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Earchlo  作者: 稲土瑞穂
第三章/空白の四年間
34/55

第五話「通話と発見」(#33)

 L’2039/5/22、オア共和国加納県加納市中山区青畠二丁目524番地。

電話が鳴る。特にすることも無く、図書館から借りてきた本の頁を確認して閉じ、ウィンは受話器を取った。

「ウィンパー・ロバートです」

「アーウィック王国、波無津郡波無津町字(くさぶか)・字䗪藪(しゃやぶ)公衆電話からです」

 名前を名乗ると、交換手がかけてきた処を読み上げた。以前交換手が名を読み上げた事が記憶にないが、外国からの国際電話は勝手が違うのかも知れないと思い、繋いで下さいと云うと、()の生徒の声が電話越しに聞こえてきた。

「もしもし、くつねよ」

「ウィンだ。……」

 沈黙の間に彼れは一ヶ月振りの通話の話題を探そうとしたが、くつねの方が速かった。

「……前に、今度は直接なんて云ったけど、結局又電話になってしまったわね。」

「あゝ、気にしないでいいさ。於合は電話線が繋がっているとはいえ別の国家だから、斯う、其の……越境も中々出来ないものだから」

 其処迄云って、ウィンはくつねがダルンデネトに移住した事を思い出した。併し今回は波無津からだ。くつねが分身する様な人ではない。魔法を必要としない地域に生れ、更に奴隷として服従の魔法と共に魔法の制限が長らくかけられていた為、空を飛ぶ以外の魔法は苦手なのだ。其れをウィンは知っていた。

「又一人旅か」

「又とは何よ、今回は同居人と、あと此方で出来た友人も一緒に河下りしてダルンデネトから来たのよ。と云うか……」慎重に言葉を選び、くつねは再開した。「……放浪癖があるとでも思ってるの」

「其処迄ぢゃないけんど、あまり縛るものが無いと何処へでも行くような印象がある」

 くつねが受話器の向こうで息を呑んだのが解った。今彼れを縛るものなのかもしれない、と彼れが思ったのは流石に解らないとは雖も、くつねは感情が大きく動くと逆に体は一瞬動きを止める癖があるのを思い出した。

「……まあ、同居人が私を縛っているものなのかも知れないわね。でも其れ以上に私は自分が過去の経験に囚われている気もする」確かにマコトたち四人は私が母親の様に見守っているものだ、と公衆電話の外の木陰で休むマコトを眺めた。

「確かにねえ……」ウィンは黒電話から目を逸らして新聞紙を読むムシロを見た。人化能力があるもの全てを人間と捉える自分の世界観は時代遅れなのかも知れない。「永生きの弊害だろうな」

「貴方の方が……いや、何でもない」くつねは日焼け止めを塗った自分の白い手を見ながら云いかけた。「……………………何か何時もの貴方らしくないわね。…………」

 ウィンはムシロが頁を捲るのを見て、話を変えた。

「旅行もいいが、此の前頼んだナオトのことは何うした」

「ああ、あの小父さんね。ちゃんと出発したよ。最短で二ヶ月だから、其方にはあと半月位で着くと思う。ああ、でも行程聞いてないから、正確な日程は不明よ」

 くつねは道路の向こうで楽しそうに燥ぐピミャを見た。ピミャは視線に気づかず、エリナーと追いかけっこをしている。

「ナオトさんとはどんな関係だったのかな。ウィンがそんなに気になって、私がよく知らない人あまりいないから、いいなら教えて欲しいな」

 ウィンは一呼吸置いた。

「天文台の台長だった。此の前君のダルンデネトの電話番号を調べた時には別人の電話番号になっていたけど、繋がった人に聞いたら住所を知っていたから運送会社の社員をしていると解ったんだ。此れで十分か」

「十分かどうかは貴方の決める事よ」

「はい〳〵、十分だ」ウィンは受話器を持ち換えて頷いた。年を数えるのを止める程長く付き合っていると云うのに相変わらず摑み処のない人間だ。

「そうそう、貴方に共有しておきたい、ダルンデネトの同居人と話し合った話題があってね」

 ウィンは急な話題の転換に一瞬戸惑った。

「……〈エフューラ・テサノタ〉って聞いた事あるかな。本当は此の前の電話の以前に話し合ってた内容なんだけど、同居人の内の二人が波無津に行く用事があってね、其処で〈エフューラ・テサノタ〉の教会に一寸入ってみたらしいのだけど、AFNFのテサノタ派のあの穏健な感じとはかけ離れた、中々胡散臭い団体だったわ。『葉野第三国立公園に異星人が居るから殺せ』と命令する組織なんて()()()()は然うでしょう」

「今は波無津だろう、確認はしないのか」

「女……でいいのかな、勘で、行ったら話したくなくなりそうだから」

 くつねは四人とエリナーとが公園の長腰掛けに座って憩っているのを見ながら云った。

「私からすればしたい事をすればいいと思っとる。けんど、情報が摑めなくて困ってるんだ」

「……」ウィンはサイグサと会った時の言を思い出したが、気が咎める。束の間の静寂の後、口を開いた。「此の前サイグサに会ったんだけどさ、彼れも関心を持っているみたいだった」

「意外だね。貴方の元同居人たちも考えることは似たようなことなのかな」

「まあ、ね。其れで、彼れの情報によると、此の三年でテサノタ派の皮を被った、ダイヌ島の組織のようだ。あのサイグサでも探れない程に規制が強いらしくて、組織の人員や規模も正確につかめていない。色々と噂が流れてるみたいだが、確証は何れにも無い」

 ウィンは又、ユクリフの事をも思い出し、溜息を吐いた。

「……あ、何だい急に。ウィンらしくも無い」

「いや、何だかね、最近〈エフューラ・テサノタ〉絡みの事が仰山だ思って益々疲れそうだなと」

「…………一つの事に関して、ウィンに対しての関係しか持たない人が、何度も同じ話をする、と」

 ウィンは彼れに腹を見られたように感じた。

「其の通りだ。くつね、お前は何う思う」

「私はねえ、……旅をよくしてきたから何と無く分かる気がする。抑々転生者に関して東側諸国の動乱が収まってからいい噺を全く聞かなくなったのが何か情報統制されているようで気持ち悪い思ってきたけど、此れは『悪い面』だと思うね。経験則の但し書きが付くけど、あのダイヌ島へ旅行した時に感じた黒さが濃くなってきた感じかな。生きた儘『殺される』生贄が其の内出るんじゃない」

「……然うか」

「他には何か、訊ねたい事は何か」

「……話すようなことは何も」

「然う。ぢゃあ、又今度ね」

「又今度」

 くつねが受話器を置いて公衆電話のガラス張りの部屋から出ると、憩っていた五人が駈けてきた。

「通話は終わったみたいね、くつね。貴方が行きたいって云ってた喫茶店風の――」

 エリナーが其処迄云うと、ピミャが公園の斜向かいに立つ人を指差した。

「あの人だ」

 シルよりも薄い青の目の少女は、日傘を差すくつねに気付いて、微笑んだ。シルは白皙の狐人の顔が、予想外の土手の決壊を目の当たりにしたかのように俄に青ざめていくのを見た。忽ち勢力を失ったくつねを見て、少女の見た目をした其れは、微笑みの顔の微を壊す程歪めた。

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