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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
その手を

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村を離れて少しして、荷馬車の影が突然形を変えた。

驚いた私は思わず飛び退いて、ユーシリアさんにしがみついてしまう。

影路だと気づき、ほっとする。

慌てて微笑ましく私を見ているユーシリアさんに謝り、離れた。突然音もなく出てくるのはやめてほしい。


蠢いた影がずるりと大きくなっていく。

影路が足元に広がり、団長に指示を仰ぐように小さな影がぴょんっと跳ねる。


「おう、行くぞ」


その一言で、景色が流れていく。



しばらくして丘を越えると川が見えた。


「少し休むか」


団長の声で影路が薄れ、動きが止まる。

影路は小さくなり、馬たちのそばによって飛び跳ねている。

顔を近づけたり踏もうとしてみたり、馬のコレットが慣れた様子で遊んでいる。


川のそばで水を補充し、皆それぞれ腰を下ろして一息つく。

水の音だけが聞こえる、静かな時間だった。



「行くぞ」



短い休憩を終えて、影路が再び広がった。

だんだん木が増えてきて移動速度がゆっくりになる。


そして、昼を過ぎた頃。


「見えた」


セヴランさんが前方を指す。

遠くに、灰色の壁が地平線に沿って伸びているのが見える。高い。今まで見てきた町の柵や門とは、まるで違う。



「……大きい」


思わず声が出た。

まだ遠いのにその大きさは一目瞭然だった。


「でかいよなぁ」


フェリクスさんが笑う。


「でもまだ遠いぞ。着くのは夕方だな」


城壁に向けて影路は進み続けた。

近づくにつれて、その大きさがさらに増していく。


日が傾き始めた頃、城壁がいよいよ迫ってきた。


城壁の前には、人の列ができていた。

行商の荷車。旅人。兵士に付き添われた一団。さまざまな人たちが門へと吸い込まれていく。

けれど、その流れは決して速くはない。

どうやら1組ずつ止められているようだ。


「……はぁ。並ぶか」


団長が短く言う。


影路がゆっくりと消え、足元がただの土に戻る。

そのままゆっくりと近づいていき、少しして列の最後尾へとつく。


城門に近づくにつれて、前から声が聞こえてくる。


「登録証を出せ」

「荷の中を確認する」


低く、厳しい、声。

門の左右には、鎧を着た兵士が剣を携えて立っている。

その奥、開かれた門の向こうに見えるのも人の波。

列はなかなか進まない。


日がさらに傾き、足元の影が長くなる。


「思ったより、時間かかりそうだな」


フェリクスさんがぼやく。


「大きい街だもの、諦めましょう」


ユーシリアさんが静かに答えた。


前の方で旅人の一団が、止められているのが見える。

列から外れて何か揉めているようだ。荷車の中を確認され、何かを問われている。ここからでは聞き取れない。


やがて、首を振られた。


その一団は、門から外へと戻る列へ誘導される。

兵士たちに何か言ったあと、項垂れるようにして私たちの横を通り過ぎて城外へと歩いていった。


「……入れないこともあるんだ」


思わず、呟いた。


「ある」


短く答えたのは、エルドだった。


「身元、目的、危険性。どれか引っかかれば終わりだ」


自分の育った町、そして通ってきた2つの町と村、それらと比べてみても全く違う。

皆があの町は通りやすかった、ここは門を広げて列も増やせばいいのに、などと話し始める。



「この後の手続きにも時間かかるしなぁ」



フェリクスさんの言葉に、顔をむける。手続き?

疑問に思ったところで、ようやく私たちの番になった。

すっかり空は暗くなっている。



「次」


短く言われて団長が先頭に立ち私たちは前に進む。


「書類一式、こちらです」


団長が丁寧に話し、書類の束を渡す。

兵士は無言でそれを受け取り、1枚ずつめくっていく。

紙が擦れる乾いた音だけが、やけに大きく聞こえた。



「……メンバー表、演目一覧、宿泊申告……」



低く読み上げる声。視線が動き、書類を隅々まで確認しているのがわかる。


「事前審査の控えもあるな」



兵士は視線を上げず、さらに紙をめくる。


「内容は問題なさそうだ。最終確認は中で行い判断する」


そう言って、書類を束ね直す。



「明日確認に来るように」


あっさりと告げられた言葉に驚く。



門はすぐそこなのに、入れない。

私たちも先ほど見た一団と同じように列を外れて城外へ向かう。

今朝、旅程を聞いた時に今日も野営すると言っていたのはこの為だったのかと考えながら、皆の後ろを歩いた。



城壁にそって歩き少しすると、複数の旅団が野営している開けた場所があった。

私たちもその場所に急いで天幕を張る。



「街、こんなに近いのに」


思わず、呟く。


木々の隙間から、灰色の壁の上端が見えた。

手を伸ばせば届きそうで、でも届かない距離。



「近いと入れるは、別の話だ」



ぽつりと、団長が言った。


その声に、少しだけ違和感を覚える。

いつもより、掠れていて低い声。


顔を上げると、団長が目元を押さえている。



「……大丈夫ですか」

「んー?」


いつもの調子で、軽く笑う。

けれど、その目の奥が、少しだけ暗い気がするのは気のせいだろうか。



「問題ねぇよ」



短く言って、ゆっくりと火のそばに歩いていった。



「ここ最近、ずっとだもんな」


フェリクスさんが、後ろで小さく呟く。


「……ああ」


エルドさんが、短く返す。


「街との連絡、影路の主人を通して行っていたのだろう」


「申請書と事前の審査票も全部、あの人がまとめてたし」



2人が労わるように団長を見る。



「楽団のメンバー表とか、誰が何を担当するかとか、どんな演目やるかとか」


リュミが指を折りながら、細かいんだよ、と嫌そうな顔で言う。


「危険なことしませんって証明みたいなのも出すんだって」



「信用を見せるための書類だ」


エルドさんが淡々と補足する。



「影路の主人を通して、事前に審査の申し込みもしていた」


「事前に?それでも時間が必要なんですか?」



思わず疑問が口に出る。



「書類はあくまで“判断材料”、最終的に通すかどうかは街次第」


「だから団長ったら寝る時間削って、通りやすくしてたってわけ」


フェリクスさんが軽く肩をすくめる。



「……」


視線が自然と団長の方へ向く。



火のそばで、いつも通りに指示を出している。

何も変わらないように見える。


見えないところでずっと動いていたんだ。

私が知らなかっただけで。

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