配信51枠目 知らない内に地雷を踏んでみた。
「あっ、コレ」
唐突にして、凛さんから大学説明会のパンフレットくらいの厚みがある資料を差し出された。渡された理由はよく分かっている。では、何処からツッコミを入れようかね。
「ん。ありがとう。で?何で此処に?」
一応言っておくと言うか、普通に考えなくても分かると思うけど、此処。俺の部屋なんですよ。誰にも邪魔出来ないプライベートスペースってコト。さて、それを分かって貰った上で聞くけど。何で此処に?
「私も居るよ〜」
「何でだよ」
増えるな増えるな。それに、貴女はマズい。未成年を自宅に連れ込んだ云々で、警察にお世話されなきゃいけなくなる。それは俺の望むスローライフでは無いんですよ。てか、スローどころかハードだからソレ。
「本名は…言わなくても分かるよね。性別、生年月日も同じく。身長は192cm。体重は89〜96の間と推定。シラユキグループの文字通りトップ。年齢不相応の美貌で名が上がったりするけど、メディア出演は少なめ」
「あ〜、続けちゃうのね。話。てか、トップて…」
「シラユキって言ったら昔からある国内有数の大企業だし、そうだと判明してからは楽だったよ。ただ、話に聞いてた髪色と全く違ってたって点で、少し時間を取られたけどね」
まぁ、話の流れ的に何となく分かったと思うが、凛さんには義父について調べて貰っていた。そして、その結果を今教えてくれている訳だが…さて。どこからツッコミを入れるべきか。
「時間取られたにしては早いね。昨日頼んだばかりだよね?」
「いやいや、これは遅い方だよ。本来ならもっと早か終わらせられた」
ナチュラルハイスペやめれ。幾ら、相手の名が売れてるとは言え、明らかに一般人が探したにしては常軌を逸脱してる早さですよ。警察もびっくりだろ。
「まぁ、それは良いとして、シラユキねぇ…。有数と言うには、あまり聞く事がないけど…」
「いやいや、知名度と企業の規模は比例するとは限らないんだよね。特にネットが流行ってからは」
「それは…何故?」
「一般人が企業を知る方法として、人伝なんかが上げられるけど、やっぱり1番は広告だからね。広告の有無とその″出来栄え″は知名度に大きく影響する。シラユキは企業の規模にしてはコマーシャルの量が少ないから、知らなくてもそれは仕方ないよ」
「まぁ、言われてみれば?」
確かに、知名度と業績が比例してない事は有る。有名なのと、業績は全くの別物か。広告を打てば、その分だけ人の目に触れる機会が増えるし、ネットミームにもなれば、記憶に残り続けるもんな。
「…本来なら、もっと情報を集められるんだけど…。規制でもされてるのか、殆ど手に入らなかった。まぁ、今の時代。コレくらいしか判明しない方が喜ばしいんだけどね」
「いや、十分だよ。ありがとう」
とは言え…だな。集めてくれた情報に目を通してみたが、義父の記憶を取り戻すのに役立ちそうな情報は無さそうだ。にしても、大手企業のトップって…そんな話聞いてなかったんですけど?
義父の思い出巡りとは言っても、俺が義父と出会ったのはここ十数年の話だ。その上、俺は幼少期の殆どの記憶を失ってるのだからいよいよ情報が無い。凛さんが調べても出て来ないなら、俺の力だけでは不可能。
つまり、義父の知人。出来るなら、学生時代くらいから知っている人の助けを借りなければならない。因みに、学生時代と目星を付けたのは、義父の口調と、会話の内容からだ。
母がどこまで知ってるのかも不明だし、義父の知人に心当たりなんて無い……いや、無いは流石に嘘だった。知人を自称する人が居るには居たか。だとしても、義父を良く知る人は2人しかいない訳だ。
…まぁ、一先ずは母の力を借りるとしよう。どこまで知ってるのかも分からない博打だが、仕方がない。
「…で。君達は何で此処に?」
「…リビングに来ないから渡せなくて?」
「あっ、コレ。俺が悪かったんだ」
「そうですよ!そうでもなきゃ、わざわざ部活で疲れた身体で来ませんよ!」
「疲れたなら帰れば良かったんじゃ…」
「…?だから、その疲れを癒しに来たんですけど?」
「えぇ…」
まぁ、良いや。これ以上はツッコミを入れるだけ無駄だろう。俺はこんな炎上の理由にしかなり得ない自室から、そそくさと退散させて頂きますよ。全く…2人して一体なんだと言うのか。わざわざ部屋にまで入って来なくてもいいジャマイカ。
こんな時は弟を摂取しないとな。今頃、リビングで1人を謳歌満喫しているだろう。もしかしたら、ソファで居眠りを晒しているかもしれない。それは是非とも拝見させて頂かねば。
「はぁ…コレだから…全く。イケメン君はスケベだな」
「やめて欲しいな。人聞きの悪い」
「ちょっと待って。その話、kwsk」
何とも聞き逃せない話が聞こえてきたな。この際、弟の会話相手が見覚えのない、不良系イケメソ男子高校生なのは不問にする訳ねぇだろ。増えてんじゃねぇよ。まぁ、それはさておき、弟の何がどう言う風にド変態ドスケベだったのかな?
「…え、誰?」
「それよりも,その話をkwsk」
それ俺のセリフな。君こそ誰だよ。此処、俺の家だからな?君の容姿がイケメンじゃ無かったら追い出してたかも知れない。イケメンに産んでくれた両親に感謝してどうぞ。俺は君の両親に感謝してる。ありがとう。貴方達のお陰でこの世にイケメンが1人増えました。
「不味い奴と関わり持っちまったか?俺」
「突然のdis is 何故?心折れそう。泣いていい?」
「…コレがお前の兄ってマジ?マジなら、お前も相当苦労してんのな……」
おいコルァ!こんっのキッズがッ!!!人様の弟になにしてくれとんじゃワレェ!憐れむ様に肩ポンポンしやがってっ!なんで…!肩ポンポンなんてっ!俺にもさせてくれないんだぞっ!!!お兄ちゃんなのに!お兄ちゃんなのにぃぃぃーーー!!!
「最っ悪。頭痛がしてきた」
分かる。俺も頭がingでペインな頭痛してる。
———
——
—
「つまり、その愛好会?の会長さんに依頼され、ヤンキー君を連れ戻しに来たけど、その実、依頼人の方が悪で。ヤンキー君と言うサンドバッグが欲しいだけだったと」
「うん。殆どはそんな感じ」
「別に虐められてねぇよ」
「成程ねぇ…」
ヤンキー君ってば、見た目に依らずいい漢なんだな。見た目は、NがTしてRなビデオレター贈ってそうな見た目してるのに。いや、それにしてはイケメン過ぎるか。まぁ、案外、人は見た目によらないよねと言う話。
「ホントに虐められてねぇからな?マジで。ホントだかんな?」
「ホントかなぁ?」
「ホントホント。マジのマジ」
「因みに、依頼人は美丈夫だったよ」
「なんだ。ヤンキー君の言う通りだったのか」
美形のやる事は善行間違い無し。コレはまじ。しかも、他人への評価に全くの無関心な弟が褒めるって事は、重要文化財レベルの顔面なのは確定。もしかしたら、国宝レベルかもしれん。まっ、弟未満だろうけどね!
「とりま、ルッキズムやめてくんね?」
「弟を信用してるだけだが?失礼しちゃうわ」
「ソレ。否定になってないぞ」
バレたか。でも、嘘は良くないだろ?だから、しゃーない。美形がする事は何であれ全て正しいんだよ。無論、個人的見解と独断。そして、偏見を大いに練り込んだ思想なんで信じない方がいいです。はい。
「で。ヤンキー君は何でここに?」
「ヤンキー君やめてくんね?名前あんだけど?」
「確か…まっさんだっけ?ね?まっさん」
「あの…すみませんでした。やめて欲しいです」
うわ…かなり切実に訴えてて草。何かしらありそう。多分、親がそうやって呼ばれてるとかそんなの。何か、思春期だと辛いんだよね〜。あー言うの。分かる分かるよ。お兄さんにもそんな時期あった〜(大嘘)
「で?まっさんは何でここへ?」
「何でも何も…連れて来られたからですよね…!はい…!」
分かり易いくらいにめちゃくちゃ効いてる。どんだけ嫌なんだよまっさん呼び。この世界中のまっさんに謝れ。まっさんってあだ名、別に悪く無いだろ?それとも何か?まっさんが本名とでも?それはそれで……なんか……その……うん。ごめんね?
「そもそも、何で皆が来てるの?俺許可してない」
「許可制だったんだ」
「そう言えば、確かに決めてなかったね、その辺り。クエスチョン。コレは俺の落ち度ですか?」
回答。貴方の落ち度です。わぁ…なんて事だ。俺は間違っていたらしい。次からは間違えない様にしなければ。全ての事象に対応出来る様、常に頭を回し続けるのだ。
「とりあえず、次からはちゃんと聞くね」
「寝てなかったら返事する」
「無返信は許可と見なすよ。部室が差し押さえられたんだ。この家で集まらないと部活が継続出来ない」
「何でだよ」
部室の差し押さえって何?そんな事起きるんだ。え?弟…と言うか、この場合は部長さんか。部長さん何かやらかしたのか?いや、見るからにやらかしまくってるだろうけども。
「だって、仕方なかったのよ!」
「うっ……」
頭に何か強烈な攻撃を受けたし、頭部に明らかな″重み″を感じる。分かる。俺は今、頭にのしかかられている。攻撃タイミングが悪ければ舌を噛んでいたかもしれない。一体、誰なんだ。こんな事する人は!まぁ、声からして部長さん以外あり得ないWWW
「さてと。重いって言ったら怒りますか?」
「ふふっ…どうせなら賭けてみたらどうですか?」
「…命を?」
こりゃ、言わないに限るな。明らかに声色が変わった。やらかしたぜ。とりあえず、俺が死んだらパソコンのSSDと、物置の黒い思い出の品々と、実家の自室に有る俺の私物を全てを、マリアナ海溝の奥底に綺麗な状態で沈めて置いて下さい。俺が転生したら拾いに行くので。
「で?何が仕方なかったんです?後、訴えられたら負けるんで離れて欲しいんですけど」
「私にタメ口を使うなら考えます」
「フッ…仕方ねぇ奴…」
「お兄ちゃんって呼ぶから、目の前で気持ち悪い事はしないで欲しいな」
「はい。心の底から反省しています。すみませんでした」
とりあえず、今のやり取りは得しかなかったな。命の危機に瀕した以外は。てか、全く話が進まねぇよ。いつになったら部室差し押さえの理由を知れるんだよ俺は。
「うーん。一言で言うなら。他の部活の人に盗られちゃったって感じかな。ホラ、この部活って、別に部室は必須じゃないでしょ?」
「成程」
話の展開に比べて知るまでは早かったな。流石は凛さんだ。最初に答えを教えてくれる人は話が早くて大好き。それで、貴方達2人は今の今まで俺の部屋で何してたんですか?直ぐに後を追ってくるものだと思ってたんですけど?
「となると、まーくんは扶助部に?」
「そうだね。新入部員」
「いや、まーくんやめてくんね?」
貴方ね。何回話を掘り返すんですの?貴方の所為で全く話が進まないじゃない。それに、弟の何処がドスケベだったのかも分からずしまいだし、ホントやれやれですわぁ。
「じゃあ、マークね。はい決定。変更回数の上限に達したので、これ以上の変更は出来ません」
「選べなかったのに!?」
「あのね。マーク少年。名前に囚われてちゃあ、この先辛いよ?俺は諦めました。いつまで旧姓のあだ名使われるんだろうか」
あっくんに届け!この想い!ソラちゃん呼びはソラさんと被っててどっち呼んだのか一瞬分かんないから。見た目同じで呼び方も同じは、普通にこんがらがるどころの騒ぎじゃないから改善よろ。
「とりあえず、部長さんは降りよう。俺の首が死ぬかも知れない」
「腕を回しておきましょうか?」
「そう言う気遣いは発揮しなくていいんだよ」
寧ろ、首に腕を回した方がアウトだろうが。腕を回したらそれはもう、絞殺がバックハグの二択なんだよ。どちらにせよ死ぬんだよ。分かるかな?いや、分かれ。分かってくれ。
「分かりました。考えますね」
「本当に考えるだけ?マジで言ってる?燃えても良いの?俺が」
「いやですね〜。いつもの事じゃ無いですか」
語尾に(笑)がついてそうで憤慨。何で俺のフォロワー達は俺が燃える事を当たり前だと、揃いも揃って考えるんだ。俺の事嫌いか?俺になんか恨みでも有るんですか?
「…すまん。ちょっと頭冷やしてくる」
マークさん…一体どうしたんだ。有無を言わさずに帰って行ってしまった。ずっと暗い顔で黙ってるなとは思ったが、何があったと言うのか。お陰様で変な空気が漂い始めたんだが。
「…俺。なんか変な事言った?」
「ある意味では地雷を踏んだかも…」
「…マ?………え、あの本気で言ってますか?」
凛さんから出る「地雷踏んでたよ」発言は、本当に不味いやらかしをしている気がする…かなりデカい地雷踏んだみたいだな俺…安易に喋る様な事はするものじゃないって事か…?
「…あぁ。別に大丈夫ですよ。アレはただただ認めたくないだけなので」
……笑顔コワー……部長さんって結構表と裏が激しい。今の顔、悪役が思い通りに事が進んでニヤけてる顔そのものだもん…この人怖いよぉ……誰か助けてくれよぉ………じゃなくてだな。
「…え?何かあったの?」
「まぁ…色々とね。それじゃ、行ってくるよ」
弟もログアウト。そして、リビングには俺と部長さんと凛さんだけ。コレじゃ、部屋変えて振り出しに戻っただけじゃねぇか。てか、そもそも何で男性の凛さんまでもが炎上理由になれるんだよ。理不尽が過ぎるだろ。
「ん。誰かのスマホ鳴ったよ」
「え?ホント?」
「多分、先生」
「俺?」
うわ。マジじゃん。脳筋プロテインからメッセが来てる。消音モードなのによく気付いたな?て言うか、何で気付いた?何を感じ取ったんだよ…そして、脳筋プロテインは何用だよ。それどころじゃないんだよ…
…いや、そう言えば、お返事保留にしてたな。もしかしなくてもその件か。んー。何だかなぁ…俺としてはどうしたいんだろうか。自分の気持ちがよく分からないままだと、お返事出来ないんだよなぁ…あっ、そうだ(唐突)
「……なーさん。もう一つ頼めるかな?」
「…?」
———
——
—
日付が変わり、ソファでとろけながら溜息を1つ。とりあえず、実家に帰って来て、義父に関するモノを色々と見せてみたが、義父の記憶は一向に戻りそうにない。ハッキリ言って、手応えすらもない。
「僕の為に申し訳ないね」
「良いよ。そんな簡単に戻ったら苦労しないし」
それにしても、弟の言う通りだったな。実家に帰るなら鍵を持って行った方が良いと言われ、何でかと疑問に思って居たのだが、まさか、国外に行っているとは思わなんだ。予想してた弟が流石過ぎる。
「…君は僕の息子なんだよね?」
「ん。まぁ、義理のだけど」
「…じゃあ、弟君とは半分血が繋がってるって言ってたよね?なら、母親は誰なんだい?」
「んー。ちょっと待ってね」
写真…写真…いや、スマホの中にある訳ないか。母は、写真撮られるのを嫌がると思えば、自分が写ってる写真は片っ端から捨ててるらしいしな。どうしたもんか。言葉で伝えるのは流石に難しいし…
「…あ。そう言えば……」
確か、自室に1枚だけかなり昔の写真を置いてた筈。あの写真なら要望に応えられるだろ。義父と母。そして、弟の4人が写ってる家族写真の様なモノだし。…まぁ、俺と弟が2人で居眠りしてるのを、隠し撮りされた様な形の写真だが。
「ん。あったあった。…コレ。このソファの後ろから覗き込んでる人」
俺も弟も小さいな。俺が小学校中学年で、弟が4歳くらいか?後で見せられた物だから、いつ撮ったのかよく分からん。あっ、日付が裏に印字されてるか。何だよ。俺は高学年だし、弟は5歳じゃん。早生まれだからわっかんねぇよ。
「………」
「どうかした?」
「…ッ……ぃ…」
突如、義父が頭を押さえて悶え出した。表情を見るに、頭が痛むのか?息も酷く荒れて来て、肩が大きく揺れ始めた。怪我はそこまで傷まないと言っていたし、頭押さえてるとは言え、怪我の痛みだけが原因と言う訳じゃない…よな?
「…大丈夫?ごめん。傷も治ってないのに無理させた?落ち着いて。深呼吸は出来る?」
「…う…っうぅ…———……——」
呻きながら意識を失って倒れ込む義父を何とか受け止める。額から流れ落ちる汗は、夏だと言うのにどれも冷え切って、その上、身体は部屋の暑さに反して小刻みに震えている。後、かなり重い。
…どうするべきだ?とりあえず、俺の上着を枕にして床に寝かせるが、当然。それだけでは顔色は一向に良くならない。写真を見せて…と言うより、母の顔を見てか…
義父は母の事は憶えているのか?思えば、母と義父の関係は結構ブラックボックスだな。馴れ初めとかは知らないし、聞いた記憶も無い。てか、そもそも昔の記憶があんまりないんだった。
「…さて…どうしたものか。とりあえず、ソファーまで」
いや、ムリ。重い。重過ぎる。俺1人で持ち上げられる訳がない。お姫様抱っこでもしようものなら、問答無用で後ろに倒れる。それ以外の持ち方でも当然ムリ。引き摺ることくらいしか出来んが?
はぁ…どうしろと。ただでさえ、母の助けを借りようと実家に買って来ても無駄足だし、義父は義父で、母の写真を見るだけで精神消耗しちゃったし…やっぱ、一朝一夕で記憶取り戻すのは無理か。
とは言え、8月は忙しくて時間が取れないんだよなぁ…ドラマに、ゴミ箱イベに、脳筋プロテイン辺り。今月中に終わらしたかったが…流石に無理か。てか、もう8月なのかよ…俺は今年の夏何してたんだよ…
「……夏………何か……」
アレ…?何か思い出せそうだったんだが……いや、思い出すの俺なのかよ。義父の記憶を取り戻す方が先決なのにな。でも…うん。何か……今なら思い出せる気がする。
床……カーペット……日差し…?いや、窓か?…カーテン……あっ、とりあえず網戸にしよう。エアコンのリモコンの場所が分からなかったし、窓を閉め切ってるとあまりの暑さに熱中症になりかねない。なんで思い付かなかったんだ。
「……良い風だな。暑いけど。めちゃくちゃ暑いけど」
たまに吹くヒューっと音を鳴らす風が、風鈴の甲高い音を奏でる。風に揺られるカーテンが、日差しに押し返され、俺の鼻腔で風に乗った土臭さが生い茂る。どれも、過去にこの場所で経験した事だ。
……でも、何かが足りない。後一つ…ピースがハマり切らない…何を忘れている?……何を…あの時の俺は何をしてたんだっけ。
『——♪ ———♪』
鼻歌か?こんな閑静な街の一体何処から……それも、かなり近い…あっ、居た。
「こんなところに」
足元を見れば、ソレは四つん這いになって、楽しそうに絵を描いている。顔は見えないが、体躯からして小学生にもなりたてくらいだろう。こんな俯瞰視点でも確信が持てた。コレは俺だな。
…そう言えば、そうだった。昔はこんな子供みたいに絵を描いていたんだっけ。いや、当時は子供だったし、子供みたいと言うのはおかしいか。
「…こんにちは」
思わず話し掛けて見たが、しかし。反応してくれるのだろうか?記憶に話しかけたところで、特に何も変わらない様な気がするが…
だが、まぁ、何と言うか。予想に反して鼻歌と、絵を描く手は止まったな。何でかは分からないが、話はちゃんと通じるみたいだ。1人で会話してる変な人になって無いか心配だな。
『…?おじさん誰』
ふぅん。顔を見てもないのにオジサン判定ね…まぁ、小学生からしたら俺は声だけでオジサンなのか…そっかそっか。22歳はオジサンだよな…はぁ…自分に言われて、自分で言ってて、色々と悲しくなるな。
「んー。誰だろうね。それよりも、君は何を描いてるの?」
『えーっとね……オレのパパ』
「へぇ…?興味あるね」
父…小学生にはなってそうな感じ、義父の事か?だとしたら……画用紙をこんなに黒く塗るか?寧ろ、色を塗らない部分の方が多くなりそうだが…見た感じ、髪の毛を黒く塗っているんだよな?なら、もしかして…
『ママが言ってたよ。オレのパパはオレとそっくりなんだって』
「そうなんだ」
『うん。でも、オレよりも眼の色が明るいんだって』
…通りで。やっぱり、この似顔絵の人は俺の実父か。でも、内容的に会った事がある訳では無いみたいだな。……いや、俺は何を考察してるんだ。コレは俺の記憶だろ。会った事がないのは今もじゃないか。
「それって、丁度俺みたいに?」
『…?…わぁ。確かに良く似てる』
漸くこっち見たな。それにしても…ふーん…思ったより可愛げがあるな。ただ…まぁ、何と言うか……目にハイライトが入っているし、俺の目ってこんな輝いてたかな。これだと、俺よりもこの子の方が眼の色が明るそうだ。
『…ね、ちょっと着いて来てよ』
そう言って、立ち上がり俺の手を掴もうとしたが、子供の手は俺の手をすり抜ける。まぁ、そりゃそうだ。記憶なんだから俺を掴める訳がないじゃないか。そんな不思議そうな顔されても困るわ。
『…まぁ、いいや。こっちだよ。こっち』
ドアの前に立ち、ドアを開ける動作をするが、勿論ドアは開かないし、子供は閉まったままのドアを通り抜ける。少なくとも、記憶の中では開いている判定の様だ。
「はぁ…」
何処に案内するかは予想出来るが、折角なので追ってみようか。義父も知らない内に落ち着いて来ているようだし、暫くの間なら1人にしても問題ない筈だ。
そうして、俺はリビングの戸を開ける。廊下で慌ただしくもちゃんと待っている子供。その子供は後を追って来た俺を見て更にテンションを上げた様に笑顔のまま走り出した。
「…そっちに行くの?」
『うん!こっち』
てっきり、自室に案内するとばかり思っていたんだが、予想外だな。自分の記憶なのに予想外とは…自分でやってて意味不明だな。俺もついにボケてきたかな。
「…勝手に行ってもいいの?」
この先は母のアトリエがある。母はアレで拘りも強いから「私が居ない時に勝手にアトリエに入るな」って、何度か言われていた気がするが…この時はまだ言われて居なかったかな?
『いいの、いいの!今は気分が良いから、怒られてもヘッチャラだよ』
「そっか」
怒られる事前提で動くなよガキ。結構、ネチネチ怒られて面倒臭いんだからな。それくらい学んでおけよな。やれやれ…入ったら多分、俺もバレた時に怒られるよなぁ…
『早く!良いから、良いから!』
とは言え、ここまで押されたら流石に引けないな。仕方ない。何かしらの言い訳を考えておく事にしよう。例えば、絵の具を借りに来たとかね。ホラ、色々あるじゃん。
『此処だよ。入った事は秘密にね!』
と、ドアの前で笑顔を浮かべる子供。成程。俺に開けさせたい訳だ。中々狡いやり方だな。最悪の場合、俺に全ての責任を擦り付けるつもりか。母には恨まれるな。
そんな冗談を考えながら、鼻を突き刺す様な、テレピンの臭いが漏れる部屋のドアノブを握る。思えば、最後にアトリエに入れてもらったのはいつの頃だっただろう——
「勝手に入っちゃ駄目だよ」
ドアノブを握る手の手首を掴まれ、振り向いた先には義父が居た。雰囲気の変わっている義父に驚きつつ、それでも、俺の意識はずっと別の方に向いていた。
『………』
ドアの隣で微笑んでいた子供は、いつの間にか暗い無表情で俺を見つめ続けている。その、重みのある表情に、俺の何かしらの感情が、感覚が、何かを訴えかけて来ている。
『バレちゃったね』
そうして、子供はゆっくりと身体がボヤけ始め、いつしか初めから存在して居なかったかの様に、跡形も無く消え去ってしまった。まぁ、事実として、初めから存在はしていなかったのだが。
兎に角、俺はそれに酷い違和感を覚えながら、義父と共にその場を離れた。今になってよく考え見れば、俺は一体、何をしていたんだろうか。
なんとか1月中に投稿出来ました。尚、前回の日付。
私に投稿を早めるのは不可能です。また、お待たせするでしょうが、今後とも応援宜しくお願いします。
因みにですが、義父は物置で生活しています。コレばかりは部屋が足らないので仕方がない。




