第二十一話「元日」(#49)
年明け、明けましておめでとう御座いますの事が聞かれた日、L'2040/1/1。幾ら情報の伝達速度が上がったからと云ってラヂオも無い此の世界にテレヸ[注:映像新聞などを放映する機械。遺跡から出土した記録が残る。]などある訳なく、朝に寝室から出て居間に出た順に新年の挨拶を交わす。五人には年賀状が代替したという直接訪ねる相手も居らず、唯、徒然の中に炬燵蜜柑だけが再現された家に籠って他愛もない会話許り交わしていた。五人の中から訪ねたい人は居らねども、五人を訪ねたい者は居る。何時もの如く、溌溂な折畳狂いの王女が丸の内から山下六十七番地の此処へ遣って来た。
「明けましておめでとう」
其の王女を見て、今し方自分が思った再現には服装も含まれていると気づいた。今日の彼れは此れ迄の年明けよりも中々に元気そうで、シルは其の由を尋ねずにはいられなかった。
「今年で貴方達が此処に越してきてから四年になるもの。そりゃ嬉しくもなるわさ。思考だにしなかった事を思いつく貴方達には興味しか湧かないもの」
「例えばマコトが電子の発見をした事か」
誰かの声が聞こえた。
「正に其れよ。私の中で何の情報も得ていなかったと思しき人間が無意識の内に彼の様なきっちりした文体で論文を書き上げるなどとは思いもよらない出来事だったわ」と首肯した。
「……僕、論文書いたっけ」
マコトの言葉に、其の場が氷結した。皆、ダルンデネトに越す――否、其れ以前より様々な事象に対して記憶のよさを活かして来たヿを知っていた。……過剰ともいえる反応から始まった静寂の中の思案には、きっとマコトも人間であるのだから、忘れることもあろうと思い至ったものもあるのではないかと思える。併し、一度止まれば、再び動かすのは難しい。此の場は宛ら過冷却状態に衝撃を加えた後の如き…………いや、此の比喩は的を射ていない。私は何をすればいいのか、シルも、ミツグも止まっている。エリナーは好奇心の儘に喋って招いた事態の回収法を考えて、くつねは何ゆえかは知らないが、目を動かして、思考を巡らせている——されど、声は発されない。
冱てる場を融かしたのは、ピミャだった。
「……矢張り思えとらんよね」ピミャは予想通りの反応をしたマコトに説明を始めた。「国鉄の設立の署名の前、三年前の確か六月にマコトが書いたんだ。電子の性質と、使用方法と、取り出す方法……自分の知識が足りないから説明しきれないけど……沢山の事象が簡潔に書いてあった。圧倒的だったよ。エリナーは査読とか其れらしい理由付けて読んでたよね」
皆の視線がエリナーに向き、彼れは頷いた。
「読んだよ。あの論文……覚えていないようだから詳しく説明するけど、貴方が提出した国鉄の鉄道敷設計画の基となる資料には電子の存在を証明する論文があった。書いてある事は出来る限りの事は調べたけど難解だった……理解した途端に興奮したけどね。折畳以外で昂奮したのは久し振りだったなあ……。あ、論文の内容に就ては、本当の査読を担当する機関が論文を査読している内に、ダイヌ島異世界転生者特別居住区が発行した雑誌に似た事に関する論文が発表された事はあったけど、其れ自体取るに足らないものだった。でも其れに他では全くなかったから、其の論文は剽窃ではなく貴方の才能、と言えるものでしょうね。其れと、ダイヌの機関が発表している云うことは詰り、貴方は狙われる原因を自分で……いや、此れは関係ないわね。何う、思い出したか」
後悔しているのかいないのか分からねど、長ったらしく説明をしたが、話題から逸れることは防がれたようだ。
「今の所、はね。……何うして三年前に言わなんだ」
「査読が此の前終ったから」簡潔過ぎると思ったのか付け足す。「其れだけ理解し辛いものという事よ」
「覚え……覚えは……あ、あった。確かに自分の中で論文を書いた様な記憶はあるけど、他人の記憶としか考えられん。あんな方程式を書いて、証明もして……そんな事、自分に出来る芸当ぢゃない」
自分の知らない自分を意識していたマコトは自分の中に存在する記憶を認識したものの、実感が伴っていなかった。不安のあまり、彼れの蜜柑を剝いていた手が止まる。
「忘れていたとかぢゃないの」
優しい口調で発せられたミツグの言は不安を和らげれなかった。ピミャは何故忘れていたか、濫觴を探すべきか少し迷ったが、止めてくれた。私にとっては難有い。
「……大丈夫だって、マコト。怖がる必要はないよ」
彼れはマコトの肩を摩った。
「然うかな」マコトは又蜜柑を剝き始める。「僕が出自にも不安を抱いていると云うのに」
「其れを言うなら私もよ」ミツグが言うと、シルも頷いた。
「……出自が分からなくて何だ」ピミャは語気を強めた。「僕らは一緒に過ごしとる仲間だ。国鉄でも協力し合った。一緒に買い物もした。其れに出自が分からず不安を持っていたのは僕も同じさ。くつねと会う前の時期だったけんど、マコト、出自や諸々に不安があっても此処には仲間が居る。一緒に寝て、一つ屋根の下で共に生き、同じご飯と味噌汁とを飲み食うものが居る。支え合えよ」
「……」マコトは五人を見た。「其の通りだ。又後で、話してもいいかな」
「勿論」異口同音に言った。
雪を降らした曇り空は其処には無かった。其れにしても、一体誰がマコトが電子の論文を書き上げたことを記憶していたのだろうか…………………………




