表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮初を生きるもの  作者: 木南一果
呼ぶ声

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/101

49

ガタッという物音で目を覚ました。目をこすりながら起き上がると、珍しくリュミが先に起きている。


「ごめん!起こしちゃったね」


用を足しに行き、中に戻ろうとしたところで荷物を蹴ってしまったそうだ。

外を見るともう空が明るくなってきている。


「起きるから、ちょうどいいよ」

「じゃあ私も起きようかな」


2人でこそこそ話して支度をし、外に出る。

焚き火のそばに行くと団長が眠っていた。

フェリクスさんがひらひらと手を振ってくれる。



「おはよう、早起きだな」

「おはようございます」


挨拶を交わしてる横からリュミが呆れた声を出す。


「団長、寝てんじゃん」


フェリクスさんが苦笑しながら、指を1本唇につける。


「少しだけ寝かせてやって」


フェリクスさんの声は小さかった。


焚き火の火はほとんど落ちていて、灰の中に赤い火がかすかに残っているだけだ。

団長は腕を組んだまま、浅く眠っているようだった。



フェリクスさんが小声で言う。


「ついさっき寝てさ。もうすぐ起こすけど少しだけ、な」


リュミがしゃがみこんで、火をつつく。


「じゃあその前に朝ごはん作っとく?」

「助かる」


私も隣に座り、鍋を取り出す。

水を張り、昨日の残りの穀物と干し野菜を入れる。

しばらくすると、他の皆もぱらぱらと起きてきた。

アナスタシアさんが欠伸をひとつしてから、空を見上げた。


「今日は晴れそうね」

「だな」


フェリクスさんが頷く。


やがて団長も目を覚ました。


「……悪い、少し寝ちまったか」

「少しな」


フェリクスさんが笑う。


「飯できてるぞ」


簡単な朝食を囲む。

温かいだけで、固い地面で眠っていた体が少し楽になる気がする。

食べ終わると、すぐに片付けと出発の準備に入った。


天幕を畳み、荷物をまとめて荷馬車に詰め直す。

湿っていた布はまだ少し重い。


団長が周囲を見渡し、出発の合図を出した。


目的地の村までは丘を2つ越えるだけらしい。

今日は影路を使わず、このまま歩くそうだ。


日差しは強いが、風が気持ちいい。

皆でたわいもない話をしながら道を進んだ。


やがて村の入り口に辿りついた。

見張り台に手を振り、中に入りたいと合図する。

その場で待て、と指示があった。


しばらくして門が開く。


中から、日に焼けた大きな身体の男性が出てきた。


「ここで待ってろ」


団長とユーシリアさんが前に出て、その男のもとへ向かう。

何やら短く言葉を交わしているようだった。


やがて団長が振り返り、手で私たちを呼ぶ。

馬を引き、皆で門のそばへ向かった。


「この村の代表だ」


団長が簡単に紹介する。

男は無言でこちらを見て、ひとつ頷いた。


物資を買わせてもらえること、今晩村のはずれに天幕を張れること、昼間に少し演奏させてもらうこと。


団長が話し合った結果を順番に話す。

男性は特に表情を変えず、また短く頷いた。


「夜は静かにしてくれ」

「わかった」


それだけだった。

拒絶の空気も、歓迎の表情もない。

ただ、淡々としたやり取りを終え、皆で柵を抜けて門を入る。


静かだった。


人は、たくさんいる。

畑仕事をしている人、荷を運んでいる人、足早に家へ戻る人。

気になるのか顔を上げてこちらを見る。

けれど、すぐにまた手元へ視線を戻す。

誰しもが自分たちのやるべきことを止めない。

鍬の音や荷車の軋む音が、途切れることなく続いている。


「活気があるってわけじゃないね」


リュミが小声で言う。


「忙しいんだよ」


フェリクスさんが返す。


「昼間は全員畑だからな」


天幕を張る場所を案内し、村の代表は去っていった。

馬たちを休ませ、必要な荷だけを下ろす。

土は乾ききっておらず、足を取られる。


「行ってくるわね」


物資の補充にユーシリアさんとエルドさんが村の端の小さな店へ向かった。


「見られてるけど話しかけられないって、何度やっても落ち着かないなぁ」


リュミがそわそわしたそぶりで、ため息をつきながら呟く。


「余所者は気になるものさ」


フェリクスさんが肩をすくめる。


「でもな、あの人たちにとっちゃ俺たちに構ってる時間がないんだよ」


「時間が、ない?」

「朝から晩まで働いて、やっと食ってく。そんな暮らしだ」


周りを見る。

畑に出ている人たちは、こちらに視線を向けることはあっても、すぐに手元へ戻している。


「……そっか」

「そういうこと」


フェリクスさんは軽く笑った。


「無視してるわけじゃない。気にはなってる。でも、それどころじゃない」


リュミが小さいため息をつく。


「…聞いては、くれてるのかな」

「どうだろうな」




しばらくして買い物から戻ってきた2人の手には、干し野菜と穀物の袋がある。


「干し肉は残っていなかった」


エルドさんが静かに言う。


「まあ、この時期は仕方ねぇな」


団長が肩をすくめた。


「戻ってきたことだし、舞台作りといくか」

「人、きますかね」


私は思わず聞いてしまう。

演奏しても果たして人が集まるのか。


「来ないだろうな」


団長はあっさり言って、少しだけ笑った。



比較的乾いている地面を探し、厚みのある布を敷く。

客席の位置にも大判な布を敷き人が座れるようにする。

簡単な舞台の完成だ。


セヴランさんとエルドさんが弦を弾いて音を響かせる。

音に反応して通りに出てきたのは、子どもが3人。

それから、老人が2人。

片手で収まる人数しかいない。


あとは——


「あ」


リュミが声を上げた。


舞台の真正面、1番いい場所に猫が1匹やってきた。

しっぽを巻いて、こちらをじっと見ている。


「猫ちゃんが1番いい席とはねぇ」


リュミが笑う。

アナスタシアさんも、フェリクスさんも、くすりと笑った。


団長が軽く合図を出す。


演奏が始まった。

音が、村の中に流れていく。


けれど、畑の方では手が止まらない。

荷を運ぶ人の足も止まらない。

ただ、ほんの一瞬だけ顔を上げて、また視線を戻すばかりだ。


観客用に敷いた敷物の上に座った老人の1人が途中から目を閉じた。

眠ったのか、聞いているのかはわからない。

けれどその顔は、どこか穏やかだった。


子どもたちはしばらく音に耳を傾けていたが、やがて飽きたのか駆け出していく。


猫は、最後まで動かなかった。


音が止まる。

拍手は、1人分しかなかった。


それでも団長はお辞儀をし、静かに次の曲に入る合図を出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ