6 魔物より魔物
断末魔の叫びが、真昼の空を貫いた。巨躯を誇る一つ目の魔物は、今まさに俺の眼前で、両の足を失い悶絶している。その脳天めがけて剣を振り下ろすと、頭はぱっくりと二つに割れた。
呆気ない。
今日の戦いも数刻と経たずに終わった。近頃は、いつもそうだ。俺は剣を引きずりながら、幾つもの死骸を縫うようにして、砦へと歩を進める。ふと、血溜まりに映る自分の姿が目に留まった。
血と肉に塗れ、棍棒で殴られた箇所は赤黒く腫れ上がり、右目は完全に潰れている。どうせすぐに癒えるのだと思えば、傷を負うことすら、もはや気にも留めなくなっていた。
その姿は、もはや魔物よりも、魔物じみて見えた。
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「ずいぶん、髭が伸びましたね」
その日の夕刻。城壁の上に寝そべり、ぼんやりと空を眺めていた俺の顔を、上から自称女神が覗き込んできた。無意識に顎へ手をやる。指先に、もっさりとした毛の感触が伝わった。
「それに、髪も。短いほうがお似合いだと思いますが」
「余計なお世話だ」
起き上がり、体についた小石を払い落とす。
「身なりに気を配るような状況ではない」
「そんなことはございません。いかなる時であれ、人は見た目に気を配る権利がございます」
俺は彼女の身なりへ視線を流し、では自分はどうなのだ、と口にしかけて、さすがに思いとどまった。
「よろしければ、その髪、私に切らせていただけませんか」
「……何」
夕日が、彼女の顔を照らしている。その表情には、年相応の少女めいた気配が、わずかに滲んでいた。
「刃物の扱いには、多少、心得がございますので」
確かに、魔物の肉を捌ける者など、この国じゅうを探したところで、そうそう見つかるものではあるまい。
「分かった。お前がしたいなら、構わん」
俺は踵を返し、側防塔へと向かう。背中越しに、手を打ち鳴らす音が聞こえた気がした。
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「……む」
鏡に映った己の姿に、思わず、感嘆の声が漏れた。
「いかがでしょう」
背後から届く声をどこか遠く聞きながら、俺は手で髪を撫でつける。短く、丁寧に切り揃えられた感触が、掌に心地よい。それに髭だ。髭の有無ひとつで、人の印象とは、これほどまでに変わるものか。
「……お気に召しましたか」
顔の傍らで、女がいくらか不安げな声で問うてくる。
「ああ……悪くない。礼を言う」
自分でも驚くほど、自然に言葉が出た。まるで、幾度も交わしてきたやりとりであるかのように。
「ヴェイルさえよろしければ、いつでも、切らせていただきますから」
そう言い残すと、彼女は忙しなく、片付けにかかった。
俺はしばし鏡を眺めながら、人間とは何であり、どうあるべきものか。そんなことを考えていた。
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さらに月日が経ち、この日々が日常となって久しい、ある夜のこと。いつものように魔物を仕留めて砦へ戻ると、珍しく、彼女が門の前に立っていた。
「ずいぶんお早いのですね。今日は、見物させていただこうと思っておりましたのに」
「剣闘士の試合ではない」
「どのような魔物でした」
「小鬼だ」
「……それは、残念です」
がっくりと肩を落とす彼女。理由は、火を見るより明らかだった。食用にならないからだ。
ふと、夜空を見上げる。満月が、城壁の上に静かに浮かんでいた。夜気はいくらか冷たいが、戦いのあとの体には、それが心地よい。俺は、少し前から胸のうちで温めていたことを、ふと口にした。
「なあ……先だっての礼、というわけでもないが。少し、付き合ってはくれないか」
突然の申し出に、彼女が目を丸くする。俺は言葉を継いだ。
「先日、地下の貯蔵庫を漁っていたら、奥の方で蜂蜜酒を見つけた。誰かが隠していた品らしい。よければ、一杯どうだ」
女の瞳に微かな警戒の色が浮かぶ。それから、しばし押し黙り目を伏せた。
「無論、断ってくれても構わんが——」
「いいえ。ヴェイル。ぜひ、ご一緒させていただきます」
俺の言葉を遮るように、彼女はそう言い切った。月光に照らされたその顔が、いくらか艶やかに見えたのは、おそらく、気のせいだろう。




