第二十一話「をとめ」(#25)
L’2038/5/4、合為王国、波無津。昨日僕達は一旦湾に出てから、此の町に着いた。交渉相手でもある鉄工所は結構大きく目立っていた。創業から長いと云う其れとの交渉は想定通りに進んで昨日の内に済ましてしまった故、今日は一日中町の散策となり、今は汐風の吹く波無津の町を歩いている。
「ねえ、マコト。あの教会って何のかな」
僕はマコトに、町の路に面した、教会と扉に書かれた異質な陸屋根の甍づくりの建物を指して訊いた。
「……僕らの家みたいだけど……あ、『テサノタ』って書いてあるよ」
彼れは其の扉に『テサノタ派』と漢字様文字で書かれていることに気が付いた。
「読めるようになったんだね」
「そりゃね。元が象形文字と云っても漢字程多くの読みがある訳でもないし、一般に使われずにいて用途が限られているみたいだからもっと簡単だったね。君の云ってた悉曇文字的な感じだろうね」
余裕をかます彼れには図書館にある粘土板を読ませようかな。きっと彼れは其れを読む為に今以上の意味を覚えなければならぬに驚愕するに決まっている、なんて云う邪念が頭をよぎった。
「……現代では然うだね」
彼れの言う事も正しい。然う思っていると、彼れは見当違いの事を尋ねた。
「処でテサノタって何かな」
「……知らないの」
「聞いた事無いから」
僕は呆れた顔をした。彼れが図書館で呼んでいた本の一冊に神話に就て書かれたものがあったが、覚えていないらしい。
僕は教会の枯れかけたフクシアを指して言う。
「一般的な多神教のAFNFの一柱だよ。此の花の赤紫が象徴とされていて、性格は温厚、別の宗教の信者も助ける程優しい方だ」
其れを聞いて、彼れは興味深いものを見つけた顔をした。
「いったん此処の人の噺聞いてみようよ。僕達無宗教だからダルンデネトでも色んな神殿とかに参詣して祈りもしたし、此処も神殿じゃないけど宗教関係の施設なんだからさ」
僕がいいんじゃないかなと思いながら頷くと、興味津々の目の儘彼れは何か、周りから忌避されているような此の教会の門をくぐった。宗教関係と云っても皆が想像しているものの何れともと恐らく違う。何方かと云うと喫茶店的な佇まいの此処は、割と簡素な建物で、変な雰囲気も無く、ゆったりとしている。「店員」は一人で、実際に飲食店では無いので厨は無い。飽く迄座席の配置が其れらしいだけだ。
だから其処に一人だけ居た、恐らく施設の人もいらっしゃいませとかでは無くどうもと云った。
マコトは思っていた宗教施設と違ったようで戸惑っている。
「此処が宗教施設……」
「驚くのも無理はありませんよ、既存の施設を改修しただけですから」
其の人はマコトの呟きに然う答えた。中性的な体ではわからなかったが、何うやら女らしい。其のシルより薄い青い目の女は続けた。
「元々喫茶店だったらしいのですが、今運営している宗教団体が結構最近に買い取ったものゝ、資金に困って最低限の礼拝施設をつくるだけにして他は前の儘にしてあるんです」
「へえ。あの、お名前は何と云うのですか」
僕が名前を訊ねると、彼の女は申し遅れましたと云ってから名を名乗った。
「サラ・アンソニーです。此の組織、エフューラ・テサノタの中ではサラと呼ばれています」
其れから、施設を見学しますかと問うた。僕がピミャを向くと、彼れは直ぐ様頷き、見学しますと云った。彼の女は付いて来るよう告げて歩き出し、元倉庫らしき別の建物に着いた。彼の女は其処の椅子に座り、僕達も彼の女に向かい合って座った。然して彼の女は此の施設と運営団体、然して自分の過去に就て喋り始めた。僕達からすると関係の無いことだったが、未だ日没迄時間があった故僕達は聞いた。
「今から十年位前のことなんですが、私は組織に入って直ぐであったものの命令されてファーヌ共和国に行くことになったのです。ファーヌの、具体的には第三国立公園と云うのですが……」
ファーヌは葉野と宛てられる、エディの西側にある内陸の共和国で、嘗ては其の西で南の海にも面するオルトサ(居門狭)と連合していた国家だ。其の連合、オルトサ=ファーヌ(別名「居葉」)連合が紛争の後解体されたことに伴って、最も面積の小さい国家、而して唯一の内陸となった。尚エディの西側、オルトサ・ファーヌの北側にはリオサム(酈治と宛てる)と云う国家があり、其処が地理的にも政治的にも分断を生んでいるのだが、ファーヌはあまり影響を受けずに多くの土地に自然が其の儘残っている。ファーヌ第三国立公園は其の中でも有名で、薇の調理法を発見したとして国外でも有名になった。確か其れも十年前辺りだったと思ったが……。
「私は此の組織に、……」彼れは云い淀んで、少し信じられないかも知れないですが、と一言置いて続けた。「異星人が来ているから殺せと命令されてファーヌ第三国立公園に赴いたのです」
彼の女は其処迄云って僕らの顔を見た。マコトは結構本気で信じているらしいが、僕は其れが出来ない。異星人、そんなものはくつねの「つちの噺」で十分だ。聞いた時も然うだが、今でも地球が異星人の襲撃を受けた、其の地球は此の宇宙の何処かにあるなど信じていない。否定する根拠も、正しいか議論する気も無い故彼れには何も云っていないが、(最近二人で前世の夢を見てから思い出させられているものの)「てんしょうしたからちきゅうのことなんてかんがえたくねぁなあ」と子供が思うみたいに前世の事は忘れたかった。
「異星人は確かに居ました。赤い血の人間と獣人とが三人居て、本当に異星人でした」
彼の女は然う云って、目線を下げた。いせいじんみたり、と云う言葉が悔しさを含んで再び放たれる。
「丁度、生きていれば貴方達と同じ位の年齢になっていたであろう子供でした。テサノタと云う温厚な神を信じて其の配下で居ながら、自分にとって都合の悪いものは消し去る此の組織も奇妙ですし、私も然りでした。異星人三人、私は確かに命令を実行したのです。」
彼の女は重い雰囲気であったが、それにしても斯う云ったものは座談会みたいに勧誘では無いのだろうか?此れに入って救われましたと云った話が普通すべき話ではないのだろうか。まあ、彼の女しかいない辺り、其の組織が自由な風潮と云うこともあろう。
「……」
彼の女は沈黙した。沈思黙考でない、只俯く束の間。自分を俯瞰しているのだろうか、彼の女は混凝土の天井を眺めてから此方を向いた。
「貴方方に此の話をした理由は、貴方ならば私は何うすればいいかと答えるか聞きたかったからです」
「然うですか、僕は嫌なら抜ければいい思いますがね」マコトはくつねの癖がうつったのか冷淡に云い放つように云った。「然う出来ない理由はあるのですか」
「成程、面白い意見ですね」彼の女の顔は顧みる顔から面白がる顔に変わった。「龍人の貴方は」
「……僕ははっきり云って貴方は人を殺していないと思っているように見える。先刻の陳述を真として、貴方は別に悩んでいない様に聞こえた。而して先刻貴方は貴方が何うすればいいかと答えると云った。組織が嫌なら出て行けばいい、此の国は立憲君主制であって独裁でもありません。自由意思で行動をすればいいと思いますね。故郷の社会で何があったのかわわかりませんが」
格好つけてしまったが、彼の女は面白がって、「では、二人とも自由に行動すればいいと」と云った。二人揃って首肯すると、又顔を変えた。
「話は以上です。因みに組織は其の異星人が若し生きていれば其れが露呈した途端に虎視眈々と血眼になって垂涎三尺の体相で探し出し、体の彼方此方を調べるでしょうね」
彼の女は最後に然う云って、出口を差した。
僕らは大通りに出てから、泊まることになっている地元の宿(僕らが幾ら国鉄の関係者と云っても飽く迄民間人である)の方向を確かめて其処へ歩き出した。
「あの人、くつねみたいに跋渉したのかな」
「さあね。でも意外な紐帯がありそうにも見えたね。…………葉野か。」
マコトのふと湧いた問いに僕が然う返した頃、陽は丁度沈み始めていた。西の山に雲はかからず。恐らく明日は晴れる。今日の夜は長くなりそうだった。




