表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Earchlo  作者: 稲土瑞穂
第三章/空白の四年間
31/55

第二話「とも」(#30)

 L’2039/4/18、オア共和国加納県加納市中山区青畠二丁目524番地。此の家にも暖かい風が吹き、順調に春への道を歩んでいた日の事。早朝からの畑仕事を終えて、出たばかりの太陽光を受けながら郵便受けを確認すると、購読している新聞紙が入っていた。取り敢えず天気欄を見ると、一日中快晴とあった。何時も霞んでいる南にある山迄もがくっきりと見えている。而して家に戻ろうとすると、古い友人が此方へ歩いて来るのに気が付いた。

「やあ、ウィン。五年振り位かな」

「あ、サイグサさん」

 其の友人はユクリフと音信不通だった頃に出会った人で、くつねの教師としてウィンを選んだのも又彼れだった。ウィンが狼人(おおかみびと)であるのに対し、彼れは猫人(ねこびと)であった。但し猫を髣髴とさせるものは其の五体には全く無い。此の人、(きし)三枝(さいぐさ)はウィンと出会った時既にある筈の猫耳と尻尾とが無い状態だった。

「手紙とか送れなくて御免ね」

 サイグサは道を歩いていたら何時もの人と会ったかのように声を掛けた。

「いえ〳〵、気になさらなくても。何回もあったではありませんか」

「ウィン君は変わらないね」

「俺は然ういう人間ですから」

 此れを終えると、サイグサは他に何も告げず、ウィンと共にウィンの自宅へと入った。懐かしいなと壁にかかる世界地図を見て呟き、暫く国境線が違った時代に奇特と褒められた思い出に浸っていると、何時の間にかウィンが茶を淹れた。感謝のことを云った後、其れに入っている茶葉が又嘗ての事を思い出させる。但し少し近い時代の。

「私が居ない間はくつね君やサラ君と会ったかい」

「いゝえ」

 ウィンは其の時代に四人――サイグサとウィンとくつねとサラとで一緒に過ごした日々を回想しながら発した問いに答えた。では他の、との質問にはユクリフにはと答えた。ユクリフとサイグサとの間に直接的な面識は全く無かった。ウィンが偶に話したりするのを聞いて知っているだけだ。

「黒い子だっけ」

 ウィンは首肯し、狐人だと付け加えた。

「奴隷解放運動の仲間でしたが、今の〈エフューラ・テサノタ〉に半ば強制的に入らされたそうで……」

 斯く〳〵然々を話すと、然うか、とサイグサは深く考える仕草をしたが、彼れの顔には〈エフューラ・テサノタ〉に就て詳しいと云う事が書いてあった。

「此の五年間で新興宗教にでもはまったのですか」

 サイグサはウィンに心を見透かされたかのような気分になった。其の猩々緋の目が笑っている時は此の「狼」の性が一番よく表れている時なのだ。併し慣れたのか、サイグサは凄みを利かせられて少しばかり経った時には肩の力を抜いた。

「ある意味では確かにはまったよ。でも何れも信じていない。飽く迄趣味として、其々の体系を調べていただけさ」

「流石に冗談ですよ」

「然うだろうなとは思った。私の知る〈エフューラ・テサノタ〉の情報を……君は信頼できる人物だから話すが、勿論口外無用。

 ……此の組織は元々出十亜、ベーリス湖ダイヌ島の自治組織だったらしくて、設立当時は君がくつねと観光で行った時の様に、排他的でなかった。でも此の三年、正体不明の人物が俄に表れて、此の組織にテサノタ派の皮を被せた。其れから内面が一切不明になった。私でも調べられない程に強固になったのさ。魔力、思想、此の謎の中心人物に関する話は全て噂話だ。正体を現せば其れ迄の話は蝋燭の火の様に忽ち消えるだろう。まあ、有力視されているのは『出流兎亜の魔王説』かな」

 其の言葉に、ウィンはデルトアの頃を戸惑いながら思い出した。抑々此の手の話題で然う云う「復活」の噂が流れるのは世の常である。其の噂が流れるのが何んな時であっても、あの人には其れが真実であってもおかしくないと思わせる力があった。彼れがそんな組織に居るとは思えない、と云うのは昔接した頃の彼れならばと云う話であって、人は簡単に気が変わるものと云う事を二人共経験していた。

「出所は判らないし、信じたくも無いけど、噂が流れる流れぬに関わらず、常に可能性としては存在しているのが厄介な処だよ、本当に。此の地域以外でも、有名な医者が出たりだとか謎の新種が発見されたりする度に某の魔王の云々と云われるけど……。まあ、デルトアの魔王説以外だとやっぱり、前世で天才的な頭脳を持っていた転生者とか、あとはテサノタ其の物、其れに転生者特別区設立以前に存在したダイヌ天文台の関係者とかだね。君が何時か勤めていた隕石予報の精度で名高かったあの天文台だ。併し、何れも噂話だ」

 考えても無駄。探り続けなければと解っていても正直気になる。そんなウィンに、サイグサは君の元同僚や上司を呼んで話をしてみたらどうかと提案した。

「確かに良い案ですね。まあ試してみます。……処で其のユクリフに就てなのだが」

「ああ」彼れは頷いた「当然邪推だが、()()()転生者らは既に既存の体制打破を目指して目下も水面下で活動中だ。其の妨害も暫くは持つが、民主主義には抗えないよ。其れで彼れらが転生者対非転生者の対立構造を自作自演し始めているとも思われる。だから其れに利用されることを意味しているのではないかな、と思うよ」

「有難う、サイグサ」

 彼れは然う云って椅子から立ち上がり礼をした。

「いや〳〵、其処迄することじゃない。此方こそ急に訪ねてきたりして済まなんだ。まあ……次は本当に連絡が出来るような状況になっている予定だから、今度こそね。また店に行きたいものだし。……ああそうだ、忘れるところだった、ウィン」

 サイグサは長財布に入れていた覚書を一枚取り出すと、彼れに渡した。

「ついでに調べておいたよ。君の大事な、唯一の生徒の住所。アーウィックに居るとは思わなんだけど、彼れの選択だからねえ。……じゃあ、又今度。御機嫌よう」

 礼をすると、彼れは扉へと向かった。彼れが出る迄、ウィンはユクリフが出て行った時と同じように挨拶以外静かに見ていたが、自分の秘密を知る生徒の現住所を手にして其の顔に浮かべる表情は違っていた。


 サイグサが帰ってから、ウィンは古い電話帳を取り出し、ダイヤルを回し、天文台で働いていた時の同僚たちに片っ端から電話し始めた。ある番号は既に無く、ある番号は別人のものとなり、ある番号はまだ在った。併し、〈エフューラ・テサノタ〉と係っていると云うものは誰一人居らず。最後の番号の人との通話の最後に尋ねてみた。

「久し振りの電話がこんなもので済まなかった。最後に、別の質問があるんだが訊いてもいいか」快諾の返事が返って来る。「合為との電話なんだが、繋がるのか」

 相手は、合為にも電話回線があり、国交が無い今でもつながると返した。

「難有う。又機会があれば。ぢゃ」

 終了を確認すると、早速回して又受話器を取った。

「ウィンだ」

「ああ、先生。ダルンデネト特別区に電話回線があるなんてよくご存じで」

 彼れを先生と呼ぶ人など一人しかいない。二人は色々な意味で特別な関係であった。共に過ごし、自我の崩壊を乗り越え、普通の授業もした。最早其れが過去のものとなっても、二人には、其の記憶が何があっても永く残ることは火を見るより明らかであった。

「天文台の友人に聞いたんだよ。後其の口調はやめてくれないか」

「ええ、そうするわ」然う云って狐人は口調を変え、見えないが目つきも自然体に変えた。「ウィン、何うして今固定電話にかけてきたの。私と貴方とには専用の携帯電話があった筈だけど」

「彼れは盗聴されるかもしれないから此方にした」

「ふうん、サイグサさんからの知恵か」狐人も彼れの事を知っていた。…………同居していたのだ。「あんまり穿鑿するのも面倒だから、単刀直入に、何の目的でかけてきたの」

「ダルンデネトの郊外に運送会社がある筈だ。其処に『ナオト』と云う小父さんは居ないか」

 其れがピミャがご存じの殆ど新聞紙の荷物を送り届けて居た頃に居た会社の社員であることは自明であった。

「おお、居るね。ええと……友人の先輩だ。…………詰り貴方の処へ行かせるように云えばいいのね」

「然うだ。話が速くて助かる」

「他には何か」

「会えなくて済まない」

「然う。戸籍があるって結構縛られるからね。わからなくも無いわ。其れでも元気そうで何よりだわ」

 狐人は急に友人或いは恋人の様に、今の様子に安心したが、ウィンは慣れていた。

「ああ、ぢゃあまた、くつね」

「ええ、今度は直接会いに行く。出来たらば」

 ウィンは受話器を置くと、電話線の先に居る筈の白皮症の狐人を想った。外に出る時は頭巾付き長袖の黒い外套で常に身を包み、彼れと居る時は時折右手を摩って思いに耽っていた。狐人の紅い目に悲劇が映り続けてきた所為か感情を見せなかったが、或日過去に気付き彼れに泣きついてきた。無きものがあると彼れは其の狐人から学んだ。誰も知らない筈の事を知っている二人。誰よりも多く犯した過ちを知る二人。其の過ちは誰の意志だっただろうか。

 ユクリフは彼れに家族は「此処には」居ないと云った。ユクリフの正体は迷い込んできた人なのかも知れないが、彼れも又或る意味では迷い込んでしまった人と云える。閉じた世界に楽園を築こうと足搔いた嘗ての仲間は悉く足搔きの際に捨てた泥によって足に火を点けられ足跡も燃やされた。

 ウィンは家を出て、雨が降り出すのにも拘らず、畦道を駈け、山を登り、月が隠れた山の上で、人の営みを一晩中眺めていた。「有楽山」と記された観光案内が大気の向こうからの光で煌く。

 其の山頂に人の姿をしたものは誰一人居なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ