第四話「京」(#04)
L’2036/7/19
やっと飛べた私たち二人は、直ぐに三人に合流した。
一面の叢の中に居たミツグ、シル、ピミャを見つけるのは至難の業だったが、見かけた帰っていく馬車の残した蹄と轍の跡で何とか見つけれた。彼らの内二人は私が飛んでいるのを見て驚嘆の表情をした。ピミャは着いた時、ああ、やっと飛べるようになったか、と安心の顔をしていた。
「遅れたね」
地上に降りて間髪入れずにピミャは、安心の顔を引っ込めて少し怒りの感情を出して云った。僕より先に飛びやがってという気持ちがあるようにも取れる。
「御免ね。まさか雨が降るとは思わなんだ。待ったかい」
私は何故か震え上がっているマコトを降ろしてから答える。
「うん、全然待ってないから。丁度馬車が帰ったところ。解らなんだならいいや」
彼れは私の弁解に納得したようだ。私だって総ての天候や気圧を把握しているわけで無いのだ。人工衛星でもあるまいし。
少しして、ミツグとシルの二人も駈け寄って来た。驚いて腰を抜かしていたのか、少し遅かった。
「飛べるんだね」
シルは困惑しながら然う云った。ピミャが「龍が飛んでいるのを知っていながら人が飛んでいるとそんなに驚くのか」と云う疑問の目であるのを除いて、何の機器も持たずに空を飛んでいるような、物理法則を破るような矛盾塊を見たかのような目をしている他を見て思う。私は別にそんな事は出来やしない。私は其の補集合の要素であった。神々を異にして、と云う条件は付くのだが、殆どが属するものだ。
「龍も飛ぶでしょ、人も飛べるよ」
思わぬ言葉にぶっきらぼうに答えながら、三人に常識を教えればよかった、と思った。行く町はそんなに常識を気にしていれば生きていけないような所だが、人と係わる上である程度は常識が要るのだ。一人で旅をしていた頃から常識の際に悩まされてきた私には其処の常識も解っていたが、彼らには其れが――私が教えるのを忘れていた所為で――解っていない。「彼処の」は、少なくとも廿年前に来たときは異質だった。其れを教えるのは気が引けた。
考えるのを止めて、常識の違いに驚く三人達に、行くよと告げた。
もう雲は空に無く、濡れてびしょびしょになって水溜りを彼方此方に作った道のみが先程の大雨の跡となっている。景観は良い。背の低い艸が道の周りを囲んで其の外に背の高い草――葦位のと云えばわかるだろうか、其れが一面の土を覆い隠し、青い草の上に同じく青い空がある。太陽は其処に吊られて輝いてゆっくりと西へ向かっていた。
高い草が少なくなると、左側前に色褪せた煉瓦の壁が大きく見えた。町の入り口だ。其の壁の更に左から川が流れている。何うやって川の上に壁を渡したのかは知らないが、珍しい光景だ。何うやらあの草は此の川の支流の水で育ったらしい。
「あれが、町」
ミツグは然う云って息を呑んだ。予定より多くの時間がかかってしまった事があの町を更に美しく見せているようだ。
城壁を眺めながら、改めて見ると、首都とは見えないな、と私は思った。此の国には兵器を作る高い技術はあっても、高い建物を造れるような技術は未だ無い、と彼れらに会う前に新聞紙を読んで思ったか。此処の城の改築を行ったらしいが、技術さえも未熟だと酷評されていた。「あんなこと」になる前は、技術の発展に何の努力も惜しまなかったというのに――
「そうね、目的地よ。後一寸、数分も歩けば着くね」
其の考えを一回止めて、旅の案内人気取りの口調で云った。然う云っても敬語でないし、知識や観光名所なども殆ど知らない。
「彼方に見えるのが、東門。あそこから入ることになるわ。二人から四人の番人が端に立っていて、身分証明書を見せるかお金を払えば入れる。お金はちゃんとあるから安心してね。
入ったら、区役所で身分証を作るわ。四人共、然ういうのまだやってないみたいだしね。で、其の後は、働いて家を貰うって感じだね」
其の説明を聞いていたマコトは、頭回るんだな、と思ったらしかった。表情で分かった。
前を向くと、左側にこんもりとした塚があるのが見える。ある種、私は此れを見るために来たのかもしれない。ばれてもいいのだが、気恥ずかしさからか皆にばれないように目礼をするように通り過ぎた。
「此れ、何だろ」
其の礼が終わると、然うシルが云って指したのは廃された線路だった。門との間の道の中にて、其処だけ異質な雰囲気を醸し出していた。
「鉄道、かな」
マコトは枕木という言葉を知っていたのだった。此の鉄道が過去のものとなって現代の此の町の言葉に「鉄道」は無い。彼れの言葉は三人のであった。併し、当然二人には鉄道に関する知識など微塵も無いし、私も話したくは無かった。其れの廃止は訳が要る廃止であった。
人は他人の気持ちを読めないものだ……特に伝えようとしていない場合は然うだ。錆び付く前の線路の上にあったものが思い出されたのを知ってか知らずか、ピミャが訊いた。
「鉄道って何んなものなの」
「……」マコトは暫し考える素振りを見せた。「此の二本の鉄製線の上に、動力を持っていて、車輪が付いた、何て言うんだろう――車を走らせるものかな。此の線は、もう使われてないみたいだけど、人や物を多く運ぶ時につくられて使われることが多いかな」
まるで辞書でも引いたかのような文だ。口ぶりからして彼は暗記しているようだが、抑々「此の町(乃ち、湿原の廃村)から出たことが無い」と云っていたのに、そんな基礎知識でも無いこんな情報を何処で手に入れたのだろうか。……家族が海のような環境のある地域に住んでいたのかも知れない。
「物知りなんだね」
私は心の内を悟られないように、感心した体を装って云った。私の中では枕木の時に生じた疑念が深まっていた。
「ようこそダルンデネトへ。身分証は御持ちですかね。お金でもいいですよ」
其の思索は門番の声によって途切れた。もう門の前まで歩いていたらしい。こんなに自分が考え事に夢中になるとは……。
門番は二人だった。端から中央に集まってきて問うたのだった。甲冑もつけずに居るが、実際は中世を、何方かと云うと江戸を想わせる言葉遣いだった。
「此れを」
ピミャが然う云って手にしていた袋を彼らに渡した。二人が其のお金を勘定すると、五人分の入区証明書を渡してどうぞ、と既に開いていた門をさした。彼れらに彼らに防衛の概念はあるのだろうか、と疑いそうになる位二人とも温厚で、私達が通った後は以後も気にしていない。大分怠けるようになったな、と思うのも仕方ない程だ。
唐突に何を考えているんだ、今は四人の案内をしなければ、と思ったので考えを振り払って、皆に言う。
「じゃあ、四人共、此れから皆で区役所に行かなきゃならないから、付いて来てね」
変なことを考えてしまった所為か口調が変になった。緊張しているみたいだ。まあいいか、あらたしく仲間が出来るなど久しぶりの事だ。
「わかった」
答えたのはマコトだけだった。他は街並みに気を取られている。煉瓦の壁と本瓦屋根の家が立ち並ぶ景色……初めて見る形式の家々だから仕方が無い。
道の両側にて切妻造で甍を争う煉瓦の家を見ていた一同だったが、殆ど、屋根の色以外変わらない景色が続き、暫くして見るのに飽きた。
―ダルンデネト特別区、字段切―
其処が区役所のある場所だった。大きな木大きくに「かかれた」(文字通りの意味だ)区役所と言う字と共に然う書いてある。直ぐ先を河が流れている。地図によると此処は河岸段丘の上にあたるらしい。
「じゃあ、行きましょ」
私達は陸屋根の無機質な建物の中に入った。
建物は無機質に見えたが、中は活発めだった。算盤を弾く音、墨を磨る音に器械が何かを刷る音とかゞしている。だが整理券を取らねばならぬ程混んではいなんだ。
「あっちだわ」私は四人に「戸籍」の字がある所を指した。「彼処に行くわ」
区役所の手続きは簡単に済んだ。入区証明を出し、名前と年齢とを言う。然うして暫く待っていれば既にある戸籍と重複していないかなどの照合が為され、仮の戸籍が出来る。云ったものと合っているか確認したのちに、正規な戸籍となる。以上。
一通りのことが終わり、区役所から出て立ち止まる。
「簡単だったね」ミツグはまるで崩れるかのように肩の力を抜いた。按堵したようだ。「区役所て煩雑だと思ってた」
彼れも役所のような場所に行った事があるのだろうか。其れとも勝手に抱いていた想像か。然し訊く気がないから訊かなかった。
「でも家は働いてからじゃないとくれないってね。まあ、流石に無料でくれるわけは無いと思っていたのだけれど」
シルも表情が和らいでいた。
然う、家を貰うのには働かなければならぬのだ。仕事と云っても此処の農家の手伝いとかといったところだが。農家の懐いた印象を基に、家を与えるか何うか判断をするらしい。どんな処に送られるのかと五人共びくびくしていた。
「運否天賦だよ、其処は。あめしかしらぬ、ってね」
マコトは然う私が教えていない辞を云って皆を励ました。
「ええ、そうだね」
ピミャも賛同した。四字熟語に驚いているように見えた。
「……まあ、寝泊まりする処が出来たし、まあ『移る』と云う目標は為せたね」
然う彼は付け加えて、窓口の役員から渡された紙と鍵を取り出した。私達も同じものを持っている。彼は其の住所を読み上げる。
「ダルンデネト特別区、字山下2番地、か。取り敢えず其処に行ってみようよ」
私達はピミャの云った通り、其処へ歩き始めた。
其の家には厨や、共用の厠(汲み取り式)もあった。私達五人は薄暮が近くなってきたので、一通り(数はとても少ない)持ってきたものを個々の部屋に置き、寝ることにした。
三人が何故此処に居るのかは次第に明らかになるだろう。




