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焚き火の火が安定してから調理を始める。
今日も料理の指揮はリュミだ。
私はリュミのそばで香辛料を削ったり、野菜の下処理をしたり、と手伝いをしている。
いい香りがしてきた。
食欲がなくなっていたはずなのに、香りをかいだら急にお腹が空いてきた。
「でーきた!」
リュミが鍋の蓋をあけると、ふわりと湯気が立った。
いい匂いがあたりに広がる。
「今日は野菜多めのスープにしてみた。草原って風を遮るものがなくて体冷えるからね」
木の器に味見をよそい、渡してくれながら言う。
一口食べると体がほっと緩んだ。
「おいしい……」
思わず声が出る。
「でしょ?」
リュミが得意そうに胸を張った。
「香辛料もたくさん入れたから!芯からあったまる自信作」
いい香りに誘われて皆、作業を止めて集まってくる。
焚き火を囲み、それぞれ器を持って座る。
月明かりが強い草原の夜だ。
火の明かりがやけに小さく見えた。
食べ始めて少しして、フェリクスさんがあたりを見て言った。
「今日は防壁張っといた方がいいよな」
「防壁?」
私が聞くと、フェリクスさんが肩をすくめる。
「エルドも言ってたろ?こういう開けた場所の方が、良くないものが寄って来やすいんだよ」
その言葉に頷き、団長が続けた。
「こちらの天幕は丸見えだ。対して相手は姿を隠して近づける」
ユーシリアさんが荷物の中から綺麗な緑色の魔法石がついた杖を持ってくる。
そして、何か呪文を唱えた後にその杖の先で地面を軽く叩く。
淡い光が円を描いていく。
その円は荷車や馬たち、天幕全てを包み込むように静かに広がっていった。
「これで外からは近づきにくくなるわ」
「結界、というものですか?」
「いえこれは簡易防壁よ。通ろうとするものを全て弾いてくれるの」
ユーシリアさんが説明してくれる。
「便利だろ?」
フェリクスさんがにやっと笑い、旅道具って色々あるんだぞ、と楽しそうに言う。
食事が進み、皆の会話も途切れて焚き火の音だけがぱちぱちと鳴る。
ふと思い立って私は荷物の中を探した。
「どうしたの?」
リュミが聞く。
「お茶、持ってきてたんです」
故郷の町を出るときにがバーバラさんが包んでくれたものだ。
小さな鍋に湯を足して、葉を入れる。
少ししてやわらかく懐かしい香りが立った。
「いい匂い」
リュミが覗き込む。
皆に少しずつ分けて渡すと、アナスタシアさんが一口飲んで言った。
「これいいわね」
「落ち着く味だ」
ブラムさんも頷く。
故郷の味を褒められて少し嬉しい。
焚き火の火がだいぶ小さくなったころ、団長が手を叩いた。
「よし」
皆が顔を上げる。
「見張りは順番にまわす」
軽く周りを見てから続けた。
「今回は2日野営があるからな、今日明日で割り振る。今日は前半がリネとセヴラン、後半がユーシリアとブラム」
フェリクスさんが横から言う。
「明日は前半アナスタシアとエルド、後半が俺と団長だ」
「うそーフェリクスと団長とか大丈夫?」
「絶対うるさいぞ」
リュミとブラムが顔を顰めて口々に言った。
そんな2人にむけて団長が小石を投げた。
「うるせえ」
皆がそれを見て笑った。
食事を終えて最初の見張りの私とセヴランさん以外の皆は天幕の中へと入って行った。
見張りは静かだった。
草原の風が、優しく草木を揺らす。
焚き火の明かりが風に揺れる。
私はセヴランさんと向かい合わせに座っている。
しばらく、何も言葉はなかった。
静かすぎて耳鳴りがする。
何か話しかけたほうがいいのか、それとも見張り中は会話はしない方がいいのだろうか。
話すにしても、何を話せばいいのだろう。
セヴランさんとはあまり話したことがない。
それもあって、余計に言葉が見つからなかった。
遠くで草が擦れる音だけがかすかに聞こえる。
「音楽は、普段聞いていたか」
ふいにセヴランさんに聞かれた。
話題をくれたことに、少しほっとする。
「……あまり、聞いたことはなかったです」
祭りの時の音楽くらいしか知らない、と正直に答える。
旅の楽団が来ていたときもあった。
でも、仕事や魔法の練習で手が離せなかった。
聞きに行く余裕がなかったのだ。
セヴランさんは特に驚いた様子もなく、続けた。
「舞台で聞いた中で、気に入ったものは?」
少し考える。
そして思いつくままに曲名をいくつか答えてみる。
セヴランさんは黙って聞いていた。
やがて、ぽつりと言う。
「共通点がある」
「……何ですか?」
「全部、笛のソロが入っている」
言われて、気づく。
確かにそうだったかもしれない。
「お前の好みは、旋律が感情に寄り添う曲だ」
淡々とした声が続く。
「華やかさや技巧より、音が心の動きをなぞるものを好む。聴く者の内側に語りかける構造の曲が好きなんだな」
草原の風が、また低く鳴った。
「……そうなんですかね」
「そうだ」
迷いなく断言された。
「自分では気づいてなかったか」
「はい」
セヴランさんが、少しだけ鼻を鳴らす。
「まあ、好みというのは大抵そういうものだ」
それきり、また沈黙が戻ってきた。
夜は静かで草原の風だけがゆっくりと流れている。
さっきまでとは違う、悪くない沈黙だった。
少しするとセヴランさんが1度立ち上がり、防壁魔法の外へ目を向けた。
何かを確かめるように草原を見渡してから、また静かに座る。
「恐らく野生動物がこちらにくる」
「えっ」
私も慌てて立ち上がりセヴランさんが見ていた方角を見てみるが、特に動くものは見えない。
「今はまだ姿は見えないし、足音も聞こえないぞ、俺にしか」
セヴランさんは少し自慢げに言った。
「俺の特技なのさ」




