第十一話「識別と折畳」(#39)
L’2039/6/28、合為王国、ダルンデネト特別区、字丸の内。今日も新聞紙が届き、風に鳥が歌っている。今日も金髪の女子は王女らしさを露思わせぬ服装で新聞紙を読み始める。
新聞紙に載る新聞は合為地域に要る事や他地域の事だ。頗る目を引く記事は無く、最後の面を見た時、興味を唆られた。
「『於亜個人判別装置導入』か」
其れは十一日に於亜が官報で個人を識別し認証する装置を導入すると決定した事を伝える、ものゝ数行の記事であった。其れで「個人の認証」と迄はいかなくとも、見た目から誰か判断がつき難い者の判別に使えるかも知れぬと云う発想に思い至った。
「情報を、糸に折り畳む……か」
思い付きで其の言葉を発した瞬間、自分の心が熱くなるのを感じた。何から始めたのかもう思い出せないが、自分は兎に角折り畳むのが大好きだった。熱中し続けて、地図に、椅子、機織り機、色々と折り畳んできた。此の凄さは誰にも理解出来ぬ。己のみ知るものだ。
決めたらば即行動す。何時もの五人の家に平日も居る人は彼れのみと既に知っていた。せっせと塀を、数籵の川を飛び越えて、木が青々と茂る川の土手の直ぐ横の字山下67番地へ向かった。
戸を叩く音の主は聴覚の発達した狐人には直ぐ分かる様で、戸を開け顔を見た瞬間既にくつねは嫌なものを見る目をした。併し其の実態は、立場に関係ない付き合いの人のみに見せる、厭悪に見せかけた面倒を見る事を仄めかす目。女同士の付き合いに、何故然様な目をするかは解らねど、其の儘考えを話した。
「くつねちゃん、今日の新聞紙は読んだかな」
「……梛流无弟禰杜自由新聞を全面読んだよ。行き成り何、エリナー」
振り回されそうな予感を感じている事を露も隠そうとしていない。
「於亜が個人を識別して認証する装置を導入したって新聞が載っていたじゃない、其れで聞きたいことが出来て来たんだけど、いいかな」
「別に、大丈夫よ。今日は私しか居らんし」
首肯したくつねにエリナーは先程思った事を包み隠さず話し始めた。
「くつねは、黒い外套を何時も羽織っているじゃない。其れでさ、人との区別がつき難いのではと思って、糸に情報を折り畳んでくつねの外套だと直ぐ分かる様にしたいんだけど、何うかな」
「確かに他人との区別がつかぬに困難を感じてたわ。私が初めて大人向けの商品を買いに行った時店内に入って頭巾を脱ぐ迄怪しい人間が来たと思われてたらしくてお店の空気が変になっていたわ」云った白皙の狐人は利点を理解した。「でも何うして、貴方が然様な事を提案するのかしらん」
作ってみたいから、と金髪の王女は白皙の狐人に間髪を容れず答えた。あの時のマコトの様に昂奮の口吻を洩らす彼れに気圧されながらも似た様な性格だなと思ったくつねは、勢いの儘承諾した。
難有うと抱き着かれたくつねは離れても動けず、浮かれた足取りで丸の内へと川を飛び越えたエリナーを眺める他なかった。エリナーは帰ると直ぐ様折り畳んでいた機織機を広げて手を動かし始めた。
自己の中には必ず折り畳みが存在し、新たなものを見つける度、旅する者が景色に感動する様に、一足先へ向かった事を実覚出来る。虚無と思われていた世界に、オコンネルが父として与えた愛と同じく、折り畳みは自分に灯火を与えてくれたのだ、とエリナーは鼻歌を歌いながら考えていた。
三日足らずで其れが完成した。




