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異世界自転車浪漫譚  作者: 珈琲肉
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七色花

 チリンチリンと安っぽいベルの音を鳴らしながら、大草原を自転車で走るのは心地よく、肺一杯に吸い込む空気は美味いとすら感じられる。

 唐突ではあるが事故に見舞われ、見覚えすらないこの地に降り立った俺はボロ自転車で散策を始めていた。携帯も繋がらず、人っ子一人見かけないこの場所で立ち尽くしていた所で何が変わる訳でもない、そう思ったのなら足を動かす方が賢明だと判断したからだ。

 マンホールに落ちて辿り着いたこの場所は、これといった"知識"を持ち合わせている訳でもない俺だが、見たこともない動植物がいるようで。

 ここ一帯に広がる草原は"笹の葉"に似た植物が数を連ね、風に靡いては揺れている。勿論、竹など一本も生えてはいない。

 その草を食べている動物の群れも、テレビで見た"ヌー"に似ているようでどこか違う。大仰な髭を蓄え、見事なまでの捻り角が二本。黒一色の毛並みは遠目から見ても美しい程に太陽光を反射させている。十数匹を群れとして成しているようだが草食動物なのかこちらに気づいた所で襲ってくる気配はない。

 人は未知に恐怖を覚えるというが、どちらかというと今のところ俺は好奇心に心奪われている。

 誰かに連絡しようにも手段はなく、元居た場所に戻ろうにも手がかりすらないのだから開き直って今を楽しむ俺を誰が責められようか?

 そう、今の俺は好奇心の塊のような子供の心を持ち、成人した男の行動力を持ち合わせた云わば棒長寿漫画の警察官みたいなものだ。もう終わっちゃったけど。

 そんな馬鹿なことを思いながら自転車を漕いでいると、また一つ未知の物を発見する。

 道端に咲く七色の花。赤・橙・黄・緑・青・藍・紫と七色に彩られた七枚の花弁はその全てが緩やかに弧を描きつつ太陽へと向かって咲き誇っていた。

 あまりにも魅力的なその花を目にして、俺は自転車を止めて近寄る。

 

「綺麗だ」


 花を見てそんな感想を抱いたことは初めてだった。

 確かに目に美しく映る"花"ではあるが心奪われる程でもない。しかし、この七色の花はそう呟かせる程に美しかった。


「あら、嬉しいことを言ってくれるわね」


 不意にかかるは幼くもあり大人しくもある中性的な声。

 振り返ってみても辺りに人の居る様子はない。


「こっちこっち」


 声のする方はどうやらこの花からのようである。

 しかし、どう見てもこの花に口などあるはずもなく、風に揺れる美しい花としか言い表せない。


「ああ、そっか。人間にはこの状態だと好ましくないのかな。ちょっと待っててね」


 そう聞こえるや否や、七色の花からは小さな光が"ポンッ"と飛び出して発光する。

 目の前が白い光に包まれたのはほんの一瞬。反射的に目を閉じて片目をパチリと開いた次の瞬間には、シルクのような白い羽衣を纏い、赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の七色の髪をした小さな小さな妖精が現れた。

 "妖精"と表現したのは小さく小人のような(なり)ではあるのだが、不可思議にも宙に浮いているからだ━━。

 その妖精はフフンと優越感の混じった笑みを浮かべながら俺に語り掛けてくる。


「どう?君たちに合わせてみたんだけど?」


 確かに風貌はかなり人間に近しい存在なのだが、そのサイズと宙に浮いていること自体がもう俺にとっては意味不明なのだ。


「意味が分からない」


 俺が素直に答えると"ええっ!"と上半身を捻り、両手を空に向けたどこか昭和の雰囲気漂うポーズで返される始末。

 

「ま、まあいいわ。それよりも貴方が声をかけてきたのだから私のお願い聞いてくれるわよね?」

「すまないが声をかけたつもりはない。そもそもそれで君のお願いを聞く理由にはならないだろう」

「あ、貴方が綺麗だって言うから私が答えたんじゃない!」

「確かに綺麗だとは言ったが花がそれに言葉を返してくれるとか思わないだろ」

「何言ってるのよ、花はもともと喋ります!大体、聞こうとすらしてないなら元々私の声は貴方に届かないんだから!」


「えっ、そうなの?」という言葉が喉から出かかったのだが、それをなんとか飲み込む。

 花がもともと喋る?聞こうとしたから聞こえた?ますます意味が分からない。

 そうか、これはもしかすると夢なのかもしれない━━。と自分の頬を抓ってみるが普通に痛かった……。

 

「はぁ。信じられないって顔してるわね。一体どんな環境で育ったのよ。━━ちょっと、貴方のその靴の裏を見てごらんなさいよ」


 妖精は呆れた表情で俺の靴を指さす。

 器用に片足で立ち自分の靴の裏を見てみると、そこには踏み潰してしまった見たこともない虫の死骸が付着していた。


「その子の悲鳴。貴方には聞こえたかしら?」


 虫の悲鳴が聞こえる訳がない。そもそも虫も言葉を持つ生き物ではないはずだ。


「聞こえていない」

「そうよね、貴方たち人間にとっては虫なんて目に入らないような小さな存在。だから彼らの声を聞こうともしなくなる」

「ちょっと待ってくれ。まるで虫の声が聞こえるのが当たり前みたいじゃないか」

「当たり前じゃない。虫や花にだって命がある。命あるものには魂があって当然でしょ」

「つまりは何か?俺は今、花の魂と口論しているということになるのか?」

「そう言ったつもりだけど?貴方たち人間には幼い頃は私達と話せる者も居るって聞くわ。大体、貴方その年にまでなって私達と会話できるのにそれを認めないってどうゆうことなのよ」


 幼い頃には動植物の声が聞こえる?俗に言う子供は霊が見える的な"アレ"か。大人になるにつれてできなくなる所も同じな訳で、そして良い年にもなって絶賛"アレ"な俺。

 ━━ふむ。どうやら夢でもないなら実際問題この現実を受け止める他なさそうだ……。ここで駄々を捏ねる程幼くは無い俺である。


「よし分かった。認めます。それで、君の頼みってのは何なのかな?」

「あら、意外と素直なのね」

「良い年ですから」

「ふふっ、皮肉かしら?まあいいわ、貴方が踏み潰してしまったその子に頼んでいたことなのだけれど、私の受粉を手伝ってもらえる?」

「受粉?」

「そう。雄蕊と雌蕊をくっつけるの」

「いや、別にくっつけなくてもいいだろ」

「貴方たちにも分かりやすいように説明しただけじゃない」

「さいですか」

「さいですよーだ」


 はぁ、こんな可愛い(なり)をしていてもやはり植物なようで━━。しかし、どうしても俺には気になることがあった。


「怒ってはいないのか?」

「その子のこと?勿論悼みはするわ。けれど怒るのは違うかしら。私は花でその子は虫。そして貴方は人間。私はその子の仲間に食べらることもあるし貴方たち人間に摘まれることもある。それはひどく悲しいことではあるけれど怒ったところで何が変わる訳でもないでしょ?(はな)(はな)。その(むし)はその(むし)貴方(ひと)貴方(ひと)で良いのよ」

「俺が君を摘むと言っても?」

「ええ、受け入れたくはないけれど私は私が咲き誇れる限りを生きるわ」

「そうか」


そう言って俺は彼女(はな)に指を伸ばす。


「ひゃあんっ」


 指先が彼女の大事な部分に触れると、顔を赤らめて艶やかな吐息を漏らす。

 

「くっ、ふぅ……んっ」


 今度は少しばかりの気を使い、優しく撫でると随分と気持ちのよさそうな声を上げる。


「んっ……中に……入って……くぅっ」


 ビクビクッと身体を痙攣させて息を荒くする彼女を見やり、俺はため息を吐きながら確認を取る。


「これで良かったか?」

「ええ、助かったわ。これで私も子孫を残すことができるわ」


 不自然に膨らんだお腹を摩りながら答える彼女の表情は正に聖母。慈愛に満ちたその朗らかな表情に俺は何故か感銘を受けることもなく、言葉を続ける。


「それは良かった。しかし君の不適切な表現は控えた方が良いと思う」

「なによ、雰囲気って大事じゃない!貴方は(つがい)すらいる様子もなさそうだから子を成す偉大さが分からないのよ!」

「余計なお世話だ」

「あら、図星?それはそうよね、見たところ甲斐性なんてなさそうだしその年にまでなって私達の声が聞こえてしまう変人ですものね」

「さっきも言っていたが普通の人間には君らの声は届かないのか?」

「そうね、彼らは私達を生き物として見ていない。これは摂理だからどうしようもないのだけれど、絶対的強者故の特権みたいなものよ」

「そうなると俺は弱者ということになるのか」

「そうなるわね」


 ━━ふむ。ここに来て同じ人間が居ることに安堵感を得てはいたのだが、どうやら俺はここの人間たちとは少し違った存在らしい。しかし、帰る手立ての何らかの手掛かりは欲しい所。やはり人間が居るのならそちらに行ってみる他無さそうだ。


「どこに行けば人間と会えるか分かるか?」

「ん~、私はここから動いたことはないけど極々たまぁに人間があっち側に馬車を走らせているのは見たことあるかな」


 彼女が指差す方向は俺が一つの目印として向かっていた馬鹿でかい広葉樹が聳え立つ地点を示していた。


「そうか。それじゃあ俺はそこに行ってみるとするよ」

「そっか。うん、まあ道中気を付けなさいよね。それと━━ありがと」


 気恥ずかしそうに礼を言いながら、その小さな手を振ってくる。その仕草が愛らしかったからか否か、俺は別れの言葉ではない言葉を口にした。


「一緒に来るか?」

「えっ?」

「いや、そのなんだ。君は花だから根を傷つけずに掘り起こせば移動もできるかと思って」

「多分それは可能よ。でも私にはほら、この子が居るから」


 膨らんだお腹を摩りながらそう呟く彼女は照れくささを隠すように笑う。


「もし、私がこの子を生んだ後に貴方が私と一緒に行きたいって言うなら考えてあげないでもないかな」

「なぜ上から目線?」

「あら、私は貴方よりも恐らく倍以上は生きているのだから当然でしょう?」


 花の寿命なんて知る由もない俺はそういうものかと納得してしまう。

 

「そうか。━━それじゃあまた来るよ」

「ええ、また会いましょう」


 これ以上何かを言うのも躊躇われる為、俺は早々に別れを告げる。 

 彼女は小さな手を大げさに振り、二重の意味で振られた俺はボロ自転車に跨って哀愁漂う背中を見せつけながらその場を後にした。

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