配信45枠目 一方的な知り合いに出会してみた。
「とりあえず、先に答え合わせしても良い?」
俺の隣か、その少し後ろを走る弟に、俺は声を上げる。久し振りに走る所為か、それとも熱がある所為か、息が少々荒れて来たが、まだ何とかなると言える範囲。強いて言うなら、雨が顔に当たってそこそこ痛い。
「…どうぞ」
「先ず、性格診断は嘘?アレは、俺を通して例の生徒の動きを図る為の物で、最初の内気な人と言う設定は、少しズレている性格を補正する為。だとしたら、最初の1問でだけ明言した理由は?」
「…少し思い悩むくらいが、彼の性格と一致すると思ったから。こんなやり方で聞いた理由は、僕には彼の心情を理解する事が出来ないから。理由は……ご想像に」
何ソレ——と、言ってはやりたいが、弟ならば仕方ないだろうと納得がいくので、特に無し。弟は人の意図を読む事には長けているが、思考を読むことは不得意…と言うか、読めても理解出来ないと言った感じか。昔からそうだと言っていた記憶は残っている。
「じゃあ、その彼が考えている事は?」
「…理由は分からないけど、自分の見た目に嫌悪しているのと、男らしさ…いや、ここが上手く分からないけど、その″何か″に強い羨望を抱いている事」
「んー。だから喧嘩ね…」
男らしさ…それと、ギャンブルに喧嘩……求めているのは…不安定?不誠実?……羨望か…兎に角、暴行が必要な夢と言う事で良いのか?そもそも、そんな夢あるんかい。
内気。根暗。男らしさを強く求めているにも関わらず、ソレとは相反する性格の理由。そして、情報収集力が長けている理由と、それが意味する物。答えを出すにはまだまだ情報が必要だ。
「情報収集に長けているなら少なくとも、喧嘩で怪我をしても困らない様な不良を選ぶ筈。そんな不良は今の時代は0に等しいけど、数年前から変わってなければ、あそこの廃倉庫かな」
あそこは何故か不良に人気なんだよな。正直、海が近いくらいしか利点ないぞ。後は…強いて言うなら、漫画に出て来そうな雰囲気くらいか。不良くんってそう言うの好きなんでしょ(偏見)
「後どれくらい?」
「10分もすれば着くよ」
まぁ、このペースを維持出来たらと言う注釈がつくけどな。こちとら数年引きこもりやぞ。10分もマラソン出来るかよ舐めんな。汗と血垂らして死んじまう。
それに、さっきから中々体調が宜しくない。運動しちゃったからかな?風邪悪化中。まぁ、骨は拾ってくれる事でしょう。出来る事なら骨になる前に救急車を呼んで欲しいが。
「……死ななきゃ良いが…」
そうして、濡れる髪を纏める。濡れている所為で髪が絡まり、プチプチと音が聞こえたり、頭皮に痛みが走ったりと、結び難い。
———
——
—
凛side。
いつからだったのかは既に憶えていないが、気付いた頃にはそうなっていた様な気がする。まだ幼い子供が戦隊ヒーローに憧れる様に、僕は当然かの様に憧れた。
評判は悪かった。だが、ソレは当然の事だった。まだ幼い僕を家に置いて、パチンコ店に出入りし、家ではお酒やタバコばかり相手にしていた。そして、家に帰ってくる頻度はとても少なかった。
タバコばかり吸っている人だったから、家に入った瞬間、臭いで家に居るのかどうかが分かった。目元を覆い隠す長い前髪が、首筋を覆い隠す長い襟足が、そんなボサボサな見た目が、いつも不気味な印象を与えてくれた。
母はその人に何も不満を持っていないようだった。慣れているとか、諦めているとか。そんな感じはしなかった。1つ分かったのはとても愛している事だった。その理由が僕には分からなかった。
——パパ?一緒に遊ぼ!
「…おーおー、ガキンチョは好きに遊びな〜」
いつも、少し困った顔をしては、僕に煙を吹きかけてはぐらかす。一度として、2人で何かをした事は無かった。最初こそ、遊びに誘っていた僕も、断られる事を覚え、誘う事は無くなった。
その人は、何故か安心した顔を見せた。
——…っ……今日も居る…
別にタバコの匂いが好きな訳じゃ無かった僕は、いつしかその人に嫌悪感を抱く様になった。友達のソレとは度が過ぎてダメな人。いつしか、嫌いと軽々しく言える程になっていた。
——何で僕のパパはあんなのなの?
「あんなの…ね。まぁ、確かにダメな父親よねぇ…」
あの人の話題を出した時、ソレがどんな内容でも、母はいつも楽しそうに微笑んだ。とても喜んでいた。僕はそれがどうしようも無く嫌だった。余計にあの人が嫌いになった。
そんな人が父親だったが為に、僕は虐められる事が多かった。幼い子供にとって、親の言う事は疑う余地無く真実だ。父親の悪い噂がある僕に話し掛ける人は居なかった。更にあの人が嫌いになった。
「…お前は……お母さん似だな……」
喜んでいるような、悲しんでいるような複雑な顔でそう言われた日。その日からその人が家に居る頻度は、比べるまでも無く明白に減った。少しだけ、清々した。
それに伴ってか、僕が除け者にされる事は減っていった。それでも上手く馴染む事は出来なかったが、少なくとも、以前よりかは居心地が良かった。
ある日、僕は事件に巻き込まれた。
「万引き?この子がですか!?」
——してない。アイスはトモダチに貰った。盗んでなんかいない。
「でも、そのお友達が君に命令されたって」
命令?そんなのする理由がない。そもそも、友達と言うのは方便で、彼奴等は友達なんかじゃない。いつも、僕を虐め遊んでいるだけの暇人達だ。命令される事はあっても、僕が命令する筈が無い。
「この子はそんな事する筈無いんです!本当です!」
「とは言えね。此処で万引きがあったのは事実ですし、その商品はお子さんのお腹の中ですよ。お子さんでは無いと証明する事も出来ないのなら、私も然るべき処置は取らせて頂きます」
あくまでも、店長さんは犯人に弁償して貰えれば良いだけだ。別に悪人な訳じゃ無い。犯人が誰であろうと、弁償さえされればどうだって良いのだ。
その場は、母が商品代を払う事で収まった。少なくとも、コレでお店側の話は終わったのだ。終わらなかったのは、僕側の話だった。
何処からか、小学校内で僕が万引きしたと言う噂が広まっていた。事実無根も良いところ。だが、当事者で無い者にその判断はつかない。まだ幼い子供は目の前の犯罪者を袋叩きにする。
否定は無意味で、僕を虚しく仕立て上げる。ならば、ただ密かに目の敵にならぬ様、身を潜めているのが一番早い。誰とも話さず、静かに、ずっと、影を薄くする。それで良いと思っていた。
「最近、学校の備品が無くなる事が多いんだが、誰か何か分からないか?」
とある朝学活で、担任の教師がそう問い掛けた。無論、僕はそんな事知らなかったし、備品と言われても何が盗まれているのかも分からない。だが、周りの反応は違う様だ。
誰も直接的に僕へ目を向けた訳じゃない。ただ、僕が見られている。疑われていると感じ取っただけなのかも知れない。ただ瞭然として言える事は、クラスに僕の味方は居らず、クラス全員にそう思われていると錯覚する程、僕の扱いが悪かったと言う事だ。
…いや、1人は居たかもしれない。僕に目を向けて笑みを浮かべていたトモダチと言う存在が。
「お前が盗んだんだろ」
——知らない。
「あーあ。あのボール好きだったのに」
——僕はボールなんて知らない。
「お前の所為で、もう遊べないじゃん。返せよ」
——僕じゃない。
しかし、それを証明してくれる物も、それを保証してくれる者も、僕の周りには居なかった。僕は避けていた訳でも、影を薄くしていた訳でもない。ただ孤立していただけだった。
それに気づいた時、僕はどうも絶望した。
「学校は?」
——行っても居場所が無い。
「…そう」
母の悲しそうな顔や、泣きそうな顔は、どうしてもクズなあの人では無く、僕に対して向けられる様だ。何だか、この世の全てが敵に見えて来た気がした。
ガチャ…
「久しぶりにただいま〜……やっぱダメ——え?アレ?学校は?」
うざったらしい。何で元気そうなのか。悩みは無いのか。そうか。こんな人でも、居場所は存在しているのか。嗚呼、やっぱり、どうしても、この人は憎まずには居られない。
「何、どしたの」
——知らない。どうも、僕は嫌われやすいみたいだ。学校はもう行かない。
「…なんじゃそら。虐められてんの?」
無神経な人。多分、この人は他人の評価なんてどうでも良いんだ。誰にどう思われようと、誰に後ろ指刺されようと、心底興味が無いんだ。だからこそ、僕にそんな態度を取るんだ。
つくづく憎たらしい。正義を語って、僕を悪人にする奴も、他人に興味が無く、自分よがりな奴も大嫌いだ。誰だって自分ばっかり。
——多分、向こうはそう思ってない。
「ふーん。ただの虐めじゃん。よっしゃ。任せとけ」
——は?
「お前の気に食わない奴。そいつら全員に頭下げさせてやる。とりあえず、俺からか?」
企み混じりの笑顔でそう言っだと思えば、深く頭を下げて来た。一時は困惑が支配して、段々と不可解に変わっていく。何で嫌われてると思ってるのに、そんなに堂々と出来るのか。
なんだか、もう。色々と馬鹿馬鹿しい。
「……ごめん…」
馬鹿馬鹿しいのはここからで。僕を陥れた奴。そして、それに助長した奴。そいつら全員が僕に頭を下げた。擦られて赤くなったそいつらの目尻が、見ていてスッキリとする。
中には、泣いて謝ってくる奴もいた。うなじが見えるくらい深々とお辞儀する奴もいた。そして、学校の頭ですらも、僕に謝罪して来た。何が起こったのか分からない。とても馬鹿馬鹿しく映った。
そして、あの人が一体何をしたのか、何者だったのかも検討が付かなかったが、態度を改めるべきである事は気付いた。今度会う時は、もう少し話をしよう。話を聞こう。あの人について知ろう。
「はい、もしもし——……はい…そうですか……」
晩御飯中、いつもと同じ様に鳴っていた電話の口頭は、母の涙を止めどなく溢れ出させ、遂にあの人は帰って来なくなった。……29歳だったそうだ。
所謂、不治の病。出来る処置は本当に軽く、それでいて辛いだけの延命。僕が3歳の時に告げられた余命は10年。そんな中、たったの5年で死んでしまった。……いや、5年で死んだ。
母によると、あの人は余命を告げられ、物心つかない幼い僕の前で葛藤したそうだ。そして、それを証明するかの様に、いつも僕の前でこう口を開いていたらしい。
「何の変哲もない父が、中学の頃に死ぬのと、クズみたいな毒親が、ガキの頃に死ぬの。どっちが生きてて幸せかな」
母はそれを聞く度、あの人を強く叱りつけたそうだが、何度も何度も繰り返す内に、母は受け入れる事を決めたそうだ。その頃、僕は5歳になっていた。
———
——
—
「…ふふっ」
——どうしたの?
「こんな内容じゃ、人前で読めないな…」
——何が?
「遺書だよ遺書」
読む?そう言う様に差し出された紙。その時、小学生の僕には、所々読めない漢字もあり、何が書いてあったのか。今に見返さない事には分からない。ただ、覚えている事はある。
その紙の一部分には、丸い跡が纏まって出来ている。湿った本を乾かしたみたいな。そんな感じのデコボコな跡。そして、その跡は、繊維が傷んだ雑巾みたいにザラザラだった。
あの人がどんな環境で育ったのかは分からない。全ては本人では無く、母からの世間話程度の情報なのだからソレは仕方のない事だ。それでも、あの人の生き方は…間違っていただろうか。
生まれてこの方、父親と言う物が分からない人生だったからか、あの人が何故あの道を選んだのかも分からない。しかし、あの人を知る人曰く、あの人は僕を愛していたそうだ。
あの人の事は幾ら調べても分からない。遺品を整理しても、出てくるのは母や僕との思い出だけ。あの人を象徴する物は、削られた様に存在しない。いつだって、手元にあるのは謎だけだ。
職業不明。経歴不明。素性不明。有るのは戸籍と薄っぺらな身分。部下に慕われていた様だが、その人達の職業はどれも一致しない。母でさえも、地元も出身校を知らない。何より、素性が分からない。
それこそ、家系図は無い様だし、兄弟すらも存在があやふや。母が本人から聞いた冗談だと、姉も兄も妹も弟も存在はしている様だ。式を上げる時も、あの人の両親とは会えず、本人曰く縁を切っているらしい。
あの人は理解しようとすればする程、謎が深まるばかりか、新たな疑問が湧き出てくる。あの人を知りたいのに、あの人自身がソレを拒んでいるかの様だ。
だが、諦める訳にはいかない。少なくとも、あの人は10年は生きれた筈で、あの人は僕を悲しませない為に5年と父親を諦めた。僕はそれを望んだ覚えは無いが、あの人はそれを選び笑顔で死んだ。
そこにはどんな想いがあったのだろうか。
自分の人生よりも、愛する者の幸を願う心は。憧れだなんて言葉だけで、理解する事は出来るだろうか。あの人といつか対面する時、その時は少しでも理解出来ていたら良いと思う。
———
——
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何だか潮臭い廃れた倉庫。僕が調べた情報の中では、此処は不良の溜まり場らしい。開いた扉からチラリと見えた内装は、スプレーアートが多く、とても治安の良さそうには思えない。
中から響く笑い声。雑談でもしているのか、少なくとも3人以上は居る様だ。そして、中からは潮の匂いに混じり、何処か懐かしい香りが漂っている。
「お?んだテメェ。こんな所に女が1人、何か用かよ?」
タバコの匂いだ。あの人が吸っていた物と同じ銘柄。しかし、不思議とあの人の事を思い出す事は無い。そんなの当然だ。あの人の臭いはここまで軽いものではなかったのだから。
あれは、もっと生臭く、それは腐った生肉様な、膿んだ傷が、燻んだ内臓が、そんな匂いが混ざっていた様な…幼少期の頃に刻まれた不確かな記憶はそう言っている。
「…暇だからお前達を殴りに来た」
「はぁ?」
額にシワを寄せ怒りを露わにする男は、大人と同等の体格を待ち、街中を歩く大人とは比べ物にならない程、狂気や憤怒を前面に押し出している。だが、不思議と僕の心は悦んでいる様に、躍っている。
「はっ、可笑しい奴だな。何?道場破り気分カナ?」
「言えてらー」
僕を挑発する様に、笑い声は倉庫内を反響する。声変わりを終えた男達から出てるとは思えない甲高い声は、何だか不快感を覚えさせ、今すぐに消え失せて欲しいと心から思わせる。
「五月蝿いな。黙って掛かって来いよ…」
僕の吐き捨てた一言で、倉庫内は閑静さを思い出す。雨が天井を突き刺す音だけが、倉庫内で響き、遠くで聞こえる波の音が、倉庫内の静かさを強く強調している。
「おもしれー。カギ締めろ。雨で冷えて来たとこや、ちょっとばかし遊んでやろうて」
「へい」
命令された取り巻きが、僕の入って来た扉を締める。建て付けが悪いのか、鉄を強く引きずる様な、忌避感を覚える金属音が鼓膜を悪戯に刺激する。同時に、波の音は聞こえなくなり、雨の刺す音だけが耳に入る。
今から殴り合いが始まる。それは、向かい合う男からひしひしと感じられる。その昔、母と出会った頃のあの人は、酷く直情型で喧嘩早かったと聞く。喧嘩をすれば、例え少しでも、ほんの少しでも、僕はあの人の事を知れるだろうか…
ゴォォォン……
そんな時、倉庫の外から激突音が聞こえて来た。そして、2人は居るであろう誰かの声。急いででもいるのか、1人の声には焦りが浮かんでおり、もう1人の淡白な声には、何処か聞き覚えがある。
その声の主を思い出そうとしている時、締まったばかりの扉から再び、強い衝突音の様な、兎に角強い爆発したかと思う様な轟音が響いた。倉庫内の視線は全て扉に吸い込まれ、沈黙が場を支配する。
そして、3度と衝突音が聞こえた時、扉がゆっくりと開いた。
「横開きじゃん」
「メンゴ。ずっと開いてたから知らなかった」
雨に濡れた2人の人影。1人は見覚えのある白髪と、突き刺さす様な金色の眼光を睨ませる副部長。相変わらず、その顔にはいつまでも消えない余裕が浮かんでいる。
そして、もう1人は完全に見覚えの無い長めの黒髪を持つ人物。濡れて纏まった前髪。その隙間からは、深みのある真紅の目を見せ、深みのあるその眼の色は……血液を連想させる。
「…んでっ、此処にっ…!」
思わず口をついて出た言葉は、向かい合う男が口を開く事で掻き消された。
「おいおい、勝手に開けんなよ。シラけんだろ」
僕を素通りし、男は副部長達の元へ歩いて行く。苛ついている事が分かる顔からは、おおよそ感じたことのない威圧感があり、僕の身体を縮こませる。しかし、向かい合っている副部長達は一切動じていなかった。
「テメェら何モンだ?」
「自己紹介なら自分からしなよ。程度が知れるよ」
副部長は余裕の挑発的な発言と顔で、男を悪戯に苛つかせる。その間も、隣の黒髪の人物は特に何か行動を起こす事もせず、静かに黙ったままだった。
「ほー。気概は気に入った。で?お隣は?ホラ、黙ってないでなんか言えよ」
「…?誰だっけ…?なんか見覚えあるな」
「あ?何だって?ハッキリ言えよ?ん?」
そうして、男は黒髪の人物の顔を覗き込む。黒髪の人物が発した小さな声は、ボソボソと紡がれた所為か、苛立つ男は聞き取れなかった様で、男は更に額に青筋を浮かべた。
副部長は心配する素振りも見せず、その様子を黙って眺めていた。それは少し…なんと言うか、好奇心から出たような、興味深そうな顔で。
「…!?赤い眼っ!?」
すると、突如、覗き込んだ男の動きが固まる。その硬直が終わった瞬間、男は直ぐに黒髪の人物から距離を取った。怯えた様に身体を縮こませながら。
「ど、どうしたんすかボス」
「…『無血』」
「え?ぼ、ボス?」
「お、お久しぶりっス!」
そうして手を後ろに組み、深々とお辞儀する男。その一連のやり取りに、副部長は「ふっ」と、軽く吹き出し、口に手を当てる。
それは、いつも優しい笑みを浮かべている副部長らしからない。その…なんだか初めて見る姿だった。




