第九話「龍襲」(#13)
「たつ、おそう」
五人が要る場所とは別な処……解釈によっては別世界とも云える場所。王城とは比較できないほど高い建造物が櫛比する此処にて、一人の男が、地下街の入り口附近に立って左手の腕時計を見ていた。腕時計は八時を回ったところだ。
「やあ」
腕時計を見ていた彼れの眼前に一人同じ位の年齢に見える人が現れた。掌の奥の其の人は笑い、行こうかと云って今日も彼れの手を握って地下街へ入った。後から来た人はうき〳〵した様子で、二人とも男に見えるが恋人同士にも見えなくはなかった。向かった先は或る空港島だ。
「こんな処に連れてきて何がしたいんだ、サカエ」
閑散とした空港に一機の飛行機が轟音を立てて離陸してから、腕時計の男が彼れに尋ねた。
「ううん……ええとね、二人で話がしたくてね」サカエと呼ばれた人は然う左手で短い髪を梳かしながら答えた。「此処なら人も殆ど居ない時期だからいいかなと思って。駄目かな」
彼れは溜息を吐き、又其れかと呆れた。然してサカエに何に就て話すのかと訊いた。
「然う、マコトたちの事に就てさ」サカエは男の問いに即答した。彼れはやっと始まった五人の事象に関してどれだけ深い興味を抱いているかを早口で熱弁した後、彼れらの為に干渉をしてもいいかと問うた。
「別に僕に許可を取ることでもないじゃないか……サカエの自由さ、勿論いいよ。但し……時と場所をしっかり考えることだわね。……あと一ヶ月くらいは待った方がいいんじゃないかな」
「どうして?」
「自分の過去と向き合い始めてるからね」
彼れの言葉にサカエはわかったと頷き、手摺に附けていた右手を離して彼れに近づいた。
「態々有難うね」
「別に気にするな。あんたは何時も急に呼び出すから慣れてる」
サカエは彼れに抱き着いたかと思うと姿を消した。俄に起こった事にも関わらず、彼れは呆然とすることも、姿勢を崩すことさえ無く、振り返って辺りを見回した。
天には赤い鳥が飛んでいた。
/*地点及視点変更*/
L’2037/12/31、遂に合為国鉄初の路線が完成した。其れは話題になった旧線を流用する路線ではなく、別の、一号線と仮称されている路線だった。一号線はダルンデネトを一周する環状線としての役割も果たす路線で、区民に利便性を訴える為に開業の折には幾つかの催しや式を行うことになっていた。其の行いは年の明けた一月九日に洋風の都市城壁の外側にある東門駅にて行われることとなった。
其の日、東門駅には多くの人々が集まっていた。国鉄は未だ総裁など役職は決まっていないものの、仮の代表者として王の摂政の李茶奴が出席した。マコトとピミャとも、発案者である故関係者と云うことで、李茶奴に借りた式典用の服に身を包み、王たち来賓に紛れて座っていた。起工式とはまた違った感じの式典が色々とあった。其の中にはくつねの話していた旧平墾線の犠牲者の追悼の儀式もあった。くつねは諸々の事故で来れなんだが、政府の姿勢の変化は明日迄には知ろう。
L'2038/1/9、午前六時七分。諸儀式を終えて王の祝辞も終わり、次は李茶奴による閉会式だ。拍手に迎えられて壇上に立つ李茶奴は、総裁らしく、声を大にして閉会を宣言した。僕にはそんなこと到底出来そうにないな、とマコトが思っていると、ピミャが、上空から何かが降って来る気がした。其れが地上の観衆の中に降りたが、観衆は何の悲鳴も上げず、普通に謹聴しているだけだ。或る者は坐り、或る者は立ち、拍手を送る。「世界初」の電動列車、電車の開業を楽しみにしていたか否か迄は判らずとも、皆落ち着いていた。
其の観衆の中にはくつねに似た人も居た。当然二人は見慣れた姿……黒い外套を纏った人に気付いた。併し訝る。諸々の事故――買い物――で此処には来れえせんと云ったのだ。何を買うか審らかでないとは言え、字山下はダルンデネトの市街地の西側にあり、東門迄徒歩数分で行ける様な距離でもない。
其の外套は光を反射していた。不審者かも知れないと云う思いが確信に変わった。反射であろうと吸収であろうと光が肌に当たらなければ白皮症の人が肌に炎症を起こす蓋然性は減らせるが、くつねの黒い外套は光を吸収する着物しか無い事は此れ迄散々洗濯をしてきた二人が確りと覚えている。其れに気付いたかのように、其の人は黒い外套を脱ぎ、龍化した。洋龍だった。
観衆に向けて、かに思われた攻撃は来賓席に向かった。警備員が何処からか盾を広げるも防ぎきれず、溶ける。
「人化可能洋龍型火龍人だ!」
誰かの叫びが聞こえた。其れとほぼ同時に警備員の盾が完全に溶け切り、其の警備員が走って逃げ、ピミャが龍化して其の細長い蛇の様な体を洋龍に巻き付ける。更に締め付けて洋龍の右翼を噛む。噛まれた洋龍は悶えたものの、咆哮して怯ませ人化する。
「人事不省!」
洋龍人は呪文を放ち、壇上に固まっていた李茶奴を失神させた。龍態で翼が折れた為か、上膊が変形しているが、翼爾にマコトに近づく。近衛府の兵の一人が呆然と立ち尽くす彼れをやっと発見したが、声も掛けれず洋龍人はマコトの手に触れ、消えた。
マコトは坐る事も出来ずに居た。
マコトは誰かに抱かれていた。よく知る、忘れた誰かに。其の腕は温かく、温もりは人間のものだった。
其の精神世界に、誰かが入って来る。其れが誰か、抱くもの、詰り私には直ぐわかった。其れは、一本の木の草叢と違う此の白い精神世界にじわりと入ってきた其の姿で確認出来た。幾ら実態が無くとも、精神体は其れと唯の空間とを分けれる。
其れは李茶奴の首筋に小刀を向けていた。
「マコ……ト」
土器声の李茶奴が僕に言うと、其れが首の動脈へ刀を近づける。喋るな、との思い。
「何うしてあんなことをしたの」
私の問いに暫し考えた後、語り出す。
「私には実体が無かった!李茶奴の誅鋤が産んだ念だから当然だけど……復讐がしたかった」刀を持つ手が震え、刀がぶれ始めるが其れは続ける。「此処で殺したらどうなるかしら」
刀が質量を持ったかのように李茶奴の首を引き寄せた。
「やめなさいっ!」
其の声も空しく、李茶奴の記憶や人格が其れなりの形を保った儘摧け、精神空間内に離散する。此れならよさそう、と其れも続けて離散する。「殻は破る物」遺念を聴いた後、突如外套が現れるなり落ち、マコトは立ち竦み気力も失せ、地に倒れた。
東門駅には彼れを抱く者は居なんだ。
何が起こったか、理解出来るものは一人も居るまい。




