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しばらくしてセヴランさんが遠くを見ながら座った。
「ひとまず攻撃はおわったようだな」
それを聞いても恐怖はなかなか消えない。
まだ腰を下ろして落ち着く気持ちになれず、立ち尽くす。
ふと、馬たちのことを思う。
ヴァルフの体当たりの音、怖がってないだろうか。
「少し、コレットと、ロッテをみてきてもいいですか?」
セヴランさんに確認する。
「そうだな、様子みてやってくれ」
見張りを離れる許可をもらえたので、馬たちの方へ向かう。
風除けの天幕をあげて中に入ると、コレットもロッテも耳が立っている。
やはり少し落ち着かない様子だ。
あの音に怯えたのか、獣の気配を感じていたのか。
まずはコレットに近づく。
鼻先をぐいっと押しつけてくる力がいつもより強い。
「大丈夫だよ」
小声で話しかけながら、背中をゆっくりとブラッシングをする。手を動かすうちに、コレットの耳が少しずつ下がってきた。
良かった、落ち着いてくれたみたい。
ロッテの様子も確認する。
不満そうな目はいつも通りだが、拒絶することなくブラッシングをさせてくれる。
ロッテも怖かったよね。
ブラッシングを終えて2頭が落ち着いたのを確認してから、セヴランさんの元へ戻る。
まだ交代まで時間がある。
先ほど危機を1つ乗り越えたがまだまだ油断はできない。
風の音が強まるたびにびくびくしては、セヴランさんに鼻で笑われつつ残りの時間を過ごした。
「交代よ」
ユーシリアさんが身支度を整え、火のそばにやってきた。
寝起きとは思えないほどいつも通りだ。
少ししてブラムさんもやってくる。
こちらはあくびをしながら、よたよた歩いてくる。
とても眠そうだ。
「ヴァルフの群れが来た。囲まれたが防壁は問題なし」
セヴランさんが2人に報告をすると、ユーシリアさんが静かに頷く。
「わかったわ。あとは任せて」
「お疲れ」
ブラムさんが短く言った。
挨拶をかわし、それぞれの天幕に入る。
リュミとアナスタシアさんの寝息が聞こえる。
横になった瞬間、手足が震えていることに気づいた。
怖かった。ちゃんと、生きてる。
音を立てないように布を握りしめる。
興奮、恐怖、安堵。
ひとまず明日のために寝なくちゃ、そう思うのに震えはなかなか止まらなかった。
天幕の隙間から入る冷たい風に起こされた。
いつの間にか眠っていたらしい。
身支度を整えて外に出ると、空気が湿っている。
雲が低い。今日は雨が降るかもしれない。
火のそばに行くとユーシリアさんとブラムさんが2人で朝ごはんの支度をしていた。
挨拶を交わしてから、馬たちの様子を見に行く。
2頭とも、今朝はいつも通り落ち着いていた。
水の桶を満たし、餌の補充をしてから外に出る。
ふと、気になって防壁のそばを見に行ってみる。
草がところどころ踏み倒されている。
土も、深く掘り返されていた。
野営地をぐるりと囲むように、無数の痕跡が残っている。
思わず息を呑む。
「……こんなに」
明るくなってから見る、ヴァルフの痕跡に恐怖がまた込み上がってくる。
背後から声がした。
「群れで動くからな」
振り返ると、セヴランさんが腕を組んで立っていた。
その手には緑色の魔法石のついた杖を持っている。
昨晩私たちを守ってくれた防壁を張るのに使った魔道具。
「解除する」
そう言ってから呪文を唱え、杖で地面を軽く叩く。
光の輪がまた広がり、そしてその光が緑の魔法石の中へ吸い込まれて消えた。
「ついてこい」
セヴランさんにそう言われて、後ろをついていく。
防壁を解除して私たちが向かったのは、野営地から少し離れた背の高い草の多い場所だった。
「ここだ」
そう言いながら草をかき分ける。
私も覗き込むように見てみると、明らかに動物に踏み荒らされた跡がある。
「これって……」
「奴らのうち、1頭は昨晩あの後もずっとここで俺たちを見ていた」
息を呑む。そして思い出した。
ひとまず攻撃はおわったようだな、とセヴランさんは言っていた。
「あまりにも怖がっていたから伝えなかったが、まぁそういうことだ。野生動物も生きるのに必死だ。旅ってのはそういう場所を通る。今後も気は抜くな」
セヴランさんと話しながら焚き火のそばに戻ると、皆がすでに集まっていた。
「ヴァルフが来たんだって?」
フェリクスさんが湯気の立つカップを両手で包みながら言う。
「囲まれた」
セヴランさんが短く答える。
「防壁は?」
「問題なかった」
「そっか。まあヴァルフくらいなら大丈夫だよな」
フェリクスさんがそう言いながら空を見上げる。
「それより雨降りそうだな」
「降るな」
団長が頷く。
「影路で移動中に降られると嫌だねぇ」
リュミが眉を寄せている。
降らないでほしいなぁ、と空を仰ぎ見た。
しばらくして、フェリクスさんが鍋の中を覗き込む。
「エルド、この野菜」
「なんだ」
「でかくない?」
エルドさんが無言で鍋をかき混ぜる。
「いや、でかいって。ひとくちで食えないやつばっかり入ってる」
「食えるだろう」
「食えるけど!」
私は温かいスープを口に運びながら話を聞いていた。
こうして皆が普通に話しているだけで、少し安心する。
今日も1日移動だ。




