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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
呼ぶ声

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朝食も終わり、皆で野営地の片付けに取り掛かる。

大きな天幕の布を畳むのにも少しずつ慣れてきた。


忘れ物がないか確認してから団長が影路を呼び出す。

今までどこにいたのか、本当に不思議だ。


影路が足元に広がり、景色が流れていく。


空は重く低く、雲が厚い。

湿った風が頬をなでる。


丘を3つほど越えたところで団長が皆を振り返った。


「昼飯は後回しだ。先に進む」


そして空を見上げる。


「少しでも進まねぇと」


「それがいい」


エルドさんも空を見上げながら短く言う。


しばらくして、最初の1粒が来た。


ぽつ、と。

手の甲に当たる。


「来た」


誰かが言った。


最初は、ぱらつく程度だった。

影路はまだ動いている。


雨粒が少しずつ増えていく。

やがて、雨足が強くなった。


「影路、1度降りるから止めてくれ」


団長の声で足元の影が返事をするように1度小さく揺れてから薄れ、土に戻る。


雨が本格的に降り始めた。

荷車の幌を叩く音が大きくなる。


「ね、あれ」


リュミが前方を指した。


草原の端に、小屋が固まって見える。

5つほどあるだろうか。

皆でそこを目指して足早に進む。


近づいて改めてよく見ると、屋根の一部は崩れ、壁板も色が抜けている。

人の気配はなさそうだ。


「頼めるか」


団長がブラムさんに確認する。


「あぁ。見てくる」


ブラムさんが駆け足で向かい、少ししてから戻ってきた。


「先客はなし。朽ちかけているが、雨は凌げそうだ」


「よし、行くぞ」


小屋の集まりはかつて何かの用途があったことが見てとれた。

建物と建物の間に、荷車が通れるくらいの道がある。

馬を繋ぐための杭も残っている。


「旅の中継地点ね」


ユーシリアさんが呟いた。


一番大きな小屋の扉を押すと、軋んだ音を立てて開いた。

埃っぽい空気が舞い上がる。

中を確認すると、雨は入っていない。

屋根はまだ生きているようだ。


入ってみると思ったより広かった。

長い木のテーブルが1つ。

壁際に棚が並んでいて、いくつか物が残っている。


「馬車ごと入れる小屋があるぞ」


セヴランさんが奥を確認しながら言う。


皆がそれぞれ荷物を運び込み、濡れた上着を脱いだり、馬の世話をしたりと動き始める。


荷物も拭き終え、一息つく。

外を見ると、雨はさらに強くなり、霧も出始めているようだった。


「ここに入れて助かったわね」


アナスタシアさんがため息と共に呟く。


「こりゃしばらく止まねぇな…」


団長が外を見ながらそれぞれ休んでおけ、と声をかける。

何か食べようと荷物を出したり、横になったりと思い思いに皆休憩をとり始めた。



私は棚の方へ近づき、残されたものを見てみることにした。

廃屋と呼ばれる場所なんて、初めて入った。

少しわくわくしてしまう。


埃をかぶった木箱。

割れた器。

丸められた布。

その奥に、紙束が重ねて置いてあった。


「なんだろ……」


手に取ってみると、思ったよりも状態がいい。

書かれている文字はかすれているが、読めなくはない。


「懐かしいわ」


隣にユーシリアさんが来た。


「これ、昔よく見たわ。旅の道具の作り方を書いた紙よ」


「旅の道具?」


「ええ。昔は旅人向けに、こういう場所で売っていたのよ」


ユーシリアさんが紙を1枚取り上げて、丁寧にめくっていく。


天気を示す魔法石の作り方。

方角を示す魔法石の作り方。


「これは?」


私が指差した紙には、見慣れない紋様が描かれていた。

紙を2枚に分けて切り取る、と書いてある。


「これ?これは落とし物を知らせる魔道具よ」


ユーシリアさんが静かに説明する。


「紙に魔法陣を書いて、2つに切る。片方を荷物に入れて、もう片方を持っておく。荷物を落としてしまった時に手元の紙に魔力を流せば、対になった紙の方へ飛んでいくの」


「飛んでいくんですか」

「そう。だから落とした場所がわかるってわけ」


便利なんだけど追いかけるのがなかなか骨なのよね、とユーシリアさんは笑った。

経験があるような口ぶりだ。


私はその紙をじっと見つめる。


対になった紙同士が、引き合う。

片方が片方を追いかける。

風の魔力にのせれば、きっとずっと遠くまで届くのだろう。少し工夫すれば——



「……これ、写してもいいですか」

「ええ、いいわよ。雨が止むまで時間はありそうだし」



私は荷物から紙と炭筆を取り出して、紋様を丁寧に書き写し始める。

古い紙で、ところどころに染みや破れがあるけれど、紋様自体は途切れずに残っていてくれてよかった。


雨の音が屋根を叩いている。


これをどう使えるだろう。

刺繍に縫い込めば、布に宿らせられるかもしれない。

縫い目で紋様を描けば——


「リネ、熱心ね」


ユーシリアさんが微笑む。


「何かに使えそうで気になって」

「いいことよ」


書き写しながら、頭の中でゆっくりと考える。

雨はまだ続いていた。

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