9 七体の霊
戦場には、冷たい雨が降っていた。
行く手を阻むのは、黒いローブを纏った、七体の異形。人ではない。魔人だ。三メートルを超える巨躯に、角の生えた赤黒い相貌。
「ほう……これが、噂に聞く砦の狂戦士か」
ぬめりを帯びた声。魔人どもは、互いに何やら言葉を交わしている。言語を操るというのは、強大な魔物の証だ。
だが、そんなことは、どうでもよかった。強かろうと何だろうと、数分後には等しく死骸に変わる。俺の意識は、もっと別の場所を彷徨っていた。
だからだろう。おそらく、わずかに反応が遅れた。俺は気づかなかった。こちらへ向けられた魔人の指先に、光が宿っていることに。
次の瞬間、炎が咆哮を上げ、俺の体を丸ごと呑み込んだ。すぐに理解する。魔法をまともに喰らったのだと。
熱い。苦しい。灼ける。息ができない。皮膚が剥がれ、骨が焦げ、意識が揺らいでいく。
どれほどの時が過ぎただろうか。ようやく炎が引いた時、俺は地に転がっていた。衣服は炭と化し、肌は焦げ裂け、冷たい雨すら、もはや届かない。
それでも、俺は死ななかった。どれほど焼かれようとも、肉は再生し、焦げた皮膚の下から新たな肌が蘇る。
気づけば俺を囲むようにして、魔人どもが見下ろしていた。
「信じられん」
「驚異的な回復力だ」
「どうやって殺す」
「切り刻んでみるか」
「無駄だ。すぐに再生するだけだろう」
「いったい、どんな術を使っている」
混乱する魔人どもの声。その隙に、俺はゆっくりと手を伸ばした。
「これは……この世の業ではない。まさに神の業だ」
ぼそりと呟く魔人の声をよそに、俺は泥にまみれた剣の柄を、しかと掴む。直後、寝転んだまま剣を横に薙いだ。
「グアッ!」
一体の膝から下が切り飛ばされ、崩れ落ちる。残る魔人どもは、蜘蛛の子を散らすように、一斉に退いていった。
「逃がさん」
俺は立ち上がり、死の追走を始めた。魔法を掻い潜って間合いを詰め、一体目の背から剣を突き立てる。紫の血が、その口から噴き出すのが見えた。
「はははっ!」
苦悶の声に、仄暗い悦びが湧き上がる。それを打ち捨て、次、また次と、魔人どもを追い詰めては、斬り伏せていく。そうして、七体目の首を刎ねた時、戦場には沈黙だけが残った。
雨が、血に濡れた大地を洗い流していくようだった。物音に首を巡らせると、膝を斬られた一体が、地を這って逃げようとしている。俺はその行く手に立ち塞がり、剣を地面へ突き立てた。
「逃げるなよ。次は、俺の番だ」
叫び声が曇天を切り裂いた。俺が、魔人の両手をすっぱりと斬り落としたからだ。
「どうだ。痛むか」
地に這いつくばる魔人の背を踏みつけながら、その脹脛のあたりに、剣をゆっくりと沈めていく。絞り出すような苦悶の叫びが、俺の内なる嗜虐を煽った。
こんなもので満たされはしないと、分かっていた。それでも、渇き切った喉が水を求めるように、今はただ、それを貪るしかなかった。
だから、容易くは殺さない。俺はその体中に刃を沈め、死なぬ程度の苦痛だけを与え続けた。
「やはり、魔王の命でここへ来たのか。奴は、俺ひとりも仕留められず、さぞ面目を潰しているんじゃないか。このぶんじゃ、俺一人のせいで戦にも負けかねんな」
俺は、こいつに屈辱を刻みつけてやりたかった。だが、うつ伏せの魔人はその横顔をこちらに向け、卑しい笑みを浮かべた。
「哀れだな人間よ。お前は、大きな思い違いをしているらしい」
「喋るな」
深く剣を沈める。血が溢れ、肉のブチブチと裂ける感触が、柄越しに伝わってくる。それでも魔人は、あの不気味な笑みを崩さなかった。
「残念だが、お前の行いはすべて無駄というものだ」
「喋るなと言ったはずだ」
「クク……良いことを教えてやろう」
魔人は身を震わせて嗤うと、裂けた口から牙を覗かせ、こう言った。
「戦は、我らの勝利に終わった。お前たち人間の都はすでに滅び、露と消えた」
遠くで、雷鳴が轟いた。




