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Earchlo  作者: 稲土瑞穂
第三章/空白の四年間
37/55

第八話「旅と故郷」(#36)

 L’2039/5/22。

 僕が居たのは草原であった。草莽の匂いが鼻を撫でた。其の瞬間、くつねが僕を見つけ、空から降りて抱締めて来た。くつねが大丈夫だったかと呟き、僕が頷くと抱擁の力が強まった。

 其れから暫くして、他の四人も見つかった。波無津の中に居たゞけ良かったが、エリナーやミツグの様に深い森や海の中に出現した者も居た。抑々彼処が何んな場所であるかはマコトとピミャとが知っている場所に似た場所である事以外一切が不明だ。くつねが、斯様な謎に頭を抱えて昔の友人が此れをしたかも判らないと云い、教会へ赴くことにした。

 サラは喫茶店のような教会で、緑茶を一服していた。家の物とは茶葉っぱの産地が違った。六人が入ると、懐かしい顔を見て彼れの顔が綻んだ。一方でくつねの顔は綻ばず、二人の温度の違う視線が暫し交差した。僕に似た青い目の女は、何故今更来たのかと云った。理由は決まっていると云わんばかりにくつねは強張った尻尾を緩めた。赤と青との組み合わせ、其れは此の二人と僕とピミャとの間とでは大きく違うものだった。

「貴方には聞きたい事がある。仰山ね」サラは其の問いに飲み干した珈琲カップを置いた。唯其れだけで、くつねは彼れが何んな反応をしているのか理解した様だった。「先づ、何うして、〈エフューラ・テサノタ〉に入ったのかしら」

「貴方には私がどんな人間であるのか理解出来ている筈よ」サラ・アンソニーは云った。「目的の為ならば全て利用すると、ね。今回は自分を利用した。其れだけよ」

 彼れは返答は終わったとでも云いたげに、六人を一瞥した。前に会った二人は、何かの差に驚愕した表情を見せていた。

「此処の勧誘にも応じないだろうし、貴方達、用が済んだなら帰るか此処でお茶でもするかすればいいわ。」

「……貴方は然う云う人間だからね、仕方ないね」くつねの耳が垂れた。「…………私を買った時と何ら変わっていないわね、貴方。人間であることも利用価値としてしか見ない、貴方が見せたあの時は何だったのかしら」

「貴方を利用できないと知ったら、最低限の知識だけは教えるべき、と思っただけよ」

 サラの返した言に、本当に不可思議な人間だなと思ったが、悟られぬ様に直ぐ表情を戻した。其れに気づけた人物はエリナーのみだ。くつねが、「帰るわ。五人共、今日はもうお終い。じゃあね」と、喫茶店紛いの扉の握り手に手を掛けると、四人も其れに続いた。

 エリナーの草鞋の擦れる音に紛れて、溜息が聞こえた。振返っても当然サラしか居ない。併し、表情は先程とは打って変り暗かった。

「此の街の概念が破壊される。貴方の仲間が移動の概念を改変した様に、此の宗教団体は、いづれ…………」

 其の呟きはつばくらめの鳴き声に搔き消された。燕の声が止み、雀が窓から入って来ると、其れに反応して厨房に赫灼たる陽の代わりの人工灯が点き、部屋を照らした。其れが照らした文字の、未だ乾き切っていない墨汁が明滅した。其の中の、「∫」に自分は既視感を感じてしまったのだ。

「何うしたの、シル。行くよ」

 くつねの言に建物を出た。だが……斯かる言葉は僕らの他には見えず聞こえなんだが、非常に不気味で、普段のくつねの言以上に重要な意味を含んでいた。

/*視点変更*/

 其れから、一夜明けてもくつねの機嫌は一向に直らず、私達五人は彼れに云われるが儘に、船も使わず川に沿って上った。幾ら下流とは言え、長い距離を歩くのは体に応えた。然う云えば、一日を帰宅に費やすのは可也久しぶりな気がするとミツグが云った。東川沿いには村が殆ど無く、話題をつくる為に口にした言葉は、六人の空気をよくした。

居敷の川って何川なのさとシルが尋ねた。同じだった筈、とくつねが答えながら私を見た。私は地図を取り出し、広げ、又喫驚する五人に地図を見せた。其処には確り東川と書かれていた。

「同じ川とは思えないね」

 土手も何もない川岸を進みながら、ピミャが言った。其れにつられて地図から視線を上げると、こんもりとして木の生える丘と、霧の籠った湿原が見えた。「あ、あれ、居敷村じゃないかしら」

 其の言葉通り、三人は懐かしいものを見る目をした。

「三年振りになるね」

 くつねが然う言うと、三人は信じられないと云う表情になった。我慢出来ず、ミツグは狼化して、二人は其の儘、居敷村へと駆けて行った。三人だけで過ごしたと云う廃村だ。龍鳴たつなき郡居敷村、其処の住民が消えたのは、嘗て、「人の国」と「君主制オア」とが統一され「アーウィック王国」となって直ぐの事だった。人を重視する異な国は、全ての住民が人で無い姿を持つ村には情報で穏便に誘い、確かに虐殺を行った。確か福島郡も其れで東村始め殆どの住民が国外逃亡した筈だ。当時の政策は全てアルマトン任せで父の管轄外となっていたとは言え、其の責任をとって父は数年間政の舞台を退いた。現在は郡長による会議に出席しているが、此れは其の反省であろう。

 然う思っている内に、掛けた三人を二人は追い、私もやれ〳〵と駆け出した。

 龍鳴郡居敷村は地質的にも古い丘の上にある。廃村になる迄、国が何う在っても一貫して湿原の生物が住む村であり、人間が住む事は終ぞ無かった。入れない仕来りがあったのだと聞いている。其の為の結界も此の廿年更新されていないから、三人は容易く入れたのだろう。私は少し距離を置いて、懐かしい村の儀式の場所らしき広場に坐って話し合う四人を眺めた。

 白皙の人が横に並び、貴方も入ればいいのにと言う。私が然うする必要は無いと答えると、其れが貴方の選択なのねと言わんばかりに彼れは鼻を鳴らした。赤い視線が四人へ向いた。四人は奇妙な言葉を交わしていた。音韻からしてエケメシャと違う。何かと思っていると時折知った固有名詞が出て来る。暗号ではなさそうだ。横のくつねへ視線を向けると、彼れは黙々且熱心に何かに注意を払っていた。

 川を上るのに時間がかかった為此処で夜を越す事になり、私は又言葉を聞いた。くつねも五人の円居に加わったが、意図してかせずか、何度か同じもの、恐らく単語を繰り返していた。翌日、帰宅してから、其れに就て調べ始める事にした。

――数日後、ダルンデネト特別区、字丸の内、茶室。

「エリナー、御帰り。波無津の調査は何うだったか」

 茶の無くなった湯呑を手にしながら、オコンネルが訊いた。

「えゝ、うまくできたわ。色んな宗教団体から調べて欲しいと言われた例の組織に就てもきちんと調べられたし、同行させた五人に就ても意外なことが解ったわ」

「空言ではないな」

 私が頷くと、彼れも又頷いた。こんな事を言う訳がないと信頼しているとは言っても、矢張り正確な情報が要る調査なのだ。今は無用の長物でも何時か役立つかも知れない、科学の研究と似た様なものだ。茶室から庭に出てみると、鹿威しが広い間隔で鳴り、滝が無機質な静寂に自然の静寂を重ねている。

「波無津の牧師がくつねちゃんの友人だったわ。十年振り位の再会が一昨日あって、何と云うか、きっぱり絶縁状態になったみたい。彼れはもう会う気も無いし、育ててくれた恩は全部返したって云ってたわ。牧師は国鉄のマコトとピミャとが言った通りの容姿だった。多分水龍人か人間かだと思うわ。其れと、波無津の鯨人の文化の批判が近々行われるらしくて、出版社に対抗散らしの依頼をしてきたわ。紙にかかった洗脳系の魔法の無効化の折り畳みが出来て楽しかった……此れは報告では無いね」

 私の言に、父は此方を向いて、エリナーの好きな事が出来たなら其れでいいと言った。

「…………」

 静寂。

「…………ああ、最近又『情報倉庫』に立て籠っている様だが折り畳みか」

「否、父さん、今回は違うの……例の五人の言葉よ」

「……ああ、然う云えば移住者だったな。身の潔白が証明できたからすっかり忘れていた。で、何かわかったかい」

「まんだ、見当が付いただけ。確証が欲しいかな」

「然う。検討か。確証が手に入るといいな。」

 オコンネルが期待を寄れて微笑むと、成果に期待してと、微笑み返した。

 庭の静寂を、異質な洋風建築の城が見守っていた。

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