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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
呼ぶ声

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50

演奏は続いた。

2曲目、3曲目と重ねるごとに、音が村へ流れていく。


途中で団長が一歩下がる。

その瞬間、リュミが前に出た。

ここからは歌は終わり、踊りが主軸になる。


まだ少し足元は乾ききっていない。

見ていると、思わずドキドキしてしまう。

けれどリュミは、昨日雨で踊れなかった分を取り戻すかのように、のびのびと楽しそうに動いていた。


客席用に敷いた布の上、気付けばお客さんが増えていた。

赤子を抱いた母親。その隣には、大きなお腹の女性もいる。


私はユーシリアさんと天幕の方で夜ご飯の支度をしながら、時折そちらを眺めた。


建物が低く、畑で開けている。

だから遠くからでも、皆の姿がよく見える。


風が運んでくる音楽を聞きながら、鍋に水を張る。


「こういう日も、あるのよ」


ユーシリアさんが皆を見ながら静かに言った。


「毎日あの舞台みたいにはいかないわ」

「……そうですね」


「でもね、それが旅の面白さよ」


少しだけ間を置いて、笑って続ける。


遠くで、リュミが回ったのが見える。

音が畑の向こうまで流れていく。


「寝床も整えましょうね」


そう言ってユーシリアさんは仕事に戻る。

私も野菜を切りはじめた。


演奏が終わった頃、私たちは皆のそばへ戻った。


用意しておいた小さな箱に、観客の4人がそれぞれお金を入れてくれる。

多くはない。けれど、その気持ちが嬉しかった。


「ありがとうございました」


団長が頭を下げる。

4人は頷き、それぞれ家路へ向かった。


布を畳み、道具を片付ける。


猫は客席用の布から離れたあとも、こちらをじっと見ている。


片付けを終えて天幕へ戻ろうとしたその時、ようやくゆっくりと腰を上げた。

そして一度も振り返らず、のんびりと歩いて消えていく。


それが今日の最後のお客さんだった。


「不思議な猫ちゃんだったな」


セヴランさんがぽつりと呟く。


確かに、と納得しつつ。

ちゃん(・・・)と呼んだことに、少しだけ微笑んでしまった。



皆で天幕に戻り、楽器を丁寧にしまい、布を荷馬車に積み直す。

その後はそれぞれ手を動かしながら、いつもの反省会だ。


「2曲目の最後、少し走りすぎた。すまない」


エルドさんが馬たちにブラッシングをしながら言う。

アナスタシアさんがそれに頷いた。


「確かに。でも次の曲のテンポに向けて、いい盛り上がりだったとも思うわ」


「そこより、最後から2番目の入りがずれたのが気になるなぁ」


リュミがじっとブラムさんとフェリクスさんを見る。


「うぅ、ごめん。曲、勘違いしてた」

「打楽器2人とも別の曲だと思ってた。入り遅れた、すまん」


「あら、珍しいわね」


ユーシリアさんが少し驚いたように2人を見る。

するとセヴランさんが苦い顔で手を挙げた。


「俺のせいです。曲順を伝えた時に、確認を怠りました」


静かに皆のやり取りを聞いていた団長が口を開く。


「次に同じことすんなよ」


「はい!」


皆が声を揃えて返事をする。

その様子に、団長も小さく頷いた。


それを見て、ユーシリアさんが手を叩く。


「さあ、少し早いけれどご飯にしましょう」


夜と呼ぶにはまだ早い夕暮れ時。

けれど夜は静かにするという約束もあるし、明日は早朝にこの村を出る。


早めに食事を済ませ、寝支度を整え、それぞれ眠りについた。



夜明け前に目が覚めた。


天幕の外はまだ暗い。

でも、音がしている。


鍬の音。荷車の軋む音。

誰かが何かを運ぶ重い足音。


身支度を整えてから天幕を開けて外に出る。


畑に、人がいた。まだ空が白みかけたばかりだというのに、あちこちで人が動いている。



「…もう働いてる」


思わず声が出た。


「当たり前だろ」


フェリクスさんが荷物を抱えながら通りかかる。


「日が出る前から始めて、日が沈んだら終わる。それが農業で生きる人の暮らしだ」


改めて畑の方を見る。

子どもの姿もある。小さな手で、何かを運んでいる。


「…すごいな」

「そうだろ」


フェリクスさんがなぜか自慢げに胸を張って言った。



「そして、私たちにも私たちの仕事がある」


後ろから、エルドさんが静かに声をかける。


2人して慌てて作業に取り掛かった。

まず最初の私の仕事は、まだ寝ているアナスタシアさんとリュミを起こすことから。


皆が揃ったところで天幕を畳み、荷をまとめる。

馬の準備をして荷馬車に繋ぎ、村の入口へと向かう。


畑仕事をしている人たちとすれ違うが、誰も私たちに声をかけることはない。


ミルダールを出発した時とは、まるで違う。


昨日のユーシリアさんの言葉を思い出す。

これも、“旅の面白さ”のひとつなんだろうか。


団長が入口近くに立っていた村の代表に声をかける。


私たちは、その小さな農村を後にした。

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