60.
だが鉄は細い目を大きく見開き、訴えかけるように舞を凝視している。
「百人聞けば百人が否定するような、荒唐無稽な話だ。それは分かっている。
だが、俺はそんな馬鹿馬鹿しい話でも、そこに一縷の望みがある限りすがるしかない」
舞は呆れを通り越して恐ろしくなってきた。背筋がひやりと冷える。
彼は狂人なのだろうか?
今まで社長と正面切って向かい合う機会はあまりなかった。だから気づかなかったのだろうか。
それとも次から次へと起こる非常事態が、彼を狂わせたのか。
舞の瞳に映った嫌悪を正確に汲み取り、鉄は手のひらを広げた。
「おかしなことを言っているのは百も承知だ。軽蔑してくれて構わない」
達観した眼差しを見て、ほんのわずかに心が動く。
「さっき、寿命を延ばすとおっしゃいましたね」
こんな虚妄につき合うだけ無駄だと分かっていながら、つい質問をしてしまう。
「社長は、竿を使って自分の寿命を延ばしたいのですか。不老不死を得たいと?」
鉄が現世に、生きることに執着しているようには、舞にはとても思えなかった。
むしろその逆だ。
鉄の瞳にはいつも、山奥の庵にこもる隠者のような諦観が滲んでいるように思えた。
予測したとおり、鉄は即座に首を振って断じた。
「いや違う。俺は自分の命など惜しくはないよ。そんなものよりもはるかに値打ちのあるものがいくらでもあるからな」
舞は言葉の端々から感じ取ったことを、そのまま言葉に紡いで投げかける。
「……御前ですか。あの方が人より長い寿命をお望みだから、それを叶えてやろうということですか」
皮肉な言い草に、鉄は微塵も動じなかった。
「人より長い寿命か。そんな大それたものなど、彼女は望んではいないだろうな。むしろ、この世を泳ぐことに飽いているかもしれない」
舞は鉄の真意を掴めなかった。
「だが、俺は彼女に生きていてほしい。少なくとも、彼女が俺より先に死ぬなどということは耐えられない。これは単なる俺のエゴだ。だが、たとえ我儘で身勝手な願いだろうと、それを叶える手段があるのなら、迷うことなどありはしない」
鉄がこれほどまでに強い口調で物事を述べたのは初めてだった。
お飾りのCEOとは思えない威圧感に、舞は身をすくませた。
何という切実な言葉だろう。




