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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
呼ぶ声

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「何書いてるの?」



ちょうど紋様を書き写し終わった時、リュミが隣に腰を下ろした。

手のひらにナッツが山盛りになっている。



「面白い魔道具の紋様を写してたの」

「ふーん」



興味があるんだかないんだか、ナッツを口に放り込みながら紙を覗き込む。



「ねぇねぇ、食べる?」



手を差し出してくれたので、遠慮なくもらう。

香ばしくて、少し塩気がありおいしい。


「ありがとう」



外を見ると、雨はいつのまにか止んでいる。

けれど霧が濃い。

見えないほどではないけれど、あまり視界は良くない。

空は夕方の色に変わり始めている。



「今日はこの辺りで野営するしかねぇな」


団長が外を見ながら言った。


「じゃ、場所みてくるわ」


そう言ってフェリクスさんとセヴランさんが外に出ていく。


「屋根があるのに野営するの?」


皆の会話を聞いて不思議に思い、リュミに聞いてみる。

リュミは、そうなんだよ、と頷いた。



「廃屋って夜は使わない方がいいんだよね」

「それはどうして?」

「柱とか屋根とか傷んでるから、夜中に軋んで倒れてきたら怖いじゃん」


なるほど。

確かに、扉を開けた時から軋んでいた。

夜中に突然崩壊、なんてことになったら…

眠っていたら逃げ遅れてしまう。


「あと廃屋って、野生動物とか魔獣が棲み着いてることがあるんだって。昼間は人がいるから出てこないけど、夜になると戻ってくることがある」

「戻ってくる……」


昨日のヴァルフを思い出して背筋が凍る。

この場所で夜囲まれたら……

相手にとっては慣れた場所、私たちにとっては初めての場所。

地の利は相手にある。



「それに火を起こすのも、建物の中よりも外の方が安心なんだって。燃え広がったら怖いし」



リュミがナッツをもう一粒口に放り込む。



「だから昼間だけ借りて、夜は外で野営が基本らしいよ」

「なるほど」



昼間は助かった場所でも、夜は違う顔を持つ。

旅をすると知らない世界が広がっていく。


リュミと話しながら紙を片付けていると、霧の中からフェリクスさんとセヴランさんが戻ってくるのが見えた。


「いい場所あったぞ」


フェリクスさんが手を振る。


「少し高くなってる場所だ。水も溜まらない」


セヴランさんがそう付け加えると、団長が頷く。


「よし、そこで野営だ」


皆が動き出す。


馬を引いて移動し、荷車を止める。

昨日と同じように馬の風除けや天幕を張っていく。

雨上がりの地面はぬかるんでいて杭が打ちづらい。

悪戦苦闘していると、ユーシリアさんが手伝ってくれた。


野営の準備が終わり、あたりを見渡す。

霧が少し晴れてきたようだ。

準備開始自体が早かったから、夕方とはいえまだ明るい。


「楽器、少し音出しておくか」


団長が言った。

廃屋での雨宿りの間、皆楽器は濡れていないことは確認していたが、音を出してはいなかった。


アナスタシアさんが笛を取り出した。

音を確かめるように、ひと吹きする。

澄んだ音が霧の草原に流れた。


セヴランさんも弦を一本ずつ確かめながら、静かに弾き始める。

エルドさんも続く。

ブラムさんとフェリクスさんも荷台に太鼓を置いたまま、軽くリズムを取る。


団長は焚き火のそばに腰を下ろして、目を閉じて聞いていた。



「私たちはご飯を作りましょうか」


ユーシリアさんが袖をまくる。


「リネ、リュミ、お手伝いお願い」

「はい」

「まかせて!」


鍋を出して、水をはって、野菜を刻む。


音楽が背中から聞こえてくる。

舞台の外で聞く音楽は、また少し違う。

力が抜けていて、柔らかい。

皆が楽しんで弾いているのがわかる。



「滑るから今日は踊れないのが悔しいなぁ」


みんな楽しそう、とリュミが唇を尖らせて呟く。


「雨上がりだから?」

「そう!足元が怖くてさ…転んだら恥ずかしいし」

「そうね」


ユーシリアさんが笑いながら野菜を刻む。

煙が夜空へ上がっていく。

音楽と、食べ物の匂いと、焚き火の明かり。

悪くない夜の始まりだった。



演奏が終わったあと皆で食事をとる。

そして、片付けを終えてからそれぞれ天幕に入った。

今日の最初の見張りはアナスタシアさんとエルドさん、次がフェリクスさんと団長だ。


明日の移動の流れを聞きつつ、寝支度を済ませる。

リュミとユーシリアさんと挨拶を交わし横になる。

疲れからかすぐに眠ってしまったようだ。



夜中、ふと目が覚めた。

体を起こすと、空気が少しひんやりしている。

アナスタシアさんも眠っている。

どうやら、見張り交代の時間は過ぎているらしい。


天幕を少し開き、外を覗き見る。

霧はもう消えていた。

雨の匂いがまだ草の上に残っている。


上を見ると、空いっぱいに星が広がっていた。


町で見ていた空とは、まるで違う。

黒い空の奥まで無数の光が続いている。

昨日は見張りで緊張し、空を眺めるゆとりなんてなかった。こんなにも綺麗だなんて。

しばらく見上げていると、遠くで小さく火が動いた。


見張りの場所だ。

団長とフェリクスさんが、焚き火のそばに座っているのが見える。


フェリクスさんが手振り大きく何か話していて、団長がそれを聞いているようだ。

声はここまで届かない。

それでも、誰かが起きていると思うと少し安心する。


もう一度空を見る。

星は、さっきと同じ場所で静かに光っている。


旅の空は、こんなにも広いんだ。

そう思いながら、私は天幕を閉めて毛布に潜り直した。

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