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Earchlo  作者: 稲土瑞穂
第三章/空白の四年間
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第二十三話「神殿」(#51)

「G」こと某昆虫の話題が出ます。苦手な方は御注意願います。

 夜の雪が解け、温い水となりダルンデネトを湿らせていた。新聞紙が届くことも無く、何時もより閉鎖的な環境となった五人の、字山下67番地の家には、一家団欒に似た空気があった。幾ら冬至を過ぎたと雖も未だ数日、夜明けは早く、殆どが眠気から振り切れずに居り、座布団に坐しても机に突っ伏す者も居った。

「……昨日は特に夜中に何もしなかったんだけどね。大晦日の晩のが今更返って来たのかしら…………扨。おせち出すわよ」

 呟きの後、黒い外套でなく、普通の服の白皙の狐人は雑煮(彼れが地球で過ごして居た頃に作っていたと云う薄い味付けの汁に菜と餅とが入ったものだ)を作り終え、四人に言う。四人は既に座布団に坐っており、其々が雑煮やおせち、祝箸抔を配膳する。

「……よし、ぢゃあ」くつねは四人を見た。五人は同時に、「頂きます」をした。

「今日は何処かに行く予定はあるか」

 餅を呑み込んでからシルが尋ねた。皆がないと順に答えるかと思われた中、くつねは言った。

「……何も無ければ神殿にでも、と思っているけど何うかな」

 ダルンデネトに神殿があるのかと四人はくつねを見た。彼れは頷き、神殿位あるわと云わんばかりに顔を歪めた。

「北東の方に超宗教・宗派の神殿があるわ。行きたいなら行こまい」

 其の説明を聞いてから四人は行きたいと頷いた。


 明け残る星々が減る中、神殿迄の道に橋あり。字丸の内への東川あづまかはを渡るものとは違い、其の支流の「あづまつかは」をする橋だ。()()()()()()は丁度字山下の一地区挟んだ北の場所で合流し、南へ向きを変える。此の川は大分昔に流路を人工的に変えたものらしく、河岸かがんは所々混凝土で補強されているが、主に煉瓦であった。

 此の町に住んでいると云うのに、初めて見る景色に四人は辺りを眺めながら川に架かる橋を渡る――初めてなのは、南の役所や国鉄本社、図書館許りに行っていた故だ。其の煉瓦は人間というものが如何に自然に手を入れ続けて来たかを見せていた。……少なくとも、マコトは然う思ったらしい。

——「……は、……川を——」

 既視感は、マコトの中に雑音交りの音声として再生された。彼れは、自らの行動の記憶を遡った。

 王立図書館で見たものには、映像を記録して再生することができる特殊な書籍があった。多くは旧出流兎亜時代――魔王による国家「出流兎亜(デルトア)」(12-Delt'a)が合為・於亜・出十亜などを支配していた頃のもので、此のアーウィック王国が成立する迄に起こった紛争によって多くの記録が散逸し、国内に残ったものは殆どが劣化が激しいものだった。好奇心の儘、司書さんに再生を依頼したが、よくわからない部屋で雑音に耐える修行と化したのをマコトは記憶している。

「……見覚えがある」

 彼れが目にしている人工的な境は、雑音の幻視でなければ、此の場所の川の間の橋の上から、周囲を一周見廻したものが含まれていた。其の映像には、何かが映っていた……

——『マコト君』

 顔が浮かんだ気がした。こんな声は映像に含まれていただろうか。有得ない……マコト君と僕を呼ぶのはスクレイブハさんだけだ、と彼れは心呟(おも)った。

 困惑の中、橋を越えると一気に自然の世界に入った。青々と茂る木と葉を落とした木が混じりつゝ、棲み分けし佇む参道を抜けて神殿の敷地へ入ると、御神籤(おみくじ)などの場所と諸宗教の展示館がある。マコトは足元に神殿ではなく広場へと繋がる箱型の管がある事を視認した。

 見たことがある、此れは、確か、何かが蠢いていた樋の筈だ。

 上は半透明で、押してみると中に居たのは――

「ごきぶり人ですか」

 何処からか俄然訊ねられ驚き顔を上げれば巫女と思しき人が目の前に立っていた。如何返答するか迷ったが正直にした。

「いえ、気になったもので」

 ああ、然うですか、此方はごきぶり人の方専用の道となっておりますから使用は御控え下さいと形式的な注意をして其の人はそそくさと神殿の方へ向かった。

 くつねが気付いた様で注意してきた。耳を寄せて、「此の通路と先の広場とはダルンデネトに先に住んでた昆虫人の元々の信仰の場所だからあまり軽率にしないでね」とまるで聞かれたくない事であるかのように囁いてから、御参りは宗教不問の神殿でする事にしたけどええかと問うた。勿論頷いた。

 御参りは其の神殿が超宗教で特に決まった形式がない為、五人の思い〳〵の方法でやった。其の行為が、くつねの三人への推測を確信に変えているとは毫も知らず気付かず。

 広場で始まっていた舞を少し離れて見ると、此の世界の文化が地球の其の模倣では無いと実感した気がした。くつねの地球での前世の一つ――「日本」での前世――で一般的に用いられていたと云う衣に似たものに身を包んでいても。大太鼓が打たれ、力強い音を響かせる。小鼓が時折甲高く鳴り、暫く聞いていると音楽は十一拍子であると判った。併し舞自体は緩急があるが四拍子のリズムでなされている。よく転ばないものだと感心していると、舞が終わり、獣態のごきぶり人が一斉に巫女の居る広場へと雪崩れ込んだ。困惑を他所に、二つに分かれて押し合いへし合うごきぶり人。

「伝統行事よ。然う言えば見た事なかったわね。此処の神様の仕えの子孫でもあるごきぶり人が、神聖な広場で、仕えて居た頃の姿で川側と森側とに分かれて競うの。其れで今年の運勢が粗方決まるんだってさ」

 訊ねる前にくつねが説明してくれた。彼れは言い終わるとにへっと笑った。青々しい森の中で、赤いくつねの眼が此方を向いていた。

「ぢゃあ、くつね、此処は地球時代の伝統を引き継いでいるのか」

「貴方は、探求をせずにはいられない様ね。だけど、其の答えはわからないわ」

 仕えていた頃の姿とは乃ち獣態(けもののなり)である。聖なる此の場(後で知ったが、北側の地区はヒジリというらしい)は、彼れらが、旧出流兎亜(12-Delt'a)に属する以前から住んでいた場所だ。而して、何時から住み始めたのかは不明である——とは後に識ることになる。

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