第一話「職」(#05)
僕達五人は此処で見つけた夫々の仕事に就いた。職種は農家ばかりと思っていたが然うでも無く、鍛冶や運送もあった。其の中からマコトは林の整備員、ミツグとシルは農家、くつねは鍛冶屋、僕は運送業者の、夫々の手伝いを選んで働きはじめた。其れから一ヶ月が経とうとしている。多分、皆仕事に慣れてきた頃だろうが、僕はまだ〳〵だった。
僕が就いた運送と云う職は、区内から各〻の町へ、或いは其の逆の順で荷物を早急に運ぶものなのだが、此れがむつかしい。「くるま」と呼べるものが馬車と俥しかないというのに如何やるのかと云うと、飛ぶのだ。何も僕の頭がおかしい訳でもない。読んで字の如くの事をするのだ。説明した方が早いかも知れない。
L’2036/8/4、月曜日。
朝、起きて直ぐの頃。先輩達が荷物の確認をする声が反響しあう中、一際大きな声が響く。僕の担当の地域をやっていた先輩の声だ。
眠気覚ましを飲んでいた僕は其の声に応えて、彼れのもとへと向かう。其の場所に居る、先輩、彼れが振り分け済みの荷物――大体新聞だ――が詰められた数十個ある箱を僕に渡すと、僕は決められた言葉を発して龍化し、飛び立つ。
「いってらっしゃい」
後は既定の村へ行くのみだ。其処にて人の姿に戻って、家や役所をまわって挨拶しながら配達したあと、また此処に戻る。
此れを一日に二回、朝晩にするという単調な仕事だ。働かないよりは斯う云ったものでもして稼いだ方がよいという自分の選択で選んだのだ、やるべき事はこなしている。今迄のところ欠課も無く、順調に進んでいたのだが、長い昼の休憩が始まった時、突然上司に呼ばれた。
「失礼します」
扉を叩いて然う言うと、どうぞと声が聞こえた。
部屋の中に立っていたのは小顔で愛嬌のある顔をした人間の「ナオト」さんだった。皆が小父さんと呼ぶ通り性格も温厚で皆の事を想っていて皆に慕われている。
「どうぞ、かけてくれ」
僕が扉を閉じると、彼れは然う言って椅子に座るよう促した。僕が座ったのを見てから、彼れは少し真剣な顔つきになって話し始める。
「仕事を始めたばかりですまないと思うが、今度から二輪車で配送をしてもらいたい」
「え……」
其の言葉を解するのに数秒かかった。此の国には二輪車というものが抑々無かった筈だからだ。
「流星群がやってくるのは知っているかね?」
彼れは小顔に似合わない表情のまま、僕に訊いた。流星群。数十年に一度訪れるとかいうものだろうか。前、落ち込んだ僕を励ますためにくつねが話してくれた。其れで家や家族を失った人もいるとか……。
「偶に隕石が降るという数十年周期の、ですか?」
「そうだ」ナオトは頷いた。「其の時期になると、年によって飛行が禁じられるのは知っているか?」
「さあ……全く」
飛行が禁止というのは初耳だった。龍は元々移動民族であるから、だったか、ある種の特権階級に属すると故郷で教わったような気もするが、其れにも適用するのかと驚いた。
「そうか…………まあとにかく、隕石が降るかもしれないから、怪我をしない様にと禁止される年もある、ということだ」
「そうですか」
そういう理由があるのかと思った。隕石は落ちるときに光るからわかるのではないかという問いが頭の中に浮かんだが、種族によっては大気圏外をも飛ぶことを思い出した故聞かないことにした。
「で、今年が其の禁止の年になった。其れで、飛ばなくても配達できるようにと、国が代わりの折畳み式二輪車と云うものを発明してくれたんだ。今日の夜の分から暫くは其れを使って配達してほしい」
彼れは他人に説明するのが慣れていないのか、早口に述べた。
「要件は以上で?」
「ああ然うだ」
彼れは頷いた。
「わかりました。伝えて頂き有難う御座いました」
僕は足早に退出した。廊下に出た後、数秒立ち止まって頭を巡らす。生まれてから十数年しか経っていない身にとっては当然かもしれないが、何故自分はずっと居た此の国の規則を知らなんだのか。強力な兵器を持ちながら、此の国は何故あの隕石を破壊しないのか。抑々何うして流星群が定期的に来、隕石となるのか。斯う云うのは星系の形成段階のみで起こる様な事なのではないか。まあ、僕は宇宙に精通している訳でもないから、きっと理窟が僕の知らない範囲であるのだろう。そんなことを考えていると、先刻の先輩に会った。
「よう、何うかしたか」
「あ、どうも」
挨拶代わりに右手を挙げた明るい顔の先輩に会釈する。
「何か言われたか。飛んじゃ駄目とかか。気にするなって。儂だってこんな時期になれば火球ばかりの夜空の下を走ったもんさ、な」
彼れは元気そうに然う昔の話をして僕を励ますのだ。僕は火球許りの月夜を想像してみた。兎のいない月の明りの下で一点から降り注ぐ白い焔。其れに照らされながら、奔って帰っていく――――どうもしっくりこない。そんなのが現実にあるもんか。
「死ぬかもしれないってことさえ考えなければ綺麗な夜だよ。じゃあ夕方の仕事頑張って」
死への不安はないと諭す様だった。此れを話した後、彼れは何処かへと行ってしまった。人は時に些細な事で死ぬることもある、はくつねの言だったか。斯様なことも気にしなくてもいいのかも知れない。
休憩時間はアーウィック王国法の通り一斉に始まる様に設定され、規定時間より少し長くとられていた。仕事仲間は趣味や散歩に時間を割いていたが、僕には特に趣味と呼べるものも無かった。枕を並べるのもいいが、何故か僕は然う云うのが嫌いだった。其処で先刻流星群を疑問に思ったこともあり、図書館に行ってみることにした。
藁屋根に挟まれた道をとこ〳〵と歩いて五、六分、此の辺りで一番大きい、通称「合為王国図書館」に着いた。正式名称は僕も知らないが、然う門に墨で書かれていた。建物は煉瓦風の混凝土製で、室内は夫々の本の保存に適当な温かさが保たれるようになっている。僕は気の向く儘に古文書の多い粘土板の棟に入った。古典作品が多く収蔵されている棟である為か、入棟に時間がかかったものの、休憩時間の一厘もかからなかった。
粘土板が柔らかい海綿らしき緩衝材に緩く番われ置いてあるのが見える。係員に流星群の出てくる話をと言うと、数枚取って来てくれた。
其の話は、内容が神話其の物であるが、当時としては最高度の天文学の知識が使われている物語だった。天地の変容は神の怒りなどそんな感じの導入に始まり、七進数の番号と文字とで名付けられた天体で此の纏まりは此の星座と紹介していく。其れを神々の行いで、「つち」の中で起こる様々な現象に結び付けていく。
其の行いが何んな天文現象であるか、気付く迄にそう時間はかからなかった。太陽面通過に日蝕・月蝕、その他諸々が著されていた。其れに流星群も。流星群は特に異質な「元」神がたった一柱で起こす浄化の儀式と記されていた。其の周期の間にあった穢れを光の玉を降らせることで浄化し、人々を禊がせるという。其の章には然うするに至る理由の神話(仲間の怒りを買って神の座を蹴飛ばされるという話だ)と、七進数から十進数への変換が難しいが放射点の精密な計算方法とが書いてあった。
僕は其処迄読んで埒が明かないことに気が付いた。言葉も古めかしくて訳すのに梃子摺っているし、こんなのを読んだところで「何故隕石が降るのか」という答えは見つからないと読んでいて解ったからだ。僕は粘土板を返して図書館を後にした。仮定の話だが、少し此の楔形文字の粘土板を読み進めていたら、重ねられた意味に気付けていたかもしれない。
夕方の配達は云われた通り自転車だった。夜空にきらりと箒星が見えるかとも思っていたが、未だ極大は数か月も遠く、全く見れなかった。其れにしても、何か月にも亘って降る星というのは奇妙な響きだと思った。生まれてからずっと、大体一ヶ月で終わるものだと思っていた。
僕はくつねを想った。彼の女が居なければ此処に居ないことは確定的に明らかだった。此の国まで来たとき、丁度旅路の中に居た彼の女と偶然出会った。蓋然性の低い出来事によって僕は乞食の生活とおさらば出来たのだ。今度は何で感謝を伝えようか。もういいと亦云われるかもしれないが、僕にとっての彼の女は正に命の恩人なのだ、自分のできることをしてあげたかった。事実、彼の女のためにとしたことの御蔭でさっきは殆ど苦も無くあんな文字を読めたのだ。彼の女から学んだことは多くあった。
暫く経ってから、だが、と新たに考え始めた。僕は彼の女のことを何も知らない。何時も「何故できる」「何故知っている」「如何して」と疑問詞をつけた言は悉く昔、ちょっとねで済まされてしまう。謎の白皮症の狐人――そんな彼の女の過去は知らなくていい方の事なのかもしれない。其れに新しく入った三人の事もある。彼れとも仲良くしなければいけない。特に枕木を知るあの人については然うだ。勿論シルとミツグも――――然う考えながら、床に就いた。




