第二十四話「ひらく」(#28)
年が明けた、L’2039/1/5。嘗てくつねが乗ったあの路線を流用した二号線と、新規の路線三・七号線の乗換駅である、平墾駅。此の日に開業を予定していた六路線の内、二号線はまあ、察してくださいと云う感じだが、三号線から七号線の五つの路線は無事に開業した。式典が無い、と云っていたのは一号線のことだけだった故此れの式典はあった。
其の式典の中で祝辞をしたのは警察に守られたオコンネルのみだった。国鉄の代表者は決まっていなかったらしい。来賓もおらず、五人は一観客として粛々と進む式典を眺めたり拍手を時々したりするだけだった。同時に、平墾電気鉄道というのも開業した。式典が無かったものの、「世界初」の私鉄らしく、沢山の記者が来、筆を走らせ、撮っていた。
然して、四月一七日、一号線も延伸を終えてやっと開業した。皆は新しい方法で使われ出した科学の力に次第に慣れていき、客足は伸びつつあった。
―2085年(紀年法不明)夏、ディ・クロフト島(Di-Clofut)―
然う、科学の力。異星人の技術でなく、人類が発明したものでさえ、ある時は「誤っていない」用途で使われることもある。例えば、今、僕が居る此の地域のような。
広大な平野の森の中に、無理やり作った町と無理やり通した市電の路線がある。一見廃れた町のような此の場所から辺りを見回してみる。目の前には市電の駅があるが此方に路線は続いていない。「Grenouille」と看板に書かれているが、此れが此の終着駅の名前らしい。隣には車庫への引き込み線があるが、線路は錆びて、忘れ去られた物事が何とかして其の存在を主張するかのように、錆びていない処がぎらぎらと陽の光を反射していた。
後ろを振り返れば丁字路が直ぐ其処にあり、「Traim」、「3seDy」、「ペットショップ・Pieuvre」と幾つかの看板が読めた。併し其の丁字路の左右に行っても此の廃屋以外何もないことは知っていた。其れに今は手に花束を抱えていて、予定の時間迄一時間、残りは少ない。こんな風に語り手をしているのも、暇だったからだが、時間の過ぎ去っていくのが思った以上に早かった。何もない、改めて其の言葉を反芻すると、「見えないものはつくらない」、そんな言葉が頭をよぎった。
道なりに歩いて行くと、次の駅が見え、看板には「La Lac Oars」とあった。何と云うか、素人だな、と云った感想を抱くような駅舎だ。基幹バスの停留場のように簡素であるが、椅子も歪であった。
湖が左側に見え、右には二面程の崖がある。崖の方に行くと、狭い道があるので其の儘道なりに、半時間くらい歩き続けると、平野に出る。其処にはさっきのとは違う湖がある。其の湖畔には、石碑がある。たった一基、其れは此の星の文明の元となったものを象徴すると云っても過言ではない。
「久しぶりだな。三人はあそこで元気にしているみたいだから安心しな」
僕は読んではいけない碑文を読まず、花を添えた。合掌を終えると、ある知り合いの声が聞こえた。
「サカエ」
此の声は段々と近づいてくるがある意味では遠い。声の主が蛸のような外見だからだ。だからと云って悪魔の使いでも何でもない。五人のあの龍人のように、原住民である。
「あれをするのね」
僕は此の蛸の一個体を、“彼女”と呼んでいた。僕は振り返り、地上に上がっても形が崩れていない“彼女”の言葉に頷いた。
「三人の為だよ」
「…………」
“彼女”は僕を睨んだ。
「まあ、あんたならやりかねんな」
「よくわかってるね。来た理由は彼れの弔いだけじゃなくて、君に此処いら辺の事を教えて欲しいんだ」
「此の星、でいいかい」
僕が頷くと、“彼女”は此の諸島だけでなく、東西両大陸に就ても語った。
「中央諸島ではCUAVRAC-OCが此処を歩き回っている。ああ、あのペットショップが本部になるらしいよ。で、CUAVRAC-OWが西部大陸に設置された。東部大陸では長年ウィルト山脈に阻まれて侵掠出来なかった最後の小国のトゥーレ公国が併合されたとさ。聞いたところに拠ると、テールトニャ平野でつくった爆弾を一年かけてウィルト山脈に運び、爆発させたんだってさ。此れでキャーロの国家はたったの三ヶ国になってしまった。勿論此れもCUAVRAC系組織が関わっているらしい。」
“彼女”は一回足を延ばしてから、蛸であれば口がある所から紙を取り出した。
「三人の居るところに手を出すらしいよ」
“彼女”は僕に目につく散らしを渡した。頭のおかしい色使いで書かれた題は、「外惑星探査機計画続行決定!」とあり、下には『Wolf計画/着陸機WLand(仮名称)により――』云々とある。2090年の着陸を目指す、とある。
「陰謀論が現実になったみたいな世界で暗躍する組織がこんな重要な事を秘匿しないなんて珍しいね」
「……民衆を馬鹿にしたからもう隠す意味は無いと云うことかもしれぬな」
彼れは然う云った後、僕に交換の条件として三人の話をするよう求めた。勿論包み隠さず話す。マコトに正規の手段で僕が得た土地を譲渡したことも、鉄道の敷設が始まったことも。
「そうか、鉄道ね。まあいいけど、三年で変わるんだねえ……彼はもう十五歳かしら、もう大人だねえ」
「鉄道も44年には今の路線は全部完成するだろうよ」
“彼女”は、マコトたち三人の成長をずっと見ていたわけで無かったけれども、逆に間が空いているから反って三人の印象を強めているのかも知れない。例え別世界の人間とであっても、別の生物とであっても、友情が芽生えることを示した“彼女”は、彼れへ何かの恩返しをしようとしている、其れは“彼女”の言説が示していた。
然し其れは僕によって妨害されてしまうであろう。悲しいことだが然う決まっている。“彼女”の望みは三人が此処に来ない限り達成されない。然して此処は■■■である。
「次は何時来るかい」
陽が沈み始めて、“彼女”は僕に然う問うた。
「次は、誰かと一緒に来ようかなと思ってるよ」
「自分の信者でも連れてくるのかい」
僕の隠し事も“彼女”には御見通しだ。だから正直に言う。
「……そうかも、でも僕は今話題の英雄でも、と思っているよ」
然うか、じゃあ長くなりそうだねえと“彼女”は云って、夕暮れの湖に戻っていった。
――科学の発展に寄与したあの、地球に人が住んで居た頃の英雄、と云えば彼れが彼処で出会った白い狐の女もきっと知っているだろう。何故なら彼れも転生を経験しているからだ。而して苦しみとは何か、身を以て知っている筈だ。目覚めることを禁じられた苦しみと共に。……僕がダルンデネトで彼れにマコトの名義で買った土地の書類を渡した時、然う言う経験を示す頭をしていた。其れに然う言う話も三人に示唆していたみたいだし、此処に来ることもあるかも知れない。
併し、五人も“彼女”も、二度と地球が生命を育めないことは知っていても、一英雄が今何処に居るかは知らない筈だ。彼れの死は公には西暦の時代となっていても、当時の行い或いは風習は、当時の其の瞬間に遭遇していなければ、ましてや関係者でも無い人ならば絶対に知らない。
皆、知ろうとしない限り無知であることを知らない。三人を生み出した組織は其の好奇心によってあまりにも無知すぎることを実覚しているものの、他の人々は何もかも知らない。何故僕が「浄化」の流星群を降らせるようになったか、どちらの月にも兎が居ないか、魔法と云うものが生まれたのか。英雄が今何処に居るか。……若しかすると、自分も人間を見下していて、誰かが其の英雄を連れ出している、或いは英雄自身が逃げ出しているのかも知れないが。
英雄に久方振りに会いたいと云う私的な感情もあったから後者は避けたかった。会ってどうするのかと言われても殆ど決まっていないが、一つはすると決まっている。彼れに今の人間に就て説明する。其の後何ん編ん反応をするのかは知らない。併し、彼れはきっと斯う言うのだ。人は孤独ではなかったと。




