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Earchlo  作者: 稲土瑞穂
第一章/空谷の跫音
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第一話「始」(#01)

L’2036/2/29


 一体何時(いつ)から此処(ここ)に居るのだろうか。本来は()の様な疑問が(うま)れてもおかしく無い(ほど)長く此処に居た。()の建物の外に行けば其処(そこ)が太陽系ではないことを示す光が数え切れぬ程、幾種類もの波長で届いているのを見ることが出来るというのに、其の(ころ)は、全く興味を持たなんだ。其処が地球でも月でも火星でも無く、自分の知らない、()る意味での「別世界」で、(かつ)ての場所と同じ三次元の空間と一次元の時間を持つということ(くらい)何時でも知れたというのに、何故(なぜ)か気付かなんだ。

「……マコト、入るよ」

 とある廃墟の町の家の扉を、青い目の、シルという名の者が数回叩いて開けた。()れが部屋に入ると、ぎし〴〵と床が鳴った。暗い家に一筋の光が差し込み、中に居た男の目を射た。

何時(いつ)も思うけど、マコトってこんな所にいても大丈夫なの?」

 空気が(よど)み、壁が少し腐った此の家に入ったシルは、其処に一人居る体育座りの此の男――マコトの健康を気にした。何も言わぬマコトだったが、舞っている(ほこり)を吸い込んで()()った。

「大丈夫じゃない……かな。」

 マコトは其の心配は要らないと告げようとしたが、ふらつきながら立ち上がって自分の体の異常に気付いた。

(何時もは気にするなとかいうのに……まあいゝか)

 シルに支えられ其の家を出た先は嘗て農村だった廃墟の町だ。当然と云うのも何だが、()れら以外殆ど人が居ない。そんな町の夜は、空が綺麗だった。其処には青も赤もある。

「星に興味があるの?」

 シルは()れの星々への眼差しを見て訊いた。少し微笑んだマコトの顔はまるで何でも知っているような笑みだった。

「そうだね……ある、かな。」

 マコトは具体的には、と続けようとしたが言葉が出て来ずに詰まった。何かが出てきそうで出てこない。思い出そうと下を向き頭を巡らすが、答えの出る前に「いつもの場所に行こうか」とシルが話しかけた。()れはまあいっかと考えるのを止めて唯、()うだねと云った。木も家も無い、広場にしては狭い処に向かった。

「遅かったかな」

 二人のでない声が聞こえた。マコトたちが振り向くと、其処には声の主である、見窄(みすぼ)らしい格好の茶褐色の目をした狼耳(おおかみみみ)の女――ミツグが居た。此の三人(みたり)が、現在の此の村の住人である。

「いや、大丈夫だよ。望月(もちづき)も南中してないし。」

 闊葉樹(かつようじゆ)に手をつけ息を切らしていた()れにシルが然う答えた。御疲(おつか)れさん、とマコトも声を掛け、外の様子はと問うた。

「やっぱり北側も湿地だった。いつも通り掘ったんだけど、一(メートル)は超えてたよ。やっぱり泥炭(でいたん)だった。植物も何時(いつ)ものが(おも)だったよ。」

「やはり歴史の古い湿原なんだね」シルは然う言うと、落ちていた枝を手に取り、地図を描き始めた。円形を書いて(しばら)く考えるが、()れはマコトの(こと)に遮られた。

「東西南北、方位に此処より標高の低い湿原が広がっているってことは、(つま)り……歩いて町を探すのは先ず湿原を抜けた方がよさそうだってことね」

 マコトが円のみの地図に書き加えた字は漢字だった。

幾度(いくたび)も川が蛇行しているって西方(にしかた)の探索の時に言ってたから、川に沿うなら長距離を歩かにゃならんし、突っ切るなら川を幾度か越える事になるね」

 シルは考えるのを止めて更に漢字と村から始まり真直ぐに出る矢印の記号とを書き加えた。

「突っ切るにしても町の方向が解らないといかんね」

 マコトは小枝を手に取りかかれた直線を消そうとした。

「でも、人が空を飛び交ってるし、其れから方向は割り出せるんじゃないかな」

 ミツグが闊葉樹から向かって来ながら云った言に、彼れは消すのを止めた。

「それだね、良い発想じゃないか」

 マコトは消しかけた字を書きながら感心した。其れが終わると、北西方向へ矢印を描いた。彼れらは度々人々が其方へ飛ぶのを目撃していたのだった。

「……距離…………」

「あっ」

 シルの呟きに二人は同時に声を出した。失念していたことに気付いて何うしようかとマコトとミツグは顔を見合わせる。

(さんじゅう)(キロメートル)迄なら何とかなるんだけど」

「食料ならまだあるよ」

 又呟いたシルにマコトが向くと同時にミツグが後ろを指差した。其処には字面の通りの「野菜」があった。

(ほとん)ど無いって此の間は云ってたじゃないか」

 感嘆符が付いたような云い方だった。

「探索は食料調達も兼ねるって貴方が云った事じゃないかしら」

 マコトが彼れに言った。少し嘲る様な口調だった。彼らにはよくあることだった。

「……そうだね」

 シルはしょんぼりとした。

(しばら)くは」ミツグは彼を慰めるように話を(まと)める。「探索は飛んでく人達の方向を確かめる、でいいか」

今度は疑問符の付いた様な口調だった。

 二人は同意し、彼らは寝ることにした。



L’2036/3/1の朝に、一番早く起きたのはマコトだった。

 昔ミツグが作った布団代わりの編まれた草がぼろ〳〵になっているのを見て、今度は此れを作らなきゃなあと独り言ちた。

「あ、おはようマコト。今朝は冷えるなあ」

「確かに寒いね」

 一番早起きと云ったが三人共起きる時間に然程(さほど)差異はない。シルは未だ眠たそうに微睡(まどろ)みつつ最後に起きたミツグにも挨拶をした。

「おはよう」

「おはようさん。……シル、疲れてるね」

「昨日は寝付きが悪かったんだよ、(たつ)(うるさ)かったでしょ」

「あゝ」

 二人は夜に一回けたたましい龍の鳴き声がして目を覚ましたことを思い出した。何時から此処に居るのかすら知らない三人にも、龍がずっと居たことと其のかしましさに勝る騒音を聞いた事とが無い程こととは覚えている。

「もう慣れたでしょ、何年此処に居ると思ってるの」

「鳴くのは自然現象みたいなものだしね」

 ミツグとマコトが然う言うのをシルは馬鹿にしないでよと云い返す。旭日の照らす何時もの朝の光景がそこにはあった。


 数日後の夜。

 三人は廃村ではなく、地の(たわ)む湿原の中に居た。十六夜(いざよい)の月が暗い夜空に高く輝く中、(あめ)を見つめている。夫々別の方向だ。

「村より寒い」

「当然やね。あ、来るよ」

マコトがぼやいたのをミツグがしれっと返し、空飛ぶ人が上を通る事を伝えた。

「北北西方向」

 地球のとは違う角度でかかる、可也明るい天の川にかかる影を見てシルが大きな声を出した。

「やっぱりそっちか」

(こんなに暗黒星雲が少ないとは……)

ミツグは考え事をしながら独ちた。

「場所移ろうか、あっちに大きい木が生えてる」

シルの提案に、二人とも賛成の意を示した。

 又幾日か過ぎて、日が出る頃となった。

 三人は冒頭でマコトが居た家の二階から出てきた。皆(はしや)いでいる。

「雪が止んでよかったね」

「まあ()れ程の吹雪は処方が無いしね」

 家の周りや、目の前にあるものの殆どが雪に埋もれていた。二、三米はあるだろうか。厚い雪に詠歎する中、マコトは陽の方に何かが在るのに気付いた。此れ迄見たことのない何かだ。

「何かしら、()れ」

 二人も彼が中指で指した方を見て驚く。旭日(よろ)しく光輝く大火球。――いや、火球などではない。戦闘機、のような速さで飛ぶ……

「龍……?」

 その呟きは誰が発したのか分からない程小さかったが、シルは、其の呟きに、自分がまるで此れ迄、此処に居た記憶があるその日から、自分が逸民であったかのように錯覚した。肺を冒すあの家の空気がいけないのではない。もし居るのならば――自分を此処に連れてきた人が悪いのではない。悪いのは自分なのだ。何も――少なくともこの周辺に就て以外、知ろうともしていなかった、其の、自分と云う人が。

 龍は鳴かなんだ。只輝き、旭日宜しく、東の空を照らし、其処に居た。


 ()れらが此処を深く知ろうとするのにはもっと時間がかかることであった。


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