第十二話「絵画と爆破」(#40)
L’2039/7/2、ダルンデネト特別区、字屋下十二番地。休日の此の日、東門及び北門から王城迄の大通りに面した建物の間を北へ歩いて行くとある此の場所は、秘匿された場所の様にも思えるが、実際は絵を取り扱った店であった。くつねが何時も通っている店でもある。
道を通る者の足音、其の下を耕す虫人の音、甍を打つ雨の音。其れに紛れて、外套の擦れる音が聞こえた。足音は緊張を示していたが、小径に入った処で早足となり、歩く者は姿を現した。
「何時もの服」で、彼れは頭巾を脱いだ。
「……」
其処に耳が一対しかない人が居る事に驚いた店主だったが、何時もの様に物色し始めたのを見て暫く黙る。
昼間と云うのに薄暗い斯の場所は、唯の絵を売る場所では無かった。何より店の入り口には成人年齢に達さぬ者を検知する暖簾がかかっているのだ。
不意に人が店長を見た。其の手には何も無いが、其の挙動不審な人が口にした言葉は「爆発」の漢語だった。
正午を半時間程過ぎた其の時、字屋下の街道に面した一軒で爆発が起こった。其れはダルンデネト特別区の住民に認知されるに十分過ぎた。
「もう起こったのか」
最近、危険な組織を枚挙していた自分の頭に浮かんだ其れを杞憂であると確認したく、エリナーは駈けた。着いた時、其処は燃えていた。北門通と東門通とが字旅籠町で合流して一本の街道となり、西の王城へ向かう新城通と名が変わる所から直ぐ西の場所。町が出来た直後に造られた為無計画な街並みの此処には性的な店も多い。
併し、火元、爆発した処の店は正式に届出をした店だった筈だ。広告にあった住所だから然うだ。
既に消防と警察とが出動しており、周辺家屋の取り壊しを行っていた。炎も直に消えそうだった。
「あ、エリナー」と話しかけたのは近くに住まう、アルマダ・サトウだった。
「彼処って合法だったよね」
「私も然う思っていました」
瓦礫が動いたように見えたのは、アルマダの同意の直後だった。王女の頭にマコトが気絶し李茶奴が亡くなった……否、気絶したあの日の記憶が蘇る。瓦礫から出てきた人は、誰かに似ていた。
「くつねか……。否、別人……」
唐突に、瓦礫の中から立ち上がった黒い外套の人は声を発する。
「自家薬籠中之物」
「伏せなさい」
アルマダを巻き込み、倒れたエリナーは、倒れる勢いで下駄を地面に強くぶつけた。頭上を魔法の一閃[註]が照らすのを目が潰れんばかりの光に耐え乍ら知覚した。
下駄に仕込んでいた盾が展がる。縁が光る透明な壁に呪文は無効化された。
斯の一瞬の間に黒い外套の人は警察官達に取り囲まれていた。警察官の一人が不意を衝こうと「霹靂」と声を荒らげた刹那、晴天から電が急落する。間髪を入れず雷が聞こえる。迸った電流を受けても平然と立つ者はエリナーとアルマダとを除く皆だった。彼れ程の電流を受けても周りの警官が平気だったのは魔法で受けない様にしていたので当然だが、黒い外套の人は頭巾を焦がしたとは言えぴん〳〵して居た。驚愕に紛れても其処に緊張は有り、李茶奴の暗殺の如き惨憺たる様相を作り出さまいとして居る。
風が焼けた頭巾を拭いた。其処から現れたのは獣人的特徴を持たぬ頭。白くべた塗された様な短い髪。エリナーと同い年に見える女子の姿。首元は全く日焼けをしておらず白く、顔は少しメラニンの色がある。
容姿端麗、且、妖怪変化の様な眼差しを直に受けた者は硬直していた。雷を受けて後から出来た雲間から射す光が妖光となり、人を化かした犯罪者を彩る。
黒い外套の人は薄気味悪い笑みを浮かべ、縮地、と宣言する様に言い放った。辺り一面が照らされ、光が消えると、其処には焼け焦げた絵画と崩れた店舗とが積み重なっていた。雲は唯、風に流れていき、其の日、空の水が地に落ちる事は無かった。
而して外套の人は指名手配犯となり、くつねへの疑いは糸に織り込んだ個人情報と割り出された移動記録とで晴れた。何故外套の人はくつねに似た服装をしてくつねの行きつけの店に行き、何も言わず唯爆発の呪文を唱えたのか、一晩明けても未だ判らず。
「傷害された店長はもう回復したわ」
被害者の一人とも言えるくつねは何事も無かったかの様に、マコトに告げた。
「よかったね。今回のこと、若しかすると何処かのテロ組織の所為とか、可能性は」
「其れは警察の仕事よ。其れに今時テロ組織が活動出来るとでも思うのか」
くつねの即答に、彼れは深く考えるのを止めた。
「幸い茲には警官が居るし、首都だから違法の店舗は直ぐ閉鎖される。審査の元強いる事無く出来たもののみがダルンデネトの市場に流通している。心配する事は無いわ」
然うは言いながらも、くつねは今年は奇天烈な出来事が多いなと何処か落ち着くことも出来ず、曇り空を見上げた。
テロが頻発したのは随分昔だ。今、一つの組織が暴力の為に用意を整える事は不可能に近い。併し……人は抜け穴を見つけるものだ。
言えば、其れを言えばきりがなかろうと返されるのは目に見えていた。返答は、知りたい真実でもない。マコトは此処に来る迄エケメシャもまともに話せなかったのだ。本で知れる事実はあっても今まさに動いている、蠢いている「実」は知らない。
ずん〳〵暗くなる空に、遠い景色は隠されていた。




