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Earchlo  作者: 稲土瑞穂
第三章/空白の四年間
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第四話「再開と青山」(#32)

 逃げた先は自宅、街衢の中の癒しの場処。寄生虫さえ人の姿を持つ此の世の常の事を久方振りに目にしたが、嘗ての様な驚きは最早無く、反って既に其れにさえ順応していた己に喫驚した。此処に住んで数十年になるが、何回も虫が人になったり昆虫が人になったりするのを見てくれば然うなるだろう。中でも鳥が人になるのは定期的に見てきた。

 烏人の彼れの名は井山蓆と云い、俺はムシロと呼んでいる。井山の姓の通り山の中の井戸の近くの家の出で、何時もは秋になると田圃の手伝いとして来てくれる。併し何故か今年は四月の下旬にやって来た。彼れの言に拠ると、「家のあった村が堰堤に沈むことになった為に家族が別の村に、此れ(ムシロの自称)は此処へ行くことになった」とのこと。

「……青山村だっけ」

「然うだね、此れの家族も其処に居たよ」

 俺は新聞紙を漁ろうとしたが、未だ記事になっていない筈だと云われて話を聞くこととした。

「堰堤は青山村を通る青山川の下流の……何て名前だったけ……然う、本川、本川の澪の掘り下げ工事と並行して建設するらしいよ。」

「冬には凍るのに、か……」

「まあ、其れは彼方の問題さ。其れで、説明会の時に、堰堤は村を遮る様に建設することとかと一緒に、『新素材』を材料につくる云ってたよ」

 混凝土。其の単語がウィンの頭に浮かんだ。併し漢字ではなく、キリル文字だった。

「こっ……混凝土、だったかな」 母語が出そうになったウィンは切り替え、於亜語標準変種で話す。「其の新素材はそんな名前だった筈だ」

「ああ、然うだった。混凝土。鉄筋も使うとさ」

 ムシロは其処迄云って、茶を一服した。二人は見つめ合い、何方かが口を開くのを待った。

「…………」

 烏人の種名に似て、井山蓆は目が黒く、髪も暗かった。酸化の光が二人を照らしても、ウィンパー・ロバートの髪が明るくなるよりは少ししか明るくならない。猩々紅の眼差しは人間態では獣化能力を持たない「純粋な」人間と殆ど変わらない人化可能烏人の一個体を暫く見つめ、同じ黒髪でも狐獣耳を持った四つ耳の黒狐人と較べた。違うのは遺伝子と魂と年齢と位で、容姿も、同じ服を着たらば全く同じに見えるであろう。

「ロバート家は何んな生業があるのさ」

「農業しかないね」

 ウィンは断言した。

「此処の蚓人は人化するのかい」

 救急俥の音が鳴り響き始める中で、蓆は窓の外の畠を見た。

「しないね。青山村でも然うだろう」

「然うだね。」

 ムシロは相変わらず畠を眺め、樋が水を流す音をずっと聞いていた。

「此処の政府の人権の思想って知ってるよね」

「……」何故今更、とまごついた気持ちを抑えて口を動かす。「人化しなければ人間ではないと」

「だから某の聚落とは違って、此れの村には此れしか住んでいない。水力発電推進機構からの説明会に参加したのも此れだけ。」

「青山村の蚓人が黙っている筈が無い」

「然うかな」断定を遮るかのように云われ、目を剝いた。「こんな所に来なければ誰も人化なんてしない。必要も無いからね。進化は偶然の産物だから、意味の無い進化もあると云うけれど、此れが然うだ。狼の儘でも、烏の儘でも自然は回るし、生態系も安定する。其れに青山村には『人間』は一人しか居ないし、家族は他の村へ烏として移住する。其の方が政が円滑に進む。然う云う事だ」

 反抗はしないのかと問うと、ムシロは俺を睨んだ。

「一知半解だね。強制だったから仕方ないさ」

ムシロは震えた。

「何処が理解できとらんと」

「混凝土」


――混凝土の強度は自然生物の堰堤より強力である。

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