


「——も多そうですね」

「ええ、そうね」


ユーシリアさんが微笑んで、鍋をかき混ぜる。


周囲に目を向ける。

隣の旅団との距離は、思ったより近い。

声を立てれば、聞こえてしまう距離だ。


そういうことか。


宿の場所を知られれば、面倒なことになる。

荷を狙われることもある。


旅では、話す内容も選ばなければならない。


「市場は朝が1番賑わうって聞いたぞ」


フェリクスさんが、何事もなかったように続ける。


「早起きする価値はある」

「それは楽しみね」


和やかな空気のまま、話は続いた。

今度は私も、周りの耳を意識して言葉を選びながら話す。聞かれたくないことは避けつつ、不安を消せるような楽しい話を。


食事を終えてからは、片付けを済ませ、皆それぞれ眠る支度を始める。


天幕に入る前に私は少しだけ外に立つ。

城壁が、夜の闇の中でもよく見える。

灯りが城壁の上を走っていて、兵士が見張りをしているのがわかる。


あの向こうに、街がある。

明日入れるかもしれない、大きな街が。


遠くで、誰かの怒鳴り声がする。

また別の場所からは、笑い声が上がる。

どこかで荷が倒れるような音がする。


この野営地には、色んな人がいる。

目的も、事情も、全部違う。


静かな夜に潜む闇とは違う。

ここにあるのは、人に向けられる恐怖と不安。

どこか居心地が悪かった。



「早く寝ろ」


背後から、低い声がして驚く。

慌てて振り返ると、セヴランさんが腕を組んで立っていた。


「大丈夫だ、見張りに俺たちがいる」

「……はい」


「ほら。明日も早いぞ」


それだけ言って、視線を野営地の外へ向ける。


私は天幕に入った。


リュミとアナスタシアさんとユーシリアさんの息遣いが聞こえる。

遠くの喧騒は、天幕の布越しでも届いてくる。


安心しきれない。

でも、見張りがいる。

防壁がある。

仲間がいる。


目を閉じる。


喧騒はまだ続いている。

それでも、いつの間にか眠っていた。

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