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ガタッという物音で目を覚ました。目をこすりながら起き上がると、珍しくリュミが先に起きている。
「ごめん!起こしちゃったね」
用を足しに行き、中に戻ろうとしたところで荷物を蹴ってしまったそうだ。
外を見るともう空が明るくなってきている。
「起きるから、ちょうどいいよ」
「じゃあ私も起きようかな」
2人でこそこそ話して支度をし、外に出る。
焚き火のそばに行くと団長が眠っていた。
フェリクスさんがひらひらと手を振ってくれる。
「おはよう、早起きだな」
「おはようございます」
挨拶を交わしてる横からリュミが呆れた声を出す。
「団長、寝てんじゃん」
フェリクスさんが苦笑しながら、指を1本唇につける。
「少しだけ寝かせてやって」
フェリクスさんの声は小さかった。
焚き火の火はほとんど落ちていて、灰の中に赤い火がかすかに残っているだけだ。
団長は腕を組んだまま、浅く眠っているようだった。
フェリクスさんが小声で言う。
「ついさっき寝てさ。もうすぐ起こすけど少しだけ、な」
リュミがしゃがみこんで、火をつつく。
「じゃあその前に朝ごはん作っとく?」
「助かる」
私も隣に座り、鍋を取り出す。
水を張り、昨日の残りの穀物と干し野菜を入れる。
しばらくすると、他の皆もぱらぱらと起きてきた。
アナスタシアさんが欠伸をひとつしてから、空を見上げた。
「今日は晴れそうね」
「だな」
フェリクスさんが頷く。
やがて団長も目を覚ました。
「……悪い、少し寝ちまったか」
「少しな」
フェリクスさんが笑う。
「飯できてるぞ」
簡単な朝食を囲む。
温かいだけで、固い地面で眠っていた体が少し楽になる気がする。
食べ終わると、すぐに片付けと出発の準備に入った。
天幕を畳み、荷物をまとめて荷馬車に詰め直す。
湿っていた布はまだ少し重い。
団長が周囲を見渡し、出発の合図を出した。
目的地の村までは丘を2つ越えるだけらしい。
今日は影路を使わず、このまま歩くそうだ。
日差しは強いが、風が気持ちいい。
皆でたわいもない話をしながら道を進んだ。
やがて村の入り口に辿りついた。
見張り台に手を振り、中に入りたいと合図する。
その場で待て、と指示があった。
しばらくして門が開く。
中から、日に焼けた大きな身体の男性が出てきた。
「ここで待ってろ」
団長とユーシリアさんが前に出て、その男のもとへ向かう。
何やら短く言葉を交わしているようだった。
やがて団長が振り返り、手で私たちを呼ぶ。
馬を引き、皆で門のそばへ向かった。
「この村の代表だ」
団長が簡単に紹介する。
男は無言でこちらを見て、ひとつ頷いた。
物資を買わせてもらえること、今晩村のはずれに天幕を張れること、昼間に少し演奏させてもらうこと。
団長が話し合った結果を順番に話す。
男性は特に表情を変えず、また短く頷いた。
「夜は静かにしてくれ」
「わかった」
それだけだった。
拒絶の空気も、歓迎の表情もない。
ただ、淡々としたやり取りを終え、皆で柵を抜けて門を入る。
静かだった。
人は、たくさんいる。
畑仕事をしている人、荷を運んでいる人、足早に家へ戻る人。
気になるのか顔を上げてこちらを見る。
けれど、すぐにまた手元へ視線を戻す。
誰しもが自分たちのやるべきことを止めない。
鍬の音や荷車の軋む音が、途切れることなく続いている。
「活気があるってわけじゃないね」
リュミが小声で言う。
「忙しいんだよ」
フェリクスさんが返す。
「昼間は全員畑だからな」
天幕を張る場所を案内し、村の代表は去っていった。
馬たちを休ませ、必要な荷だけを下ろす。
土は乾ききっておらず、足を取られる。
「行ってくるわね」
物資の補充にユーシリアさんとエルドさんが村の端の小さな店へ向かった。
「見られてるけど話しかけられないって、何度やっても落ち着かないなぁ」
リュミがそわそわしたそぶりで、ため息をつきながら呟く。
「余所者は気になるものさ」
フェリクスさんが肩をすくめる。
「でもな、あの人たちにとっちゃ俺たちに構ってる時間がないんだよ」
「時間が、ない?」
「朝から晩まで働いて、やっと食ってく。そんな暮らしだ」
周りを見る。
畑に出ている人たちは、こちらに視線を向けることはあっても、すぐに手元へ戻している。
「……そっか」
「そういうこと」
フェリクスさんは軽く笑った。
「無視してるわけじゃない。気にはなってる。でも、それどころじゃない」
リュミが小さいため息をつく。
「…聞いては、くれてるのかな」
「どうだろうな」
しばらくして買い物から戻ってきた2人の手には、干し野菜と穀物の袋がある。
「干し肉は残っていなかった」
エルドさんが静かに言う。
「まあ、この時期は仕方ねぇな」
団長が肩をすくめた。
「戻ってきたことだし、舞台作りといくか」
「人、きますかね」
私は思わず聞いてしまう。
演奏しても果たして人が集まるのか。
「来ないだろうな」
団長はあっさり言って、少しだけ笑った。
比較的乾いている地面を探し、厚みのある布を敷く。
客席の位置にも大判な布を敷き人が座れるようにする。
簡単な舞台の完成だ。
セヴランさんとエルドさんが弦を弾いて音を響かせる。
音に反応して通りに出てきたのは、子どもが3人。
それから、老人が2人。
片手で収まる人数しかいない。
あとは——
「あ」
リュミが声を上げた。
舞台の真正面、1番いい場所に猫が1匹やってきた。
しっぽを巻いて、こちらをじっと見ている。
「猫ちゃんが1番いい席とはねぇ」
リュミが笑う。
アナスタシアさんも、フェリクスさんも、くすりと笑った。
団長が軽く合図を出す。
演奏が始まった。
音が、村の中に流れていく。
けれど、畑の方では手が止まらない。
荷を運ぶ人の足も止まらない。
ただ、ほんの一瞬だけ顔を上げて、また視線を戻すばかりだ。
観客用に敷いた敷物の上に座った老人の1人が途中から目を閉じた。
眠ったのか、聞いているのかはわからない。
けれどその顔は、どこか穏やかだった。
子どもたちはしばらく音に耳を傾けていたが、やがて飽きたのか駆け出していく。
猫は、最後まで動かなかった。
音が止まる。
拍手は、1人分しかなかった。
それでも団長はお辞儀をし、静かに次の曲に入る合図を出した。




