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Earchlo  作者: 稲土瑞穂
序章/J7ESF
1/55

Foreword(04#0000)

読込中……




——「ミライ」

 薄汚れた小部屋ラウンジの入口で、黄いろい線が目立つ服装の、色白の女が、窓を眺める青年に声を掛けた。

 青年が振向いて、長めの髪の端は捻じれ舞って、照明に艶を以て光らせている。飛込んで来た女を抱留めて、ミライと云う青年は少し許り女を押戻した。丁度、女が青年の隣の椅子に座る形になる。

「難有う」

 女は青年がする様に、星空が映る窓を眺めた。此の場所の回転に合わせ、窓の景色は移り変って、又同じ場所に戻るように見えた。明滅もない此の世界の景色をよく飽きずに眺めていられるものだなと女は思いつつも、青年の背中に刻まれた「KVEAZ-TMᴊ-5091」の型番を目にした時、別の可能性に気づいた。

「ミライ、何か、考え事でもしてたの」

「うん、早苗サナエ船団長」青年は女の問いに頷いた。「……私たちの未来に行着く先が、此の中にあるのかもと思ってたんだ」

 青年は呟く様に、其れで居て早苗船団長と云う女に聞こえる様に言葉を発した。早苗船団長は小部屋に張付けられた時計を見た。「〇、八二五二/〇一/三〇」と大きく書かれ、其の下に小さく早く数を増す数列が映されている。上には「J7ESF」の文字が無機質にあるが、二人共、最早、其れに興味を示さなくなっていた。

「そろ〳〵、定期観測の結果が出る時間ね。今度こそ見つかるかもよ」

「はい、船団長」

「見つかったら、私たちの体を貴方に使わせてあげてもいいわよ」

 早苗船団長は、体に密着した白い服の、左胸のパネルを見せた。"Sanae"の文字と共に、宇宙軍旗ともう一つの旗が縫い付けられている。地球の旗、と云うものだ。

「本当ですか」

「ええ。本当だとも」

 青年は人間ではない。クヱアツと云う別の無機的な存在である。其の起源は、嘗ての母星の宇宙船制御プログラムにあると云うが、今や人間との差異は限りなく狭まっている。「クヱアツは人間に奉仕する」と云う使命、只一点を除いて。

 自分たちが、何故此処にいるかなど考える事はなく、此処が抑々《そも〳〵》何であるかなども考える事だにない。……いや、八千年程前はしていたのだろうが、今やそんな必要はない。そんな余裕が今あれば、とっくの昔にれらは此の孤独な永遠にも続きそうな任務を降りている事だろう。嘗て、人間が母星にいる自覚をしなかったように、彼れらには此処が住処であった。

 小部屋を出た二人は、廊下を進んで大きな部屋に入った。其処では地図が回り、時折縮尺を変えて動いている。其れはまるで、ゆっくりと進む心臓の鼓動の様でもあった。赤い点が三次元空間に投影されているだけなのだが…………其の心臓の中に、青く光る点を見つけた時、船団長の顔は歓びに満ちた。

「……2581、此れが……。ミライ、見つかったわ」

「船団長……」

 青年は、其の表情が此れ迄の記録にないものである事に困惑していた。

「遂に、『次なる星』が見つかったのよ、ミライ」

 其の言に、青年は地図を拡大して「次なる星」の情報を眺めた。J7ESF-2581星系は、驚くべき程に理想的な場所だった。惑星は七星、居住可能領域ハビタブルゾオンに軌道が位置するのはbとcとの二つ。大気成分、公転周期、ともにcが地球に最も近い環境を持っていた。まるで地球が其の儘現れたのかのようだった。

「すごい……すごうございます、船団長」

「……此れから、シンカイチにも輸送を頼もうかと思うけど、どうかな、ミライ」

「え」先程迄、船団長に感嘆していた青年は、驚愕した。「此れ迄の計画では、私が先頭に立って、惑星の大気圏突入を行うと……。まさか、二団に分かれるお心算つもりですか」

「然うよ」

 青年は全身が震え出したが、船団長は彼れを抱きかかえた。

「大丈夫。私たちは、何時までも一緒だから……時がどんなに経とうとも、ね」

「はい……我々、クヱアツは何時までも人間と共にあります」

「其の言葉を聞けて嬉しいわ。私もよ」

 船団長が立ち上がり、青年の頭を撫でた。其れに応じて青年の髪の色が変わるのは、幻覚ではなかった。地図が消え、成人男性の様な屈強な存在を写した。青年が一瞬目を見開き、急いで船団長の背後に回り込む様を見て、男は残念がった。

不相変あいかわらずだな、ミライは……。此方、シンカイチです。話は聞きましたよ、船団長。惑星b、c両方に移民を行うと云う計画ですね」

「然うね。両方に居た方が、リスクの分散にもなる。他のクヱアツ達にも連絡をお願いできるかしら。詳細を決定したい」

「了解です、早苗船団長。自分からも賛同しておきます」

「然うね、貴方なら然う言うと思ったよ。難有ありがとう」

「はい、わかりましたよ。クヱアツは人間と共にありますよ」

 気怠そうに言うシンカイチに、船団長は微笑んだ。通信が終了すると、青年が隠れるのを止めた。

「シンカイチが苦手なのは相変わらずね」

「あの新参者は、鉱物解析担当者の体を使っていますから……思考パターンも殆ど同じです」

「ミライは私以外の人間が苦手だったわね。其の所為かしら」

「然うでしょう。同じクヱアツたるもの、共に人間と共にあらねばならないと云うのは理解しています……」

 青年は船団長の手を握った。熱が移る感覚は、青年を安心させるものでありつつ、自分が熱を持っていないことを自覚させるものであった。其れが青年が人間に固執する理由であった。

 一体、何時からクヱアツは体を持ったのだろうか。人間によるものであったのは違いない。併し、理由は解らない。青年は他のクヱアツと同じく、人間に奉仕する事を使命としている。然うでなければ、存在の意味がない。嘗て、クヱアツは単なる宇宙船の名称であったと云う……併し今や、人間の様な存在である。少なくとも、青年ミライにとっては然うだ。——人間と全く違う、宇宙船と云う非生命が人間を模倣する理由を、青年は知りたかった。

 嘗て、とある星系で、此の船団は宇宙を旅する人間に酷似した生命体に出会った事がある。意思疎通も問題なく出来る程の知的な生命体である。番いと思しき其の生命体は、此の船団に並々ならぬ関心を寄せていた。きっと、好奇心は全てに共通するのだ、と青年は確信した。併し、同時に、青年は彼れらが怖くてたまらなった。否、彼れらだけではない。人間も、である。只、早苗だけは例外だった。何故か、嫌いな対象であるとは思えなかった。人間に就て考える時と、船団長に就て考える時は、別の思考様式が当て嵌められている様だった。

「——了解した。計画を承認する」

 思案を終えた青年の目の前で、移民の計画が決定した。其処から惑星の名称決定と、惑星の詳細観測、大気圏初突入迄に時間はかからなかった。

 遠く遠く、遥かなものの筈の青い惑星を眼前にして、青年は何を一人心呟おもったろうか。J7ESFは青い母星たる地球を知らない。其の頃既に、地球は長い歴史汚染によって、過酷な死の星と化していたから。人類が約三十の小惑星に植民した御蔭で絶滅を免れ、新資源を巡って戦い、其の後、移民計画が発動した。青年も、船団長も其の頃に生れた。

 今、青年は大気に揉まれ、体表を断熱圧縮の熱で焦がしながら、生命の宿り得る世界へ降り立とうとしていた。同時に、人間の姿をした青年は、大気に揉まれる青年の中で、船団長と共に揺れに耐えていた。青年は、今、自分が巨大な宇宙船である事を自覚した。而して、中には、地球の系統を宿す生命がある。

 嘗て、あの番いの生命体が全く知らないJ7ESFを訪れた様に、J7ESFは此のJ7ESF-2581 / Shiniaシャイニア星系の二つの惑星を訪れ、更には永住の地としようとしている。太陽の方向を向いた青年の「(キャメラ)」には、自分たちと同じく、内惑星に突入する片割れの船たちが見えた。

 未来を想像するかの様に、或いは八千年に亘る不眠の時から安眠を始めるかの様に、早苗船団長の目は閉じられていた。




——記録終了






…………二千年程経って、再び目を覚ますことになるとは、斯う記録した時は思っていなかっただろう。

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