7 月と流星と蜂蜜酒
側防塔の螺旋階段を、二人で登る。なぜ彼女を誘ったのか、自分でもよく分からない。ただ、こんな静かな夜を、独りで過ごすのはいくらか寂しい。それだけは、確かだった。
風の抜ける城壁の上で、蜂蜜酒を酌み交わす。琥珀色の液が喉を滑り落ちるたび、体の奥に、ほのかな熱が灯っていく。
彼女は、あまり酒に強くないらしい。数口で咽せた。
「おい、大丈夫か」
「ええ! 平気……です」
言葉とは裏腹に、その体は、ふらりと柵にもたれかかる。
「苦手なら、無理に付き合わずともいい」
「ですが、あなたはいつも、お独りで頑張っておいでですから。どのような英雄にも、労いは必要です」
声に、ほのかな優しさが滲む。思えば、彼女はいつも、どこかで俺を見ていた。砦のどこを歩いていようと、気づけば食事を告げにやってくる。
「俺は、英雄などではない。魔物を殺すのは、ただの俺自身の、我欲だ。だが、礼を言う。お前のおかげで、俺は奴らに復讐できる」
彼女は、また、いくらか寂しげに微笑んだ。それから空を仰ぎ、ぽつりと零す。
「今宵は、ずいぶんと、綺麗な満月ですね」
俺も、釣られて見上げる。確かに、今夜の月は美しかった。この先、たとえすべての記憶を失おうとも、この心だけは……こう感じ入る心だけは、残っていてほしい。そう思うほどに。
「いつか、あなたの御心も満ちるのでしょうか。あの満月のように」
魔物を殺すたびに注がれる、あの悦び。だが、それはまるで、底の抜けたグラスのようにいつまでたっても満たされることはなかった。
「もし、私にできることがあれば。何なりと、お力になりたい。そう申し上げているのです」
「それは、ありがたいが……」
なぜ、彼女がここまで俺を気にかけるのか。これまで、知ろうとすら思わなかった。だが今、その心が揺らいでいる。
やはり……失った記憶の中に、この渇きの正体があるのだろうか。
「あっ! 今の、御覧になりましたか。流れ星です。早く願い事を」
女が叫ぶ。見上げた時には、もうそれは、夜の闇へ溶け込んでいた。それでも彼女は、両手をそっと合わせ、静かに目を閉じる。
「女神が、いったい誰に願いを聞いてもらうんだ」
「どこかの、どなたかにです。神とて、時には祈りたくなることもございます」
矛盾を意にも介さず、唇を少し尖らせる彼女は、常よりいくらか幼く見えた。
「何を祈った」
「みだりに口にするものでは、ございません。あっ、あちらにも――」
指を伸ばそうとした、その刹那。彼女の体が、ふらりと傾いだ。
「……っ」
短い声とともに足がもつれ、前のめりに倒れかかる。俺は咄嗟に腕を回し、それを支えた。
時が止まったような気がした。羽のように軽い体が薄い布越しに伝わる。肌寒い夜気の中だというのに、彼女の体温は、汗ばむほどに高い。
心臓が早鐘を打つ。その音を聞かれるのではと、俺はそっと、その肩に手を添えて体を離した。
「申し訳ございません」
震える声でそう言うと、彼女は自分の腕を、ぎゅっと握りしめた。
「大丈夫か」
「ええ……」
奇妙な沈黙が落ちる。梢がざぁっと鳴り、二人の間を、冷たい風が抜けていった。
それでも、酒のせいばかりとは思えぬ、この胸の熱は、しばらく冷めそうにもなかった。




