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Earchlo  作者: 稲土瑞穂
第二章/首都の生活
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第十二話「回想」(#16)

 前回視点変更コマンドを変な所で使用してしまったので分割しました。可也短いです。

 L’2018/12/31、正子が間近の、平墾線居敷駅の三番線の歩廊。

 駅員の声が、客が私達に気付かないように巧みに他の歩廊に来る電車を案内していた。恐らく私達が見えない様に意図されて組まれた運行だろう、向かいの線路では引っ切り無しに汽車が動いていた。時折覗く人には他の生物の特徴は無く、本来の人間の姿を思い出させる。此の雪降る大晦日は向こうの人にとってどんな人なのだろうかと考えてみた。其れは幸いの日であろう。仕事に疲れた人も楽しそうに笑う人も居るが、其処と此処とは三六軌間の軌条二本が隔てていた。

 其れ迄の日々は感情を麻痺させるには充分で、此の時は極限状態を越し無機質的な位相になっていた。頭は動いているが何処までも冷静で誰に対して反抗心も起こらない。現に左右に立つ行燈を提げた人にはずっとされるが儘に此処迄馬車や俥に乗せられ降ろされ連れられた。彼れに恐怖しているのではない。於亜の役人が来た時から諦めて、さも当然の様に殴られてきたことを心の何処かで認めていた所為だ。

 其れ迄除夜の鐘が何回か鳴っていたが、ある一搗きの後歓声が上がった。新年だ、と私は気付いた。初めて聞いた除夜の鐘がこんな虚しい日だとはなあ。上を向いて雪雲を眺めていると、汽笛が聞こえた。南、居敷方面――右から来る汽車のものだ。次第に減速して、三番線に入線した。

 ――列車が止まると、客車の扉が開いた。隣の二人は腕――嘗ては「かいな」と呼んだ部位――を摑んで客車へ乱雑に押した。押され、其の儘、手が離れても惰性の様に客車に乗り込む。明りの燈る客車の中には幾人か死んだ魚の様な獣人が座ったり寝たりしていた。どうせ死ぬだろうとでも言うみたいに一人が此方を向いた。が、其れに気付かず私は先刻迄隣に居た、然し今は歩廊に残る二人の方を見た。「御家族も居るでしょうに、一緒に過ごせずこんな夜中迄働いていて、大変ですね。此の仕事が終わったら今直ぐにでも会いに行った方がいいですよ」……然う言う気力は私には……然して彼れにも無く、誰も一言も発さず、扉は自動で閉まった。

 列車が駅を過ぎた後、暗い田畑と共に扉の硝子に映った赤い目の人は窶れていた…………

 ガタゴトガタゴト……列車は北へと進んでいる。何回か雪を撥ねる音が聞こえて硝子に傷がつくが割れることは無い。此の客車は脱出できない様に殊に頑丈に造られたためだ。行先の為か此の列車には車掌が居らず、灯りと扉の自動開閉装置、あと自動車内放送装置以外の設備は殆どが省かれている。腰を下ろす座席も無い。然して簡略化されているのは線路も同じだ。見ていなかったが東側にあった線路は先程の駅から少し進んだところで途切れている。田畑が一面に広がっている様を眺めている内に、列車は右に曲がりながら隧道に入った。

 隧道を抜けると、其処は強制収容所であった。

 ……器械が音を発した。其れは恐らく肉声による文章だった。辺鄙な村に生まれた故標準語を知らないが、こんなものが上品とされるなど信じられないような、母音の無声化の目立つ音声記録だった。其の放送の後、音楽が流れ出す。壮大な管弦楽の曲らしいが曲名も作曲者も知らない。時々不協和音が目立たない様に入れてあって、今の私を暗示しているかのようにも聞こえた。

 併し此の音を発する器械はどんな構造なのだろうか。もし私が此処でない何処かにて、此の器械の演奏するを聞いていたらば、仕組みや構造に就て質問攻めにしていたかもしれない、そんな仮定の話が頭に浮かんできた。併し其れは仮定に過ぎない。現実が惨めだからと云ってこんな妄想に逃げるくらいなら、今からでも解決の手段を考える方が何倍もましだ。

 列車は湾曲が終わると、減速しだして止まった。同時に曲も終わって扉が開く。色白の狐人は今迄向いていた方向とは反対の其方を向いた。二桁も無い人が諦めた顔で列車を後にして、死ぬることも至当と思っているのか其処の門をくぐる。私は渋ってずっと車内に居たが、強制的に「排出」――然う表現するのが妥当だろう――然う、何か強い力で胸を摑まれたかのように受け身も取れない儘歩廊に出された。扉の閉まる音が聞こえ、機回しを既に終えていた列車は逆の方向へ発車した。まるで最後の力を奪われたみたいだった。其れで左足を挫いて何も考えずに暫く横たわっている内に、雪に埋もれて死ぬわけにはいかないと、立ち上がる気持ちが出てきて立った。其処の門をくぐっても死ぬることが火を見るより明らかという現実に気付いていたが、建物から漏れる暖気を感じた故其処へ入った。

 ――私は助かったのだが、其の理由は、勿論当時は知らなかったが…………其れ迄アルマトンを摂政として政治を全て任せて、娘(エリナーのことだ)の教育に力を注いでいたオコンネルが獣人迫害の事実に気が付き、アルマトンを摂政から外したのが、丁度L’二〇一八年の師走三十日余り一日だったからという。

 私は、私が来るのを待っていた看守に案内されて其処にある町では中々見ない煉瓦造りの建物に入って、温かい空気を感じた。空調設備がちゃんとしているのは有り難かった。……実は時期が来ると、部屋の移動を行って其処で瓦斯で殺される予定だったらしいが。看守はもう寝る時間だ、と云った。そりゃ至極当然のことで、と思い寝ようとしたが寝台も何もない部屋だったから、起きたら首が痛かった。

 だが私は体の痛みで起きたのではなかった。夜中に私を建物に入れた看守が皆に帰りの列車が来たことを告げに大慌てで皆を起こし、せっせと列車の行先毎に人を振り分けて、返していった。

 私たちの乗った列車は「梛流无弟禰杜行き」だった。其処から私は、ダルンデネトに行って、暫く図書館通いをすることになるのだが、其の話は又今度。

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