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異世界自転車浪漫譚  作者: 珈琲肉
3/4

小人の老人

 彼女と別れてどれくらいの時間が経ったであろう。

 真上から照り付けていた太陽はもう随分と前から高度を落とし始め、今では空を茜色に染めあげている。

 既に腕時計を確認しても4時間以上は走り続けている訳だが、目的の大木には辿り着けてはおらず。

 流石に長時間を自転車を漕いだ負担はでかく、朝食以外を摂れていない俺の腹の虫は先程から大層な呻き声をあげていた。

 しかし、食料などを持ち合わせて居るはずもなく、かと言って草原に自生する見たことのない植物や禽類を食べる度胸も持ち合わせていない。

 さてどうしたものかと思い悩んでいると、妙な違和感に気づいた。

 

 ……はぁ。うっかりしていた。そうだ、本日は厄日であった。

 自転車のサドルから受ける振動は次第に強くなり、ガタガタと道に転がる小石を後輪のリムが踏みつける音が続く。

 案の定、自転車から降りて確認してみると後輪のタイヤはパンクしていた。完全に空気が抜け、ぺしゃんこになったタイヤはこちらの気持ちまでへこませてくれる。

 修理しようにも道具も知識も持っていない俺は、見込みもないのだが自分の尻を気遣い仕方なく自転車を押して歩くことにした。

 

 歩くこと暫く。空に浮かんでいた太陽は完全に姿を隠し、白くぼんやりと浮かんでいた月が変わりと言っては何ですがと申し訳なさそうに輝いている。

 自転車の前輪に取り付けられているライトは機能してはいるものの、如何せん押して歩いている分回転力が足りない為寿命の近い電灯の様に点いたり消えたりを繰り返すばかりで視界は心もとない。

 昼には暑さしか感じられなかったこの場所も夜の風は肌寒く、いよいよとなって現状の過酷さに気がついた。

 まずい、これは本当に死ぬかもしれない。

 本日二度目の命の危機。一度目は目を閉じている間に幸運にも痛みすらなく事無きを得たが、今回ばかりは目を閉じていても腹が膨れる訳などあるはずもなくこの寒さが過ぎ去ることもない。

 ならば行動あるのみ!崖っぷちに立たされてやっと動き出すような俺ではあるが、それが俺でありこれまでもそうであったようにこれからもそうならないと動くことは無いだろう。

 「人生、やろうと思えばやれるがやらなければならないことしかやりたくない」

 そんな意識低い系である俺は食料を探すため、今まで走ってきていた道を少し外れ、木々が生い茂る林の中へと自転車を押し進めていった。

 

 月明りさえ遮られた夜の密林は薄気味悪く、静まり返ってはいるものの何かが居そうな気配が感じられる。勿論、そんな気がするだけで何かを察知できているわけではない為、進む足の歩幅は狭まり、ハンドルを握る掌にはジワリと嫌な汗が滲む。

小心者な俺はもう少し進む予定であったのだがその場に足を止め、誰が居る訳でもないその場所で尋ねかけてみた。

 「お尋ねしたいことがあるんですが!」

先程までと変わらぬ静寂が流れる。

 困ったぞ、当てが外れてしまった。動植物の声が聞こえるという不思議な力を発揮する絶好の機会だと思っていたのだが返事がない。ただの木々のようだ。

 ふむ、まあ普通はそうだろう。少し考えてみれば分かる、動植物の声が聞こえるとするならばこの静けさが既におかしいではないか。周りは大自然、彼らが何かを喋っているのであればそれに気づかないことは無いだろう。

 とすれば、何故彼女の声は俺に届いたのか?声をかけたから?いや、それは先程試している。ならば何が違う?

 ━━くそ、分からない。

 色々考えては見たものの、全く見当がつかない。苛立ち交じりにドンっと木を叩く。


 「あ痛っ!」

 

 ━━ん?

 

 ドンっ!


 「痛い!」


 ドンっ!


 「痛いっつってんだろがこのボケー!!」


 森の静寂に怒号が響き渡り、叩いた木の幹からのそっと小人が現れた。


 「なんじゃコラー!人様の家を叩きまくっとるドアホは己かー!!」


 小人と表現したのはまさしく小人であるから。白くごわごわとした髭を蓄えた拳サイズの老人が喧嘩腰で俺を見上げている。


 「いや、すみません。騒がしくするつもりはなかったのですがお尋ねしたいことがありまして……」


 「こんな夜中にか!?カーッ、常識も知らんのか人間は!」

 

 常識も何も彼女のような花が喋ることも、木に小人が住んでいることすら俺にとっては非常識なのは置いておくことにする。


 「夜分遅くに申し訳ありませんが、どうしてもお尋ねしたいことがありまして」

 「なんじゃい!」

 「この近くに人間が食べれるようなものはありませんか?」

 「腹が減っとるのか?」

 「はい。お昼から何も食べていませんもので」

 「そんなに深刻って程でもないようじゃの」


痛いところを突かれた。くそ、少し話を盛って二日くらい食べていないことにしておけばよかった。


 「まあ良い。喋れる人間と出会えたのも久方ぶりじゃ、少し待っておれ」


 そう言って小人の老人は再び木の幹に潜り込むように姿を消した。

 ふむ、よく見ると幹には拳程の窪みがある。この木はこのご老人の家なのだろう。リスみたいだな━━。などと少しばかりの愛着を感じてしまう。


 「おい、ぜぇ…ぜぇ…ちょっとばかし…手伝え」


 安堵感と期待感から膝を抱えて待っていると老人から声がかかった。何やら息切れをされているご様子だ。


 「何分貴様の腹を満たす程の食料じゃからな。移動させるのも一苦労じゃわい。とりあえずここまではなんとか持ってこれたが、外に出すとなると貴様の力を借りぬときつい」

 「分かりました。それで私は何を手伝えばよろしいですか?」

 「儂を引っ張れ。良いか?絶対に力加減を間違うでないぞ!ゆっくりじゃ!ゆっくりじゃからな!」


 まるで芸人さんのような前振りではあるのだが、そのようなノリが通じる相手とは思い辛い。俺は老人の背中を両手で掴みゆっくりと引っ張る。


 「ぬおおおおおおおおおおお!どっせええええええええええい!」 


 大袈裟な掛け声と共に窪みから引っこ抜かれたものは平べったい何か。

 

 「よーしよし。とりあえずお主はこれを持って儂を下せ」


 言われるがままそっと老人を地面へと下ろしつつ渡された何かを見定めてみるが、やはり俺が見たことも無い食べ物であるようだ。


 「そいつは儂の酒の肴だが、お主ら人間も恐らく食べられるモノであろう。まあ少しばかり儂が食ってしまってはいるがそこは目を瞑れ」

 「いえ、不躾なお尋ねにも関わらずご厚意に預からせて頂きありがとうございます」

 「なに最初は説教してやろうと思っとったが少しは話せる人間のようじゃからの。どうじゃお主、酒のほうはいける口かの?」


 くいっと酌をする手振りで俺を見上げるご老人。


 「勿論です!」


 酒の楽しさを知るものであればこの誘いは断れない。

 社畜の性?うるせー酒持ってこい!!

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