表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮初を生きるもの  作者: 木南一果
その手を

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

100/101

20

最後の音が弦から放たれて消えて演奏が終わる。

ふっと少しだけ空気が緩み、体の力が抜ける。


団長がユーシリアさんに向き直る。


「2小節目、少し遅らせる」

「あそこ?それなら入りを少し落とすわ」


短い言葉だけでわかりあい、どんどん調整していく。

そんな2人を見ながら、私は踊り終えて柔軟をしながら汗を拭いているリュミのそばへ、水を持って近づいた。


「ねぇ、リュミ」


小声でリュミに問いかける。


「今の……なに?」

「え?」


きょとんとしたあと、すぐににやっと笑う。


「あー、そっか、リネ知らなかったね」


少しだけ声を潜める。


「ユーシリアさんって昔すっごく有名だったんだよ」

「……え?」

「歌い手として。王都で名前知らない人はいないくらい」


その言葉に、さっきの声が蘇る。

あの歌声。納得するしかなかった。


リュミはタオルで汗を拭きながら、水の入った瓶を受け取る。そして一気に飲み干し、息をついてから続けた。


「今はあんまり歌わないけどね」

「そうだよね、私初めて聞いたよ」

「びっくりしたでしょ、ここぞって時だけ歌うの」


肩を回しながら軽く足を踏み鳴らす。

本番に向けて体を冷やさないようにしているのだろう。


「歌うのすごく楽しそうだったのに、なんで普段は歌わないのかな」

「さぁ。なんか理由聞くのも野暮かなぁって思ってずるずるきちゃって、今更聞きづらいんだよね」


少しだけ肩をすくめる。


「そうだ!リネ今度聞いてみてよ」

「えぇー?まぁ、聞けたらね」


私も同じだ。

気になるけれど、簡単に踏み込んでいい気がしない。


そんなことを話しながら、ふと視線を上げる。


団長とユーシリアさんは、まだ静かに言葉を交わしていた。さっきまでの熱をそのまま保ったような、張りつめた空気の中で。



その時。

コン、と扉が叩かれた。


「6番の皆さん、お時間です」


外からの声。

一瞬で、空気が切り替わる。


今、6番と呼ばれた。

つまり私たちは6番目。すでに5組が終えている。


ここから先は、本番。


これから演奏し、踊り、歌うのは——皆だ。


私は袖から、それを応援し支えることしかできない。

だからこそ。一瞬も目を離さないで挑もう。



返事をして扉を開けると、案内の係だろう。

男性が2人立っている。


「こちらへ」


先導する一方で、もう1人が荷物や楽器に目をやる。


「お荷物や大型楽器はお任せください」


静かにそう言って、手を伸ばす。

ふっと魔力が広がる気配。

次の瞬間、ブラムさんの大きな打楽器やフェリクスさんの複数の小型打楽器、私たちの荷物、全てが音もなく浮き上がった。


揺れない。傾かない。

繊細な張り具合も、調律も、そのままに。


「……すごい」


思わず声が出る。

隣でフェリクスさんも呆気にとられたように小さく頷いた。


「……ここまでとはな」


廊下を歩く。

足音が、石の床に響く。


ホール前についた。

とうとうその大きな扉が開く。

引き開けられた扉の内側から闇が溢れた。

明るい廊下との落差に、思わず目を細める。

瞬きを繰り返し、目を慣らしながら中へ進む。


舞台だけが、灯りに照らされている。

客席は暗い。



ホールは想像よりずっと広かった。

天井も高い。空間が、深い。

音の反響が廊下とはまるで違う。自分の呼吸さえ大きく聞こえる気がした。


左手の通路を進み、舞台横の扉へと向かう。

そこから階段を上がる。


一歩。


舞台に足を踏み入れた瞬間、床の感触が変わる。

磨かれた木の床。反響のある空間。

客席は広く、静まり返っていた。


楽器や荷物を運び入れると、案内係の2人は礼をとり去っていった。

皆は慣れた様子で受け取った楽器を確認し、それぞれの立ち位置を調整していく。


会話はほとんどない。

でも迷いもない。


私は袖に下がって、その様子を見守る。


こんな舞台に立つのは——というより、こんな場所に来るのも、初めてだ。


胸の奥がざわつく。額に汗が滲む。

皆はあんなに冷静だというのに、私の心臓だけがやけにうるさい。

落ち着いて。私は応援するだけ。自分で自分に言い聞かせる。


見ていればいい。

ただ、一瞬も目を離さないで。


そう言い聞かせながら、ふと客席を見渡す。


中央に、2人。

後方に、1人。


あの人たちが審査員だろうか。

その表情は遠くて読めない。

ただ、こちらをまっすぐに見ているのはわかる。


楽器の位置、踊りの範囲。

全ての確認が終わり、舞台に静寂が落ちる。


その時。

空気が、震えた。


言葉が魔力に乗って届いてくる。

そばに誰もいないのに、すぐ近くで聞こえる声。

客席全体に、均等に、やわらかく。


——演奏を始めてくれ


その言葉を合図に団長が深くお辞儀をする。

そして片手をあげて皆を見渡し、頷く。


アナスタシアさんの笛が、静寂を割った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ