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演奏は続いた。
2曲目、3曲目と重ねるごとに、音が村へ流れていく。
途中で団長が一歩下がる。
その瞬間、リュミが前に出た。
ここからは歌は終わり、踊りが主軸になる。
まだ少し足元は乾ききっていない。
見ていると、思わずドキドキしてしまう。
けれどリュミは、昨日雨で踊れなかった分を取り戻すかのように、のびのびと楽しそうに動いていた。
客席用に敷いた布の上、気付けばお客さんが増えていた。
赤子を抱いた母親。その隣には、大きなお腹の女性もいる。
私はユーシリアさんと天幕の方で夜ご飯の支度をしながら、時折そちらを眺めた。
建物が低く、畑で開けている。
だから遠くからでも、皆の姿がよく見える。
風が運んでくる音楽を聞きながら、鍋に水を張る。
「こういう日も、あるのよ」
ユーシリアさんが皆を見ながら静かに言った。
「毎日あの舞台みたいにはいかないわ」
「……そうですね」
「でもね、それが旅の面白さよ」
少しだけ間を置いて、笑って続ける。
遠くで、リュミが回ったのが見える。
音が畑の向こうまで流れていく。
「寝床も整えましょうね」
そう言ってユーシリアさんは仕事に戻る。
私も野菜を切りはじめた。
演奏が終わった頃、私たちは皆のそばへ戻った。
用意しておいた小さな箱に、観客の4人がそれぞれお金を入れてくれる。
多くはない。けれど、その気持ちが嬉しかった。
「ありがとうございました」
団長が頭を下げる。
4人は頷き、それぞれ家路へ向かった。
布を畳み、道具を片付ける。
猫は客席用の布から離れたあとも、こちらをじっと見ている。
片付けを終えて天幕へ戻ろうとしたその時、ようやくゆっくりと腰を上げた。
そして一度も振り返らず、のんびりと歩いて消えていく。
それが今日の最後のお客さんだった。
「不思議な猫ちゃんだったな」
セヴランさんがぽつりと呟く。
確かに、と納得しつつ。
猫ちゃんと呼んだことに、少しだけ微笑んでしまった。
皆で天幕に戻り、楽器を丁寧にしまい、布を荷馬車に積み直す。
その後はそれぞれ手を動かしながら、いつもの反省会だ。
「2曲目の最後、少し走りすぎた。すまない」
エルドさんが馬たちにブラッシングをしながら言う。
アナスタシアさんがそれに頷いた。
「確かに。でも次の曲のテンポに向けて、いい盛り上がりだったとも思うわ」
「そこより、最後から2番目の入りがずれたのが気になるなぁ」
リュミがじっとブラムさんとフェリクスさんを見る。
「うぅ、ごめん。曲、勘違いしてた」
「打楽器2人とも別の曲だと思ってた。入り遅れた、すまん」
「あら、珍しいわね」
ユーシリアさんが少し驚いたように2人を見る。
するとセヴランさんが苦い顔で手を挙げた。
「俺のせいです。曲順を伝えた時に、確認を怠りました」
静かに皆のやり取りを聞いていた団長が口を開く。
「次に同じことすんなよ」
「はい!」
皆が声を揃えて返事をする。
その様子に、団長も小さく頷いた。
それを見て、ユーシリアさんが手を叩く。
「さあ、少し早いけれどご飯にしましょう」
夜と呼ぶにはまだ早い夕暮れ時。
けれど夜は静かにするという約束もあるし、明日は早朝にこの村を出る。
早めに食事を済ませ、寝支度を整え、それぞれ眠りについた。
夜明け前に目が覚めた。
天幕の外はまだ暗い。
でも、音がしている。
鍬の音。荷車の軋む音。
誰かが何かを運ぶ重い足音。
身支度を整えてから天幕を開けて外に出る。
畑に、人がいた。まだ空が白みかけたばかりだというのに、あちこちで人が動いている。
「…もう働いてる」
思わず声が出た。
「当たり前だろ」
フェリクスさんが荷物を抱えながら通りかかる。
「日が出る前から始めて、日が沈んだら終わる。それが農業で生きる人の暮らしだ」
改めて畑の方を見る。
子どもの姿もある。小さな手で、何かを運んでいる。
「…すごいな」
「そうだろ」
フェリクスさんがなぜか自慢げに胸を張って言った。
「そして、私たちにも私たちの仕事がある」
後ろから、エルドさんが静かに声をかける。
2人して慌てて作業に取り掛かった。
まず最初の私の仕事は、まだ寝ているアナスタシアさんとリュミを起こすことから。
皆が揃ったところで天幕を畳み、荷をまとめる。
馬の準備をして荷馬車に繋ぎ、村の入口へと向かう。
畑仕事をしている人たちとすれ違うが、誰も私たちに声をかけることはない。
ミルダールを出発した時とは、まるで違う。
昨日のユーシリアさんの言葉を思い出す。
これも、“旅の面白さ”のひとつなんだろうか。
団長が入口近くに立っていた村の代表に声をかける。
私たちは、その小さな農村を後にした。




