第十六話「調査」(#44)
L’2039/9/9、於亜共和国加納県加納市中山区青畠二丁目。
巣立った燕の巣、畠の傍に生えた季節外れの猫じゃらし。恰も九月中旬、畠仕事を終えた彼れは生えた狗尾草を見て、懐かしい友人を想った。すると猫の鳴き声がした。彼れが其処に目をやると、間違えようの無い彼れの姿があった。
「久しぶりですね」
「然うだな、一年位か」
彼れのぢき足元に猫じゃらしが落ちた。
「という訳で、友人の井山蓆だ」
家の中、狼人が其の獣的特徴の無い「猫人」に紹介した。
「どうも。ムシロと呼んでくれ。此れは烏人だ。よろしく」
「……私はサイグサ。岸三枝、岸は苗字だ。サイグサと。よろしく」
其処迄言うと、猫人、サイグサは記憶と寸分違わない彼れの家を見て驚いた顔を見せた。
「何時も思うが何も変わっていないな。此の家の家具の何一つ変えていないのか」
「ええ。全く。教師を辞めても裕福にはなれなかったと云うのは何回も言った気がしますが」
ウィンは然う答え、茶を淹れた。其れを見て、サイグサは話題を振った。
「其れで、今日来た理由は〈エフューラ・テサノタ〉に就てだったね。彼れからくつねにかけたんだが、サラが入っていたと聞いた。本当なのか」
「本当です」卓袱台に茶を置いて彼れは続けた。「聞いたところによると、ファーヌ第三国立公園怪死事件に関わっていたようだとの事です」
「然うか。信じられなかったが真実は時として残酷な事を告げて来る……あ、ファーヌ第三国立公園怪死事件と云えば、君と……くつねとが働きに行った時に起こった事件じゃないか。会わなかったのかい」
「全く。彼れと連絡が途絶えたのは十二年前に於亜で隕石が落下して、あの頃サイグサさんとサラとくつねとの三人で住んでいた家が壊れてからですから」
「……今の〈エフューラ・テサノタ〉とか、然う言った組織が高額な資金を払って隕石落下を偽装した、とかとんでもない仮説があるが」
「小惑星帯から隕石を運ぶのは迚も魔法ではできない事位、貴方でも知っているでしょう。内惑星や、此の星にもトロヤ群があると雖も、約十年置きに来る隕石の落下を偽装するにかかる資金は今の国家予算の何兆倍もかかるんですよ。其れに大した宇宙技術も持っていない現状では、直に小惑星に接近することも出来ませんし」
「然うだな。有り得ぬ話だった。まあ、サラもくつねも、あの隕石からきっぱり連絡がつかなくなったからねえ。くつね君はウィン君とは連絡が取れたらしいが私とは全くだったし。跋渉していたとは露思わなんだ。今はダルンデネトに、其れに仲間を作って住んでいるとは全く考えられなかったよ。あんなに……」
「……」
ムシロの表情と視線とに気付き、サイグサは昔話を止めた。
「ムシロ君はウィンとは仲良しだったんだとね。見た時は驚いたよ」
「……何時もは夏の時期にしか来ませんから。最近は人態で居る事が多くなってすっかり人間になりました」
ウィンと同じ位の高さの声はくつねにも似て中性的である。其れは何やら後悔も含んでいた。
「気にすることは無いよ。……其れで、此の一年間で、〈エフューラ・テサノタ〉に関係する組織を調べてきたのだが、全く見当もつかない。異世界転生者の組織は殆どが前世が同じ世界であるとか、似た様な差別を受けたとかで結託したと云う経緯のものだ。斯う考えると明らかに〈エフューラ・テサノタ〉は怪しい。反って目を引くように作ったのかも知れないが、其の前身となった組織……例えば、郡郡木當村の……〈トリメネシュリファ〉であるとか、其の関連組織も調べてみたんだが、ほぼ情報が跡形もなく消されていてね。多分警察や対策本部がやったんだろうが……検閲をしないと宣言している於合以外では全く情報は無きに等しい。其れに関連組織自体も宇宙産業の推進をするもの、地下資源の保全を謳うもの、鉄工所など色々ありすぎて取捨選択に困った。其れに全て偽装している感じではなく実際に事業もしていた。取り敢えず、一年間で調べられた会社は十位だ」
探偵みたいだ、ムシロは分厚い資料を見て呟いた。
「俺も調べてきました」
何時調べたんだよ、とムシロは思ったが口に出さず、其の「星空偽装」に就てびっしりと書かれた厚い手書きと活字とが混ざった紙を眺めた。「くつね側でも何うやら調べてくれていたみたいで、其の情報もあります。此方では報道されませんでしたが、合為側には出十亜の爆撃機に似たものが落ちきていたてそうです」
「然うか。彼方も大変だな。其れで、此方の報告をすると……最初の事業所は人間と獣人との差別が残る地域にて相互理解を促す事を目的とした組織。二番目のはエディに本部があって、筆音遺跡の観光を担当している組織。三番目は建設事業ので、最近では於合国境に堰堤を建設する計画の施工を担当する事となった組織。四番目は本部が首都オアニスクで、宇宙に就ての周知を目的とした事業団体。五番目は宇宙の観測結果から人工衛星の計画をしている企業。六番目は多分〈トリメネシュリファ〉だった所だろう、於亜共和国、郡郡、木當村、字青石から汲んだ地下水を販売している有志連合。七番目は鉄工所。名前は分からなかったが、於合を越えて活動を行っている。八番目は造船所。九番目は共和国政府から地図作りの為の測量器具の開発を一任されている会社。十番目は法律事務所だ。此れ全て正式に認可されてやっているみたいだ」
三人の間に沈黙がずんと来る。
「其れじゃあ、怪しまれるようなことは何もしていないと」
「然うだ。政治活動もしているようではないし、会計も公開されていたから調べたが不正な所は無い。……手詰まりだ」
怪しくないらしいと云うことが解った。其の結果に今は満足するしかない。抑々怪しい処ばかりを調査しても肝心なところが等閑になってしまうのだ。
「では、今度は俺の調べてきた『星空偽装』に就てですね。合為の報道機関からの発表と、実際に現地で調べた時の情報があったので載せました。破損が一切ない爆撃機が落ちてきて壊れる事無く今も落ちてきた場処其の儘にあるそうです。模倣元と思しきデルトアの爆撃機も転生者の技術ですが、今回落下したものの材質は此の世界のもので、小惑星からのものだそうです。
星空偽装其の物は此の星全体に貼られている障壁を応用したものと解っていて、上空にあるものを地上から見えなくするそうです。併し此れには背景の星が明るく見えてしまうと云う弱点があり、写真を撮って普段の等級と比較すれば偽装されたものがある方向を中心に円状に明るくなる領域が広がっている事から今ではもう見抜けるそうです。此の技術ですが、於亜の期限切れの特許――申請したのは先刻の『四番目』の企業――が用いられていました。で--」
暫く討論は続き、ムシロは置いてけぼりにならざるを得なんだ。




