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Earchlo  作者: 稲土瑞穂
第二章/首都の生活
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第七話「設置」(#11)

L’2037/6/26、金曜日。

 目を覚ますと二人揃って寝台の上でなく下に転がっていた。寝相の悪い人とは思っていなかったが彼れは可也然うだったようだ。旅の途中では彼れは最初に起きていたから見る機会も無かったし、最初に会った時彼れはそんなに寝相が悪くは見えなんだ。居敷の固い土と旅路と此の柔らかい蒲団とでは差があるからなのかもしれないが、意外だった。

 僕は起き上がって臥床に居る儘の彼れを見て昨夜云われたことを思い返した。此処の宗教に於て一般的に信ぜられる物事。其の科学的証明に就て彼れは辞書の様に詳しく説いていた。転生証明という問題があって其れが未解決の頃、其の命題は証明不可であると証明して解決したとかなんとか。……寐る前に聞く話では無かった。然し乍ら、彼れは自身が女性であることや跋渉の経験があること抔数個の事実以外韜晦していた。時偶話す寓話……「つちのはなし」などを何処で聞いたのかも云わず。訊いたとしても答えない、と云うことは彼れの言動の考えれば想像に容易い。

 素性を隠す理由など答える気が無いなら質問の意味は無いと思いながら、彼れを起こして朝食を摂りに一緒に階を下った。

 五人共やることが無いので自由気儘に過ごす。とはいっても皆外に出ず、時折思い立ったように誰かが茶を淹れたり、座布団の組んだ足を変えるくらいしかしない。

「昨日の結果は何時さ」

「さあ、幾日かのゝちじゃないか」

 ピミャの質問に僕は一も二も無く然う答える。其の様子を見てくつねが、詮衡の人が居たらばだが、二人を推輓してくれるといいね、と云った。まあ、然うだねと二人揃って返答した。

 然う云ったピミャも今日は出勤した。と云ってもミツグやシルと違って実質的に新聞紙の配達なので二、三時間で帰ってくる。其の間に僕達は勉強をする。内容は難易で云えば益〻むつかしくなっているものの、新しい知識を摂取するのが楽しく、勿論簡単ではないが――面白かった。

「昨日は云いそびれたんだけどさ」今日の分を終えて緑茶を啜っている時、くつねが此方を向いて訊いた。「右手は義手なのか」

 案に違う問いに、僕は思わず右手を見る。が左手と見比べても全く違和なものは見えず、感じもせず。骨も筋肉も皮もある。

「……さあ。わからない。僕には義手と本来の手との区別なんてつかないよ」

「然うかしら。」

「然うだよ」

「本当に」

 問いに僕が頷くと、片言の会話は終わった。彼れは何か心に懸かった儘のようだが、何も云わずに勉強用の帳面を片付け、茶を淹れに椅子を立った。

「本当に貴方は謎な人間ね。」

「そうかしら」僕は思わず然う云った。「ああ、まあ然うか」

 僕は発話しながら鉄道の事を思い出した。昨日の、恰も辞書の如く喋る人の姿は奇妙としか云えない。其れを思い出すと自分が他人の様に思えてくる。「彼れ」は一体誰なのだろうか…………僕達三人は何処で生まれたのだろうか…………親は誰だろうか…………僕の記憶は奇妙に屈曲して、己の正体を雁字搦めにして見えなくしていた。其の状態の解法は全く見当がつかない。然し周囲の言葉がそれとなく暗示していた。踪跡を波に洗われ、記憶を喪失して航路も解らなくなった孤島の中に住む人に、羅針盤と、地図と、船の設計図とを、少しずつ与えるように。――殊にくつねは示唆に富んだ言を時々発していた。(たと)えるなら、「此の使い方は御前が総て知っている筈だ」と告げるように。


 数日経って、国から二人の案を採用し、書類の制作をするという通知が届いた。僕達が盲亀の浮木であるとは、気付く事も出来なんだ。

 2037/6/29、月曜日。字丸の内の、城とは別の建物のある部屋に案内された。其処には一人、見たことも無い人が居た。

「君たちがマコトとピミャだね。」

「はい」

「掛けて。」

 指示の通り机を挟んで向かい合う形で二人は隣同士の座布団二枚に座った。

「私はリチャードだ。名はすももに、ちゃあぱっぱの茶、やっこの奴と書く。私が今回の企画を企画した者だ。君たちの案が素晴らしいと陛下が仰有った故、採用することになった。」

 彼れの言葉には嘘は含まれていなかった。彼れは上流階級の人なのか、僕達に対しての敬語を使用しなかった。其れに注意深く見なければ本心からで無いと分からない取り繕った笑顔をしている。其の一見普通の奇妙さは一生頭に残りそうな顔だ。

「国王陛下からは承諾を取るよう云われているので、此の書類に……案の使用に関して、相違が生じた際の取引方法や、互いの権利が書いてあるから、一回、目を通してくれ。」彼れは鞄から厚い書類を取り出しながら云った。又紙を一枚取り出し、硯と墨汁を指差して、「同意が出来るなら、此の書類に……組織の名前を書いて署名してくれ。花押でも構わない。」

 花押など今時使うのかと思ったが、何も云わずに紙を読み始めた。国有企業の扱いになるとか、資金は租税からのものだとか書いてあり、読み終わるには数分かかるものだった。

「僕は承諾するかな」数分経ってピミャが彼れを見て云った。「マコトは何うするかい」

「勿論承諾します」忖度でも揣摩でも無く、純粋に好奇心からの発言だった。「こんな機会滅多にありませんからね」

「……其の通りだね。では組織名はどうしようかな。案が無いんだけど」彼れは然う云いながら正坐の足を組み替えた。

「ちょっと待って……何か名案が出てきそう」僕は然う云って、目を瞑った。

 鉄道。営業形態。民営。――省線。而して此の国はアーウィックで略称は「合為」だ。

「合為……然う、合為国有鉄道、なんてどうかな」

「ゆかしくていい名前だね」

 其の割と快い掛け合いの後、直ぐ墨を磨り、夫々の名を書いた。而して組織名は僕が書くことになった。巧拙で云えば拙い字だが、必死に書いた。



  私は以上のことに同意し、署名します

   ピミャ  (花押)

   マコト(署名)


 組織名「合為国有鉄道」



「よし。有難う、二人共。此れを以て合為国有鉄道は誕生する。」

「……」

 互いに二人は顔を見合う。ピミャも、其の瞳に移る僕も興奮していた。

「よし、後は此方で進める。帰ってもいいぞ。」

「失礼しました」

 二人は興奮の冷めぬ内に帰宅したのだった。

 勿論、部屋を出た後李茶奴の顔が一変したことなど気付きやしない。

「はあ、国王陛下には逆らえないなあ……粛清の為だっと云うのに。誅鋤の為の計画が……はああ。それにしても鉄道か、報道機関が食いつきそうな話題だな。陛下も心象をよくしたいんだろうな…………」

 独り言は欠伸の後も続いた。そんな彼れが、王の摂政であることだけでなく、大粛清を始めていたことさえ気づくことも出来ない程此の都市の誰に対しても、情報の制限を掛けていたとは知らなんだ。…………当然、彼れが獣人を毛嫌いしていることも。

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