第八話「誅鋤」(#12)
合為国有鉄道――近頃発足した企業。正式名称アーウィック国有鉄道。誰を粛清するか決める為に李茶奴が行った、「意見募集」を受けて設立された。現在は彼れの悩みの種である。
L’2037/11/30、月曜日。
マコトと新聞社を辞めたピミャは国鉄の仕事に就いて、ずっと鉄道に係わることをやっていた。特に眺望の良い部屋のピミャは時偶雲を眺め、其れ以外は図面に向かって作業をして、マコトは鉛筆と墨と紙とを何本何枚も日に日に消費しながら文章を書いていた。其れを見るに早足に彼れに勉強を教えた甲斐があるようで、統計や角度の計算も難無くこなしていた。其れこそ嫉妬する位に……彼れは早って拙い字(併し上達している)で数式を立てて計算していた。私の様にならなくてよかったと思う。
「御疲れさん。茶あ、淹れといたよ」
「ああ、くつね、有難う」
亢奮の口吻を洩らし、茶を啜る彼れを見ていると若い頃の自分を思い出す。大人にも子供にもなれていない時期のあどけなさと冷静さの合わさった物言いが其れを想起させるのだ。私も昔はねえ、と語りたい処だが今は然うはいかない。彼れにも仕事がある。其れに私は其の様に婆みたいな回顧をする程年を取っていない。
部屋から廊下に出ると、まるで母だなと思った。――皮肉の様ではないか。然う思いながら一階に降りると、彼れの愛読書の国語辞典が一冊卓子の上に置いてあった。分厚い其れを開いてみると、其の頁には手控えの紙が挟まっていた。
《WWIII》
――たった一句のみだった。前はよく此の文句を聞いたもんだなあ、と自分の知る中で一番古い頃を思い出す。彼れに此の事を説明しなければいけないかもしれない、とも何故か思った。――或いは全員に。
「只今」
数分経って、ミツグが帰ってきた。大きな新聞紙に包まれた何かを抱えて扉を何とかして開けたようで結構辛く見えた。私は直ぐ様寄る。
「御帰り、何かあったのかい」
私は彼れの抱えた其の半分を持ち、取り敢えず卓子の上に置いた。卓袱台には大きすぎると一目でわかったが、此の卓子でも多くを占領させられてしまう。
「前働いてた農家さんからの御裾分け」
「ああ……」
其の中身は秋の野菜と其の加工品だった。
「シルは」
「まんだ。何時もあんたが初めでしょ」
短い会話の後、二人は包装を解き、御裾分けを冷凍冷蔵庫に入れた。冷蔵庫の中は詰めても少なく、焼いていない魚と牛乳と乾酪、御裾分けのみだ。また買い出しに行かねば。
忘れないよう携帯用の小さい帳面に買出と記し、其れから二人分の茶を淹れた。
「そう〳〵、其の農家さんがさあ……」
暫くして彼れは今日あったことを語り出した。彼れが話すのは此処に越してからの慣例で、相手は大体私かシルかだ。シルに拠ると、農家の婆さんがよく俺は昔……と話していたそうで其れが移ったのだろうと云うことだった。
「李茶奴っていう人に就て話してくれてさ。多分マコトとピミャとが会った人と同じだろうと思うんだけど…………彼れは、此処の王のオコンネルに任命されて摂政をやっている人なんだって。でもなんか最近暴走しだしてオコンネルが市で農家さんに愚痴を洩らしてたって聞いたよ」
――彼れは語る時だけ砕けた話し方をする。身振りの混じった語りを見て然う思った。楽しく話しているのは元気にしている証左だ。
併し王と云うものは市場で態々食材を買うだろうか。偏見ではあるが、専用の高級食材を雇った職人に料理させ如何にも旨そうな欧羅巴風の食を食べるような心象がある。――王城と城壁と櫓とを見る限りでは普通の食事もあり得そうだが、其れにしても庶民と同じものを口にするのは嫌いそうに――会ったことも無いが思った。
「へえ……いいことを聞いたな」
「然うだろう」
彼れの口調が戻ってから数十分経つと、シルが帰って来て、マコトとピミャ宛の郵便物があったと二人に何かを見せていた。其の後、如雨露をつくり、洗濯物を取り込んでいる時に彼れを見ると、やけににこにことしていた。
翌日、其の理由が分かった。新聞紙の一面に国鉄に関する記事……国鉄が発足し、特許を申請中というものが、政府広報官(アルマダ・サトウと云う名前らしい)の写真と共に載っていたのだ。中の面にも批判的立場で社説が書かれていた。其の中に、嘗ての鉄道に就ての話題があった。今は廃線同様の其れを流用するという発表のあった為だ。
「前ってどんなのだったって云ってたっけ」
ピミャの問いに答えれるのは私のみなことは明らかだった。
「……此処に入る時、踏切の無い鉄道があったでしょ。あと、途中、マコトが枕木云々って云った道。あれが『平墾線』っていう、此処に書いてある『奴隷殺人を容認していた時代に使われた鉄道』になるね。記事にあるのは、そんな事があったから国内には奴隷を又容認するんじゃないかっていう予測をしている、ということみたいだね」
「頭が固いね」
マコトが呟いた。
「新しい物事なんてそんな反応だわさ、見せたら考えが変わることが多いからやってみなさい」
私は然うと云って二人の肩を叩いた。
「計画はどんなのなの」
ミツグが訊いたが、マコトは秘密よと、ピミャは未だ云えないから待ってと云った。又新聞紙とかに乗るだろうし、とも。
「資材と『実弾』は潤沢だろうからね」
シルが一言だけ、羨ましそうに云った。
「居敷は通すのかい。前は通ってたけど」
「其れも云えないかな」
二人共私の問いにも答えなかった。会社だから仕方が無い。国有ともなれば尚更然うだ。
L‘2037/12/3。特許が許可されると同時に本社を区内の字赤坂5番地に置くことが決まった。
一方で、李茶奴による大粛清は激しさを増していた。其の実感が湧いたのは、ある日のヿ、商店街で買い物をしている時であった。其の日は市が無いので其処に行っていた。其の時は塩を売っている店に入ったものの在庫が無いと云われ落胆して通りに出た時だった。
「何かしら」
マコトが然う言う。周りの人も人の声がする方向を見つめていた。奇妙な声。群衆の声。怒りの声。
「一体何をしたいんだこんな道で」買い物袋を提げた、あの二人を住まわせてくれた婆が然う云いながら隣を通り過ぎる。「かまびすしい」
「何て云ってるのか解るか」
婆が通り過ぎてからも声は止まず、段々大きくなってきた。具体的な内容がそろそろわかるだろうかと思っての彼れの質問だったが、群衆が声を揃えている所為か、耳が四つある私にもはっきりとは中々聞こえない。
「さあ……」
商店街の外、ダルンデネトの主要街道と北門とを結ぶ広小路に、歩く群衆が見えた。
「あ、あれ……李茶奴に対……する、抗議…………」
丁度先頭の群衆が掲げる横断幕が見えた故、指差して読み上げた。而して云っている言葉が明瞭に聞き取れるようになった。「粛清を止めろ」「李茶奴は摂政を辞めよ」……第一印象は滑稽。
「直接請求権って此の国にあるけ」
マコトの問いに、私は無いと答えた。
「……というか…………」
私は過去を思い出しながら付け加える。
「なに、くつね」
「立憲とはいえ、君主制だし、民主的じゃないから。今の王を任命した今でいう『皇帝』は、名君だったけど、憲法を読めばわかる通り王の思いの儘に出来るような国家でもあるし、今は摂政の李茶奴が全権を握っているみたいだから……」
「あの人達が次の粛清の的になる、か」
「王であるオコンネルが止めない限りは然うね」
彼れらは何かの諧謔的なことをやっているのかとさえ思えた。悲しい現実を突きつけられて彼れは驚きを隠せなかったようだ。其の顔が物語っていた。…………彼れは民主主義の国で前世を生きたに違いない。併し其れに就て訊くのはもう少し後になりそうだった。




