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Earchlo  作者: 稲土瑞穂
第二章/首都の生活
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第二十三話「かへらざる」(#27)

 L’2038/7/17、ダルンデネト特別区。休日で、五人皆ゆったりと過ごしていた。或る者は図書館へ、或る者は川沿いを散歩しに行った。私はサングラスをし、長袖を着て家の屋上で空と太陽とを眺めていた。

 太陽は既に南中を過ぎ、積乱雲や積層雲に時折隠されながら、此の甍が争う町だけでなく、他の国をも、此の星全体を温めている。当然だが、此の太陽の光をプリズムに翳すと、地球の太陽と少し違う場所に暗線が現れる。然うだ、もしかすると此の虹は地球では見えなかった波長も見えているのかも知れない、などと思ったり、普通に雲を眺めて、此の星の自転に就て考えたりする。

 快い天気に無風。服装が黒い外套なのだから当然暑い。脱ごうとした処で日焼け止めを買い忘れていたことを思い出した。

 急いで屋上から飛び降りると、マコトが夕食の為の薪割りをしていた。久しぶりに飛んでいる私を見たからか彼れは斧を動かす手を止めて此方を暫し見つめた。私が日焼け止めを買いに行くと伝えると、彼れは唯、気を付けてとだけ云い、急いで道を走る私をじいっと見つめていた。

 白皮症の疾患のある個体に転生したのは久方振りであるが、此れ迄の殆どが日焼け止めの無い世界であったのを昨日の事のように思い出す。解脱の出来ない愚か者に留まり続ける此の生命は、一体何の為に此の世界へと転生したのか、幾度も繰り返した筈なのに、居敷村で三人と会ってから……否、其れ以前ピミャと会ってからずっと気になっている。まるで赤外線や紫外線の存在に気付いたように、今まで見たことの無かったものへ視線を向かわせて視野を広げる、其の様な存在が彼ら四人なのかも知れない。私は彼の四人を何う見ているのだろうか自問してみる。殊にマコトとピミャとには母親の様に接しているが、其の理由も正直よくわからない。ミツグには同じ食肉目の生物の特徴のある人間として共感しているような気もするが、本当に理由は其れだけなのか。考えても埒が明かぬと思いながらも、気づきの快楽を求めて物思いに沈む。

 今生の子供の頃、自分は他の世界、或いは転生輪廻を含んだ世界観を知らなんだ。転生(てんしょう)、不思議な響きを持つ様に思える言葉が強制収容所から逃げ出し奴隷売買所で目覚めた時に思い出した記憶の説明に最適であることを知った時は、確か、於亜で教育を受け始めて数カ月経った頃だったか。当時は自分が異常なのだと思い何も云っていなかった。併し、此の星――此の言語の「星」と云う語が示す概念が他生のものと違う可能性もあるが――の歴史を学んでいた其の頃に、先生に覚えている限りの私の記憶を吐露したのだ。先生に正直になってもいいと言われた事も一因であろう。其れ以上に、魔王などと呼ばれた強力な存在が崩壊してからの「近世」の、出於合枝とも云う東側で一時的に主導的な立場に立った人々が、今生と異なる物理法則や此の世界の何処にも類型の存在しない言語などの記憶を持つ、所謂「異世界転生者」であると主張していることに影響された事も大きかったのだろう。而して、其の先生と一緒に於亜から遥々出十亜へと歩き、当時設置されたばかりのベーリス湖ダイヌ島の転生者の特別区にも行った。異世界とは云っても、数え切れない程在るから其処の多くは初見だったが、懐かしくもあった。併し、懐かしくとも其れが異質であることには当然変り無く、私は今生に耐えられない人たちの逃げ場だと考えたことをはっきり記憶している。私は此の白皮症の狐人の体に慣れたが、然うでない人も居るのは当たり前と云えよう。人に完全など無く、忘却も恐怖もする。


 思案に耽りながら日焼け止めを買って店を出ると、空は快晴で、日輪が数分かけて届けた光と熱とが空の何にも遮られること無く届いていた。日焼け止めの効能を直ぐにでも試せそうな日差しだ。午後の賑やかな街を歩くと、道端に屯して楽しそうに過ごす人が目に入る。此の人たちも知らないだけで前世があったのかも知れないが、今商う様子を見ていると、前世や今生で悩む私のような転生者が馬鹿々々しく思えてきた。私達には此処があり、嘗て居た処など最早記憶の塵芥と化すのだろう。唐突に彼処で前世が思い出されたように、あんなに歩いて知り尽くした筈の前世も、初めから無い幻影なのかもしれない。幻影など、唯あるだけの虚構に等しい。

 家に帰り日焼け止めを塗って庭に出ると、半袖のシルが花を植えていた。然う云えば、何か用事があるのは四人で済ませることが多かった。気の所為であろうか、彼れはダルンデネトに来てから一人で居ることが多かった印象もある。腰を下ろして彼れが蒔き付けるのを見た。

 彼れは科学に興味津々のようで、エリナーに拠ると王立図書館に行って植わっているカキツバタを見るなり興奮して俄には信じ難い、植物の彼方此方を触り出して植物に関する沢山の知識を詰め込み始めると云う行動をとったらしい。確かに此の前、今迄何回も見てきたであろう雨を見て興奮しだして家を飛び出すと云う異常な行動をした。彼れは普段は大人しく静かに熱中しているが、何処かぶっ飛んでいた。然ういえど、彼れは一回其れをすると飽きたようにしなくなる。マコト以上に不思議な人間ではあるが、少々扱いにくい。ミツグに聞いたが、居敷村ではそんな行動を示さず、年長者のようにしっかりした姿勢で三人の指揮をとっていたそうだ。私の実験でたかが外れたのかも知れない。

 彼れが植えている花は向日葵である。夏を感じさせる典型的な花の一種だ。此の花は私と対照的で、太陽が大好きらしい。基本的に生命は太陽を必要としているものだ。私だって本当はお日様の下で遊びたいのだが――其れが叶わないことは自明だ。

「ねえ、くつね」

 向日葵の種を植え、如雨露の水をかけ終えたシルが尋ねた。

「真剣そうな顔して何を思うか」

 然う云って、彼れは静かに答えを待った。私が自分の過去と貴方の事だと答えると、彼れは唯然うか、と云って如雨露を地面に置いた。

「くつねは何時も然うやって五人の事を考えているんだね」

 何時になく優しい口調で彼れは云った。其れが私の拒絶したものを想起させるとは勿論気付かずに。私は其の優しさを拒絶したから奴隷になりかけたのだ。

「ええ」

 然う頷くと、彼れは私の意を汲取ったのか、如雨露の話を始めた。如雨露は以前私がつくったものだ。

「僕が気付く前に、要るかもしれないと云って此の如雨露をつくってくれたんだよね。くつねは本当に気が利いて、色々なことを先回りしてやってくれている。でも、其れでくつねは本当に自分がしたいことを出来ているのか、甚だ疑問だね」

 仮面は剝がれると、婉曲的に云った意図も解るが……然う言おうとした処で、彼れは先回りをした。

「何回も僕達が自由に行動できるようなことをしてくれた理由もわかる。何回もくつねの魔法の実験台になったから、何と無く、くつねの内面が解ったような気がするから」

 彼れには精神系の魔法もかけた。其れで知ったのかも知れないと、逃げる様に思考した。

「此れからは実験台以外の面でも役に立ちたいなあなんてね」

 其処迄言うと、シルはやおら立ち上がり、家に戻った。私が家に戻ると、彼れは何事も無かったかのように夕飯の準備を始めていた。私に云いたかったことは結局其れかと緊張が解けた。私が無理していることに彼れはとっくの昔に気付いていたのだ。

 其の日の夕食には、やぐるまぎくがあった。

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