第二話「会」(#02)
L’2036/4/20
―夜―
あれから幾度か村の周りを回った。町までの距離に関しては何も進展無し。只の湿地が見える範囲の全てを埋め尽くしていた。あの龍を見た頃は他の町迄の距離がわかるかもと期待していたのだが、結局あの光る龍は上空を通らず、星空の間を黒い大きな影が通るだけだった。
「今日も成果なしかあ……」シルが顔を曇らせた。ミツグは声を掛けるが大丈夫と返される。
「陽も沈むし、戻ろうか」
ミツグが話題を変える為に言った言葉に、二人は賛同した。
其の時僕の頭には、何処かの船乗りの言葉が響いた。聞いた事も無い筈の言葉。未知に隠れた既知の言葉のような其れに頭が痛くなるが、何とかして胡麻化す。こういう事が時々あるから困るのだ。自分が聞いたことも無い言葉でも意味を理解しているというのは気持ちの悪い。「此れ」の所為か時々言葉が訛る。二人には気付かれていないが、かなりえらい気分になるのには困りものだ。
「戻るよ、マコト」
「あ、うん」
シルが声を掛け、村の広場に戻った。
今日も特に何もない。何時もの通りだった。途中冬眠から目を覚ましたらしい蛇と出会って数分間頭を撫でて話をしたが、特に変わりはない。広場で寝る時の話も此の前の龍に就てだろう。あんなに光ってたから熱いんじゃないのとか、どうやって飛ぶんだろうとか然ういう他愛もない会話で眠りに落ちるのが日の常だと、寝支度をしながら考えていた。
殆ど変わらないものが結果した。殆ど、というのは夢を見たからである。夢は近頃見ていなかったものであるので自ら見たということに気付いた時には驚いた。何処か懐かしい夢だった。私は湿原ではない、此の村でもない別の処にいた。路が土瀝青――何故か解らないがこの表現が浮かんだ――で覆われ、燃える黒い水で動く頭と尻の光る機械や、光る家のある処だ。其の家も木では無い固い何かで出来ていた。其処は実に奇妙で、自分は此処に住んで居るのだと夢の中では信じて疑わなかった。言うなれば、別な世界か。星々の間を人が飛ぶという話もあった。夢の中で空を一人で自在に飛んだ。併し小さな「『」型の銃や光る機械が其処の私の命を奪ってしまう奇妙な世界でもあった。
目覚めは最悪だった。可也長く寝ていたらしく、僕は二人に叩き起こされた。ミツグによると、見慣れない人が寝床も無しに二人して寐ているという。其処に連れていかれると、日向に黒髪で黄褐色の肌の男子のような、同じくらいの年に見える人と、一日中陰になる木の下に、白か薄桃の肌の旅枕を重ねる狐耳の人が寝て居た。
「誰かしら」
「知らんよマコト」
「そら、他人と会うの初めてだし、ね。それでも其の答え方は如何かあなあと思うよミツグ」
僕達は二人が起きるのを遠くから見守ることにした。
/*視点変更*/
夢を見ていた。もう廿年以上前か……その位の頃の自分の夢だった。世界に絶望したころとか、仁徳を犯したとして刑務所行きになったときとかのものだった。生きるのに必死で他のことなど考えていなかったあの頃も、今ではいい思い出と言えばそうだろうが、今生を振り返って見ていたことに気付くと走馬灯みたいで気持ちが悪くなった。
其れを覚ましたのは最早然う呼ぶことが当たり前となった「太陽」の光と、其の熱だった。
「おはよう、くつね」
私に挨拶した優しい声の主は友人にして現在唯一の旅仲間であるピミャだ。此処から数百粁離れた町にて出会った、特異な生物の一種である火龍人の男で温厚な男だ。
「ああ……ピミャ、おはよう」
然う彼れに返し、薄く黒い外套を被り直して東を見る。未だ陽は低く、日の出からは然う経っていないことを未だ太陽に打ち消されず輝く内惑星「B」が教えている。
「また走馬灯みたいな夢かい」
彼は私の顔が暗いことに気付いたらしい。近頃こんな夢ばかり見る私をよく心配してくれるのは有難いが、正直気にしないで欲しいとも思っている。悩みがあれば此方から話す。だから特に心配も要らない。何時も彼には然う話すのだが、然ういうことは彼の性分に合わないらしかった。
「昔のことなんざ気にしなくてもいいよ」彼れは恐らく初めて、私が口を出す前に言った。「くつねも心の何処かで昔のことで悩んでいるんだよ、きっと。じゃなきゃ夢を見てもそんな暗い顔しないよ」
御節介だと分かり切っているという感じで話す彼に、また「心配は要らんぞ」と言ってやろうかと思ったが、其れは出来ないことである。きっと悩みを話すまで此の話題を続けるだろう。では何と言おうか。何時も夢に出てくるのは刑務所行きの列車だ。「過去の理不尽に恐れ慄いている」とでも言おうか。
そんな時、私は其の話題を切り上げるのに丁度良いものがあることを知覚した。他人だ。ピミャの方も何か居ることに気付いたようだ。合図もしていないのに同時に一瞥すると誰かゞ此方を見ていた。数人居たが、見た直後に視線に気づいたらしく、木に隠れた。
「誰かしらね」彼れは興味津々だ。人に会うことなど更々無かったからかもしれない。「あの人たちは何でこんな辺鄙な所にいるんだろうね、ね」
確かにおかしい。北西方向に一日も歩けば此の国の首都に着く。首都には家や畑、そして大便などの植物用の肥料も揃っている。態々此処に留まる必要は無い筈だ。郷土愛が強いなんてことも他の村ならあるだろうが、此処は十数年以上前に廃村となった。
「さあねえ……ま、行ってみようか」
彼れらは逃げていなかった。木の裏でぼそ〳〵と囁き合っていた。
「あ……」居たのは三人。男が二人、女が一人と言ったところか。声を出したのは目が濃い男だ。互いに同じくらいの年齢に見える。まあ、飽く迄此れは見た目の話であって、私みたいに違うということもあるだろう。「貴方達は……誰ですか」
「!?」ピミャは彼れが発した意味の解らない言葉に驚いたようだ。
「どうかしたのか」
「…………」
ピミャは其の問いに答えず、三人の内の別の一人……女が声を出した。
「あの、貴方達は何うして此処に?」
また意味の解らない言葉だ。
「ありゃ古典の語だ」ピミャが遅れてさっきの問いに小声で答えた。考え込んでいたらしい。
古典語は……私は話せない。今はピミャにしか解らない言語である。
「取り敢えず、ピミャ、何言ってるのか解るか」
疑問に答えず彼れに尋ねると、予想の通り頷きが返ってくる。
「じゃあ、此方から己紹介をするから三人にも其れをさせて」
相手も此方をまじ〳〵と眺めている。ピミャが彼らに数語発すると、相手もあゝ、そういうことが言いたかったのかといった顔をして長い文章を言った。
「彼はマコト、でこっちはシル、彼女はミツグだって。此の町から出たことが無いらしい」
彼は黒髪で黒目の男子、黒髪で青目の男子、狼耳の女子を指して言った。名の由来は何だろうか。全ての人が嘗て住んでいたという星の言葉だろうか?本当のことは誰にも分らないだろう。
「Eoroþe」
そんな言葉が口を衝いて出た。意は「大地」。天地に生きる私達を護る母の名だ。
「何て言ったのかしら」
黒い目の青年の男(マコトと後に名を知る)が何か質問とおぼしき事を言ったが、誰も答えずに旭の橙に染まった空気に消えていった。
/*視点変更*/
私たちは彼れらの奇抜な顔に驚いた。黒髪で黄褐色の訛った言葉を話すピミャという青年もそうだが、特に白髪に薄い肌に赤目のくつねという女は頭に附いた二対の耳が目を引いた。
彼れは私らに通じる言葉を話せないらしく、ピミャの言葉を介していたが、唐突に、英語のような、/θ/の音素を持った語を口に出した。彼女が何者であるかいまだ聞いてはいないが、妙に親近感が湧いた。おかしな感覚に首を捻るが、特に其の語に就て尋ねようとも思わなんだ。
「そういえば」シルが何時もの高い声でピミャに訊く。「地理に就て質問してもいいかな」
「いいよ」
「北西に町ってあるのかな」
素朴な、しかし大切な質問に、マコトとああ、其の質問をすっかり忘れていた、と二人揃って同じ顔をしてしまった。
「あるね。……くつね、――――――」
素早く答えた後、ピミャは彼に何かを訊ねたようだった。疑問符がついているようにも聞こえない奇妙な文だった。併し、ピミャの手振の癖から質問だと解る。くつねの発声が終わったのちに、ピミャは先程の答えに付け加える。
「北西に廿粁位、七時間ぐらい歩いて行けば着くよ。今は朝だし、憩っても陽が沈もうとする頃には着いているだろうよ」
ピミャは又訛った。特に気にはならないが、何と言うか、「また此の言葉を話せて嬉しい」みたいな気持ちが含まれていた気がした。
「別に行きたいなんて言って無いけれど……マコトとミツグは何うなのさ。行くかい?」
其の問いに賛成する人はなきにしもあらず。ミツグは苦笑している。
一方で、くつねとピミャの二人は、私たちに其の街の言葉を覚えさせるために暫くの「練習」が必要と云うことと、此処が気に入ったらしく、暫く住むことにしたようだった。
ピミャは、くつねの言葉を訳して斯う言った。町に行くには其の場所の言葉を知っておくに越したことは無い、と。
内惑星の輝きが既に搔き消された空の下で、数箇月に亘る練習が始まったのだった。




