第二十話「このみ」(#24)
L’2038/5/3、合為王国ダルンデネト特別区。
マコトとピミャとは合為国鉄の仕事で三日間の出張に出ることになった。以前契約していた鉄鋼の工場が破産したらしく、新しい契約先になるかも知れない大規模な鉄工所に交渉に行くと云う。東川の下流に立地する工場なので、と朝の内に直ぐ其処の橋から船に乗って川下りして行った。
「暇だねえ」頬杖を突きながら、尻尾で座布団を叩いてみる。「二人は楽しそうでいいけど」
「楽しくは無い」
私の言の差した「二人」のくつねと寝台に寝たシルとは此方を向いて同時に云った。
「然うかしら。シルも結構魔法の実験台になることが結構気に入っているみたいだし、貴方もなかなか使う機会の無かった魔法を使えて心の内で喜んでいるんじゃねぁか」
くつねは心ならずも頷いた。二人が先刻の様子を見たらば、何んな反応をするだろうか……マコトは驚かないかもしれないが、ピミャは怒るかも知れない。一緒に寝ている人が他人と楽しくしている様を見るが不快か然うでないかは、私にはよくわからない。
「まあ、確かに飛行の魔法以外殆ど使っていなかったからね。……楽しいのかな」
然う呟き、シルに其方は何うなのさと訊いた。
「僕もまあ〳〵楽しいかな。知らないことを知るは新しい興味を持てるから、と云うこともあるし、こんなことは居敷に居た儘だと知れなかったことでもあるから、ね。其れに多分初めての生れの違う……同居人と云うか、友人、の知っている知識は長老の話を聞くみたいで飽きないね」
「長老……」
くつねは彼れの返答に含まれていた語で自分の老いを感じたらしく、しょんぼりとした。
「知識の宝庫と云う意味だよ」
くつねを励まそうと彼れは付け加えるが彼れの耳には入らず、項垂れ、更に尻尾も垂れた。
「おおい、くつね」
シルが寝台から起き上がって彼れを揺さ振った。くつねは瞬きの後正気に戻った。
「然う云えば、何んな実験をしているの」
私は思いついた儘に二人に訊いた。何時もはよく発音できない硬口蓋音だとか、ふるえ音とか、吸着音などがの入った呪いの言葉を喋ってシルに汗をかかせたり、火を吹かせたり、内面で何かをしたりしていると答えた。
「ああ、まあ外見で分かる、発汗や火を吹くとかも然うだけれど、内側、例えば精神に呪いをかけて過去の記憶を見せ合ったり、探ったりだとかかな。後は、野草の薬を飲ませて効果を試すとかをしてるね」
シルが答え、くつねは手書きの紙を漁って何やら図が書かれている一枚を私に渡した。
「―――――――…………」
「ん、何か云った、ミツグ」
「………………いや、なんでも」
私は其の図の形から何かを思い出して呟いたらしかったが、自身でも其の記憶が如何様であったかも、何を口に出したのかも直ぐに思い出せなくなった。
「此れは過去の記憶を見る為の精神魔法だね。結構最近に確立した分野のもので、確か、西の方の魔王の誰かが中枢神経の治療用に確立したものだったかな。此の紙に書いてあるものは、見るだけで医者が使う治療の為の精神の上書きは出来ないようになってる」
其れを聞いてスクレイブハの事を思い出した。彼れも治癒系のものを使っていたような気もする。でも器械と一緒に使っていた故何が其れであるかは判らない。
「……然う云った制限とか掛けれるんだね」
シルは知らなかったようで、紙面の矢印を目でたどりながら云った。
「まあ、最近、数十年の間に然う言うものも出てきたって感じかな。魔法を行う人が何んな資格を持っているかで医療用の魔法を使えるようにするか変える、……貴方達に解り易く云えばプログラムを実行すると其のコンピュータ自体の性能を量って、其の結果で何処迄実行するかが変る、といった感じの魔法だね。コンピュータを触ったのがもう百年以上前だからよく覚えてないけれども……譬えとして合ってるかな」
二人の頭に疑問符が浮かんだ。彼れにとって私らは何んな人間なのだろう、とでも思った。時折奇妙なことを発する……例えば今云ったコンピュータだとか、地球だとかを、私らがまるで生れる前から、三大欲求等と同じ様に其れを知っていると彼れは思い込んでいるらしい。
「…………あれ、……ああ。まあいいや。何でもない」
彼れは私達の反応を見た後暫く悩み、然う云って、コンピュータとやらでは無く其の魔法の詳細を語り出した。
「魔法って云うのはね、貴方達のとは多分違うから混乱すると思うけど、物質の一つである……名前忘れちゃった……其れを媒介して起こる現象の事を指すの。其れで、ピミャみたいな龍人の一族は文明の初期から用いていたみたいなんだけど、人類もやって来てから、数千年の間に一部の種族が使用法を得たらしいわ。現に私にも使える。
……然う、スリサゾンだ。スリサゾン、別名スリサズ粒子を媒介して魔法は起こる。其の性質が、質量を持たず、宇宙に無限の密度で存在している、だったかな。まあいいや。其のスリサゾンを利用して、人類も摩擦に頼らない方法で火を熾したり、空を飛んだりしている訳。斯ういった初歩的なものは認証を組み込んでいないから操れさえ出来れば誰でもやれる。二人は残念ながらできないけれども……。
だけれども、スリサゾンは無限の濃度で存在する故、式さえあれば強い力を一瞬で引き出せると云う可也危険な性質も孕んでいるの。此の精神魔法は『強い力』――物理のとは違うものを指すのだけど――を引き出す魔法の一例で、飛行みたいな『軽い』魔法と違って唱えたり書き出したりしないと実行できないの。……もっと正確に言うと、唱えも書きもせずに実行すると日が暮れる位式が複雑になるね。
で、此れには認証は組み込んでいないんだけど、医者のする式にはあるらしい。私が実際に認証が組み込んである、と云える魔法はエディとの国境にある違法入国監視用のものかな。私、昔ちょっと用事があって其方に行った事があって、旅券が無いと通れない様になってた。
其れから魔法には、現代では禁忌となっていて許可なしでの使用が判明すると犯罪となるものがあってね。例えば魂を消す魔法と呼ばれている類のものだね。厳密には消すと云うより弱化させるんだけど、奴隷を操る為によく使用されていたもので、此れを使用すると体の魂が魔法で構築した『従順な自我』とでも云うべきものに対して其れを埋め込んでも拒絶反応を起こせなくなると云うか、起こしづらくなるんだけど、此の従順な自我を埋め込む時には別の、『服従の魔法』って云う、此れ又犯罪になる魔法が使われてたよ。何方も今では違法だけどね。ええと、他には魔法だと…………――――」
彼れは語り出すと止まらなくなった。途中此の紙を私達に読ませたり、紙の図の形の意味だとか、色々な知識、其れも話を聞いただけで魔法博士になれそうな程の膨大な知識を一夜で語ったのだった。彼れの豊富な知識量は、恐らく興味によって支えられているのだろう。
デルトロン/デルタ粒子をスリサゾン/スリサズ粒子に変更しました。




