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Earchlo  作者: 稲土瑞穂
第二章/首都の生活
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第十八話「おほし」(#22)

 L’2038/3/2、マコトとピミャとの二人は全快して家に居た。併し其処にくつねの姿は無かった――彼れは二人と家に帰った後、数週間の間旅に出ると、ミツグとシルとに俄に告げて、行先を言うことも、何の為に、何ういった方法で行くのかも付け加えずに、只、簡潔過ぎる数語の文を話して直ぐ居なくなった。

 ミツグは戸惑いながらも彼れを見送り、シルの作る料理を何時もの様に待つ事にしたのだが、暇な故新聞紙を読み時間を潰した。

 厨に居るシルも何時もと違う分量の調理を少し迷いながら料理に集中していた。二人がやって来て、ミツグが二人にくつねが旅立ったと告げると、二人に確認を求められた彼れは確かに然う云った、目の前で家を出て空を飛んで行ったと教えた。驚く二人だったが、其れも当然だと彼れは魚を焼きながら思った。抑々くつねは謎な人なのだ。五人の中で何故か嚊の様な役割を果たしていた。其の証拠に甘えていいと彼れにも云っていた。色々彼れに訊いても昔ちょっとねで済まされることが多いのだよと語るピミャが彼れの脳裡に甦る。生れが福島郡だと知ったのも、彼れがマコトに話したからだったか。其れに然う言うピミャも謎な人ではないか。龍になるらしいし、其れに火を噴いたのだから……全然訝る心算も無いが、花押が殆ど使われていないダルンデネトの中では珍しく持っていたし、実際マコトの前で署名として筆ではっきりと書いたのだ。充分謎だ。

 マコトマコトとよくピミャは云った。同じ組織の頭みたいなものだから仕方が無いのかもしれない、と彼れは思ったが、の口調は何と云うか特別な人に就て話す時の口調と文句であった事を思い出し不快感を感じた。初対面で数ヶ月同じ屋根の下の別室で寝ていたという人に、俄然やって来て一緒に寝た彼れ自身も大概であろうが、自分に甘い彼れは其れも考えずに少し危ない考えをした。

 四人は思い〳〵に、新聞を読んだり、外を眺めたりしていたが、マコトは昨日の様子は何処へやら、直ぐ近くの川を見ていた。

 吹雪は既に止んでいた。皆の身長の二、三倍、数米位積もった雪はやおら溶けているとは雖も、まだ〳〵溶け切るには時間が掛かりそうに木や土に圧を掛けていた。其の中でマコトは最初に来た時とは様子が変わった河の中洲を見たり、対岸に連なる王城の白い壁と瓦とを見たり、寒さに震えたり、木や土の中に眠る、未だ若く己よりも早く散る命を感じたり、増水の危険が無いので堤防を下りて何匹かの魚と話し合ってみたりと、色々していた。魚が雪で道が塞がれて困っていると云うと彼れは其の道を聞いた後溶け切っていない雪を除けて感謝され満足げになった。其れから彼れは家に戻って新聞紙を読み終えたミツグと其のことに就て話した。

 其れを聞きながら調理していたシルは、最後の味噌汁が出来上がると三人に出来たよおと云って、朝御飯を四人分一気に運んだ。彼れからしてみれば当然のことなのであるが、初めて見るピミャは其れに驚いていた。続いてマコトが箸四膳を配り、四人は手を合わせて、頂きますを云った。

 此れ迄も食事中は静かだったが、四人の食卓には違う静寂があった。少し広い卓子、白の無い家。四人にとって、此れは彼れが何処か手の届かない場処へ行ってしまったのだと思わせるには充分であった。四人とも心の何処かで彼れに依存していたのかもしれない。殊に、くつねが焦り、心から按堵する様を見た二人はある意味其処で、然う考えるに至るに十分なものを見せつけられていた。

 食事が終わると、四人は何となく此れ迄入った事の無かったくつねの部屋に行った。其処で四人は「オコンネルグラード」に行くという、ピミャの字よりは拙いものの充分読める草書体で書かれた覚書を見つけた。

 ピミャはオコンネルグラードを知っていた。彼れは嘗て、二人で旅をしている途中其処を通ったのだ。彼れが三人に、此処から北の於亜にあり、其処迄往復で二ヶ月位かかることを教えると、三人はそうか、そうなのね、随分と長いのねと口々に述べた後、くつねが此れ迄歩いて来た距離とはどの位長いのかと少し考えた。併し訊かなければ分からないし、於合の国境となっている、悠々と聳え立つ山脈が何れ程の嶮岨かなど此処と湿原と以外行った事の無い故全く想像がつかなかった。

 四人は、彼れの居ない日常を二ヶ月程過ごすのだ。其れが始まる。奇妙なものとしか言いようがなかった。

 数週間に一回程度、彼れは誰かと一緒に同じ寝台の上で寝た。ミツグは夜に、普段と同じ筈の部屋の中で、彼れが入って来て話し合ったり、寝台の上で抱き合ったりしたことを思い出した。獣の耳も持っていることに不安を抱いていた彼れに、くつねは狐とは雖も、似たような何かを感じて彼れを安心させてくれた。包容。ミツグが彼れに抱いた印象は其れであった。

 勿論寂しがるのみの日常では無かった。国鉄の話はマコトの土地の話が解決した故次の、木材と鉄との調達の段階に入った。然して仮とは言え初代代表であった李茶奴の墓参りもした。其れは簡潔に、マコト、ピミャ、オコンネル、エリナーの四人で行った。其処にて二人は彼れが何故あんな粛清を行ったのか知った。

 彼れは、デルトアの、獣人と人とを区別する古い風習の残る地域に生まれた。生まれ育った故郷の風俗は、獣人を上に見るというもので、其れを疑問に思った彼れは合為に来て、秘密裡に、獣人を虐げることを夢見る組織に入った。彼れの故郷の獣人は人を虐げるようなことを非としていたが、彼れは其の点に関しては無知だったらしい。

 可哀想な人だ、と皆は云わずとも同じ事を思った。訝ったのはいかったが、其の感情が憎悪に変化していた、ということは殊にマコト以外の三人は経験した事があった。

 我々は常に無知であり、其の無知の中で何れが然うであるか知っているだけなのだ、とマコトは其の生涯を知って何処かずれたことを思った。李茶奴の中で何時しか憎むべきものとなった獣人のような、マコトにとって罵詈讒謗の対象にすべしと思えるような人が居るとは思えなかったが、彼れにとってもある種の教訓を得られた、と思えた墓参りであった。

 其のから暫くして、エリナーが家に来た時、くつねがオコンネルグラードに行ったと伝えると、彼れは国外へ行くには旅券が要ると四人に教えた。其れには遺伝子の検査で種族を明らかにする必要があり、彼れは病院に患者として一度も行った事が無いのに何うして行けようか、とエリナーが荒々しく、各国の王宮で通用する、まるで古文其の儘の様な文体で喋ると、ピミャだけ文意を解して驚いた。其の後怒りが収まって三人も其れを知った。

 然して話の流れで無料ということもあって五人は、スクレイブハに紹介してもらった遺伝子検査をしてもらうことになったのだった。


「……マコト君」

「はい」

「遺伝子検査の結果が出た」

「知っています。其の為に来たのですから」

 スクレイブハは、少し狭く感じる例の診療所にて、前二人が入院した病院にて行った遺伝子検査の結果を五人伝えていた。カルテが有り得ぬであるかのような、其れを見て悩む様な、唇を指でなぞる仕草をして、開口するや否や堅苦しい口調で先ず、椅子に座ったマコトの結果を伝え始めた。

「少し君には前提知識を教えなければならないみたいだが……先ず、君は男性だったね」

「はい」

 彼れは首肯して何故当たり前のことを訊くのかと首を傾げかけて戻す。

「理科の話になるんだけれども、此の星に住む動物は、一部を除いて、ZW型と呼ばれる方法で性別を決定していることは知っているかね」

「……初めて聞きました」

 五人は突然話が変わったことに戸惑ったが、素直に其の話を聞く。ZW、というのは性染色体の型の通称で、雄がZZ、雌がZWという染色体を持つという一種の性決定方式の名前であった。ピミャ抔の龍人や、多くの植物を除いて殆どの生命、勿論各種の獣人や人も此れで性別が決まっている。併し、と彼れは云った。

「併しだね、マコト、君の遺伝子は……正確には、デオキシリボ核酸と云うのだが、……獣人も含めた人間とは別種の生物のようだ。詳しくは此処に載っているが、解説しようか」

「お願いします」

 スクレイブハはマコトに、遺伝子検査の結果が詳細に書いてある数枚重なった資料を渡した。マコトは其れを皆にも見えるようにした。

「先ず、君はXY型の性決定方式みたいだ。みたい、と云うのは君の遺伝子を解析してくれた人も見たことが無かったからだ。後でピミャ君の遺伝子も解説するがね、龍人以外では有り得ない方式なんだよ、まあ動物ではだがね」

 彼れは然う云ってから、頁を捲る様に指で指示した。其の頁は遺伝子の詳細が顕微鏡の写真付きで表になっており、「(仮)」の付いた遺伝子が多いことが目に入る。

「君のはそんな龍人とも違う遺伝子が多く見つかった。正直に言うと製薬会社が欲しいものばかりだ。此れ、君の細胞内には普通の人が持っていないものがあることを示してたり、こっちは此処、こっちだと今の時代に無い病気に対する耐性が――――」

 彼れの話は搔い摘んでいるとは言えなさそうな、長いものだった。彼れは話し終わると、次はシル君だと彼れに椅子に座るよう云った。

「君もマコトと同じXY型らしい、が君は遺伝子的にはXXの、女性だ。此の遺伝子がまるで人工的に付け加えられたかのように片方のX染色体にくっついて、Yの働きをするように変えてあると解った。病気かどうかは資料が少なすぎて判らない。まあ、云えるのは、結構精密に検査しないと然うと判らないくらい此の遺伝子が綺麗に君を男性化させているいうことだ。」

 スクレイブハは間を置いて、シルを眺めた。

「……」

 人間であるとばかり思っていたシルは突然異質なものであると告げられた気がして戸惑っていた。

「まあ安心してくれ。遺伝子検査を実施する様になってから、龍人でも、獣人でも、普通にしか見えない人間でも、調べると新種だったという事は往々にしてあるから。」

 シルはほっとした。其れから彼れに対しては其れから同じ解説をすることも無く、簡潔に終わった。次はミツグだ。

「ミツグ君も、XYだね。XXで何もついていないから普通に女性と云える。併し矢張り、普通の獣人とは違う遺伝子だった。マコトとシルとの方がずっと近い。人間の耳があり、狼の耳が殆ど飾りである事も気になる。でも、……こんな解説許りで済まないが、分からないとしか言いようがない。――」

 ミツグの次はピミャだった。

「ピミャ君、君は三人と較べると典型的な典型的な普通の火龍人だね、生殖関係の臓器も色々あったとはいえきちんと体内にあるし、特有の器官も遺伝子的にどうこう言うことは無い。ああ、君は初めて見つかった遺伝子とかも無いから此れで説明はお終いだ」

 最後はエリナーだ。

「エリナー君は、まあ、ZW形で、人間と獣人……哺乳類系の、食肉目じゃないかな、其れとのクオータといった所かな。此れには、殊に何か困った性質がある訳じゃあない。但し、……」

 スクレイブハは彼れの開いている頁の、遺伝子の一本の詳細が記された表を指した。

「此処に、不可解な点があるね。親の遺伝子が無いから断定はできないけど、魔法の影響を受けてか、生まれた時点で既に脳が普通の子供より発達しているようになっている。此の大きさだと平均的な場合では産道を通れない筈なんだけど、母親が分からないからどうとでも言える。そこいら辺はちょっと扱いの難しい話題と云う事で此れ位にしておく。」

 旅券の発行に十分な資料を持ってスクレイブハの診療所を出ると、何かの因果か、丁度、街道を通ってきたくつねに会った。

「あれ、何でスクレイブハさんの処から」

 オコンネルグラードとの間には険しく高い山があるというのに、何の装備もしていない彼れは、飛びついてきたピミャを避け切れず、道路に倒れ込んだ。

「おかえり、くつね。僕達の分の旅券も作っておこうってね」

 押し倒された事にも驚かずマコトが然う言うと、黒い外套に身を包んだ白い狐人は疑問の顔をした。

「あ、若しかして旅券が必要なこと知らずに国境で追い返されたか、ん」

 エリナーの嫌味に、くつねは其の発言の意味に気付いて焦り出す。

「……旅券」

「然う。旅券。

 何年か前に、於合の国境で奴隷売買を秘密裡に行っていた当時の領主が、付近を飛行していた『白い肌の狐人』を強力な魔法で落とした、という事件があってね。其の狐人は『可哀想に』記憶や人格を消して領地内の奴隷売買所で売られていたことが解ったのもあって、領主を首にする代わりに、国境付近に関所を設けて、旅券を持っていたら通す、と於亜との間で取り決めたの」エリナーは二重鍵括弧の処を強調して云った。「其の人が追い返されるなんてね」

 確かにくつねは、強制収容所から出て、ダルンデネトの図書館の蔵書を片っ端から読んだ後、役員に訊いて飛行許可を貰ってから於合の国境付近に飛んだ事がある。然して其処にて、気が付くと廃人の様になっていたのだ。……其処で、何だか怪しい人に買われ、於亜で、人格があるし記憶もあるので奴隷としては扱えないとして、教育を受けた。其れから自立して旅をするようになったのだった。併し、其の過去は四人に話していない部分だった。詰りエリナーは察していた、若しくば何らかの情報を得ていたのだ。

「過去は包み隠さず話した方がいいわ。じゃあね」

 エリナーは、彼れがマコトに話す時の様に示唆に富んだ云い方で、地面でピミャに抱かれた儘の彼れに助言した。

 彼れにとって、今生で初めての自業自縛だった。

「ああ、くつね君おかえり。また、旅券をつくる時にはちゃんと云っておくれよ」

 唯其の声を呆然と聞いていたくつねは、此の二ヶ月の旅で眺めた月を思い出していた。



















――――――――

 かはとてもとほきところにあり。

 そのつきにぞうさぎある。

評価、難有う御座います。

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